第10話 改造人間モグラ娘

 不動産屋が逃げるように去った後、ヤマダは部屋の明かりをつける。このファンタジー世界に電気などというものはない。当然ながら、明かりはロウソクか油に火を付けてということになるのだが、家の中にはランプがいっぱいある。

 全部、液体燃料を使って使うタイプのもので、これはアウトドアをしていた経験もあるヤマダには見慣れたものであった。火を付けるマッチも暖炉の上に置いてある。

 どうやら、前の住人が置いていったものであろう。短い期間に何人も住人が入れ替わったというのだから、それらの住人が残して行ったものと思われた。

 マッチをすると火が灯る。それをランプのガラスを開けて油の染みた布の芯に火を付ける。やがて芯に火が灯り、部屋を明るく照らした。

 家中にこんなランプがあるのものだから、ヤマダは火を付けて回った。寝室からトイレ、風呂場に台所まで煌々と明るくなる。

「おお……明るくなると不安もなくなるものだ……」

 実にのところ、ヤマダは少しだけビビっていた。いや、かなりビビっていた。あの不動産屋の対応が後半はあまりに不審であったからだ。だが、こうやって明るくすると怖さもなくなる。

 ついでに寒くはないが、暖炉に火をつけてみた。ここで調理もできそうと考えたからだ。今日は家を借りることで精一杯であったから、町では食料を買っていない。昼間に肉の焼串を買って食べただけである。

 だが、台所の保管庫を開けると米が出来てきた。この世界、パンも食べるが米の飯も食べる。今日、町で見た屋台では、肉や野菜の具材と一緒に米を炒めていたのを思い出した。

「米があるなら、雑炊ができるな……」

 さすがに肉類は保管されていないが、米と一緒にイモがあった。一見するとサツマイモのようなものだ。これを包丁で皮を剥いて、角切りにする。台所にあった塩をふる。水でコトコト煮れば芋粥の出来上がりである。

 これに家の裏にある井戸から冷たい水を汲めば、ミネラルウオーターにイモ粥という素朴だが、滋味あふれる夕食の出来上がりだ。

「うおっ……できた、できた……芋粥完成っと……」

 木製のお椀に木杓子ですくう。全部、台所の備品だ。最低限の食器も調理道具もあるが、本格的に一人暮らしをするなら、いろいろと買い足さないといけないとヤマダは感じていた。

(自炊するのは何年ぶりだっけ……)

 会社を経営していたヤマダは、夜も忙しく働いていたので落ち着いて食事をしたことはない。まともな料理が並ぶときは、関係する取引先のパーティや、仲間と飲みに行く時くらい。昔は自炊をしていたときもあるが、ここ最近はないなと自分の記憶をたどってきた。

 会社を起こして金持ちになると、いろんな女性がご飯を作ってあげようかと誘ってきた。一度は酢豚が得意という女に絡まれ、部屋に乗り込んできそうになったこともある。

 こういう時に乗り込まれると、その後、酒に酔ったとか言い出して泊まることを主張し、そのまま、既成事実を作って彼女ヅラをして他者を払いのけるしたたかな女がいる。

 この時は男の友人数人を動員して、一気にはホームパーティ状態にしたが、一歩間違えれば、お泊りしたという事実だけで仕留められるところであった。

(全く、金持ちセレブというのは、気が抜けない……)

(いや……もうセレブじゃないか……)

 ヤマダは思い出して気が沈んだ。自分が作った芋粥を木のスプーンでイジイジとかき回す。今の自分にはこの貧しい食事が似合いなのかもしれないと思うと余計に気が沈む。

(セレブではない……)

 そうヤマダは心の中で話したが、それは改造人間ウサギ男にされたからではない。ヤマダが魔界から派遣された魔族に拉致される前に起因する。拉致される前にヤマダには、衝撃的な出来事が発生し、そして絶望の淵に追いやられたのだ。

 そんな時に魔界へと拉致。改造人間にされてしまったのだ。まったく、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。

「はあ……何だか、自分の運命が惨めになってきた……」

 先程まで美味しいと思っていた芋粥。飲むものは井戸水。よくよく考えれば、この町でもこんな貧しい食事をしているのはそんなにいないだろう。

無論、この日の食事に事欠く、貧しい人間からしてみれば、改造人間ウサギ男が食事にありつけるだけでも贅沢だと言われるかもしれないが。

「はあ……この先、俺はどうなるのか……」

 ヤマダは魔界から任務を託されて、この人間の住む世界へ送り出された。だが、送り出された直後、仲間は勇者によって成敗。勇者の攻撃、素粒子分解で、遺体は残らないから、きっとヤマダも死んだことになっているだろう。

 そうなると魔界から解放された自由の身ということになる。だが、ヤマダの目的はこの体を元に戻し、元の世界に戻ることだ。

(そうだ、俺は元に戻って、俺を裏切った奴らに反撃をしなくてはいけないのだ……)

 ヤマダはそう決意した。負けてどん底まで落ちるどころか、別世界へ連れ去られ、人間までやめるところまで落ちたが、ここから這い上がるのだと強く思っている。

 ガタガタガタ……。

 不意に音がして、ヤマダは体を反射的に動かした。こんな森の中の一軒家に誰も訪ねてくるはずがなく、しかも音は外ではない。家の中からしてくるのだ。

 ガタガタ……。

 まるで何かがぶつかって家全体が震えているような音である。

(な、なんだ……。なんの音だ……まさか、事故物件の原因じゃないか!)

 グリグリグリ……。

 今度は何やら床から響いてくる。これは何かが削れているような音。

「床か!」

 足から伝わってくる振動は、この音の発生地点が地面であるとヤマダに教えていた。そしてその瞬間、床に貼った木がバキバキ、メキメキと割れていくのを目撃する。

「うあああああっ……」

 あまりに非日常的な出来事。そして事故物件という情報がヤマダを恐怖に誘う。腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。おっさんでもこの状況は怖いのだ。

 穴の空いた床から何かが現れる。それは黒い髪の不気味な女……ではなかった。モグラの帽子を頭に被った青髪の女の子。髪は2つに縛り、大きな目でキョロキョロと周りを窺っている。両手はモグラのような大きな爪のようになっていて、今、顔を出している穴の縁にかけている。

「だ、誰だ、お前!」

 ヤマダはヘンな格好ではあるが、女の子だと認識して少しだけ動揺が収まった。見てくれは自分より弱そうだという安心感がそうさせたのだ。だが、地面から穴を掘って現れる女の子なんか、そうそうお目にかかれるわけではない。

「よっこらしょっと!」

 女の子は両手に力を込めると、体を持ち上げて足を穴の縁まで持ち上げる。どうやら、この部屋へ上がってくるつもりのようだ。だが、なぜか茶色の長靴を履いている足は縁にから滑って再び、体が穴へと落ちそうになる。

 思ったより、この娘、運動神経が鈍そうだ。

 ヤマダ落ちそうになるこのヘンテコな女の子の右手を掴んだ。そのまま、腕力で引き上げる。小柄な女の子だったので、その試みは難なく成功した。

「ふい~って、お前、誰?」

 床に上がって両手をついてふうふうと息を整えている女の子にヤマダは尋ねる。魔界に連れ去られて、いろんな人外生物を見てしまったヤマダにとっては、このヘンテコな女の子が人間でなくても驚くことはなかった。

「うち、モグ子でモグ」

「モグ子?」

「そうでモグ……」

(ああ~)

 ヤマダは頭を抱えた。この娘、どう見ても改造人間だ。このモグラのコスプレもどきの姿。ウサギ男の自分と共通するものがある。

「モグ子……だっけ」

「なんでモグ」

「お前、魔王軍の改造人間だろ」

「な、なんで分かったでモグ!」

 衝撃を受けている様子のモグラ女。どうやら、相当な残念子ちゃんのようだ。それでも、モグ子と名乗るこのモグラ女は立ち上がり、膝についた泥をパンパンと手で叩いて払う。

「ふむ。よく聞け、人間よ。うちは魔王軍の最強四天王にして、魔王サマから最も信頼されているモグラ娘、モグ子でモグ。図が高いぞ、人間よ!」

 偉そうに後ろ手を組んで胸を張ったモグ子。魔界のことを知らなくても、この態度なら最強四天王などという肩書きが絶対に真っ赤な嘘だと悟ることができよう。

 ましてやヤマダは同じ改造人間だ。モグ子の大嘘はすぐに見破れる。ヤマダは(ふふふ……)と僅かに笑みを浮かべ、優越感に浸ってモグ子へ言い返す。

「改造人間って、確か、魔王軍の最下層、3等兵じゃなかったか?」

(ギクッ……)

 明らかに動揺したモグ子。だらだらと顔から汗が吹き出している。

「う、うちは……改造人間の中でもエリートでモグ」

「なるほど……エリートね」

 ニヤニヤと笑うヤマダ。この異世界に来て、初めて優越感を感じる場面だ。そもそも、改造人間にエリートなんていないはずだ。

「そのエリート様がどうして、こんな町外れの丸木小屋へ?」

「そんなの決まっているでモグ。魔王サマからうちに極秘の命令書が渡されたモグ。それを届けにこの町へ侵入したモグ」

「ほう、極秘ね」

「そうでモグ。極秘任務に出撃したウサギ男への命令書でモグ」

「ウサギ男?」

 ヤマダはそう尋ねた。どうやら、このモグ子。ヤマダが自分の目標であるウサギ男と思っていないようだ。極秘と言いながら、部外者だと思っているヤマダに全て喋ってしまうところが本当に残念だ。

「そうでモグ。途中で勇者に攻撃され、辛うじて生き残ったマヌケでモグ」

「間抜け?」

「そうでモグ。弱っちいので敵に囚われたそうでモグ」

「弱っちい?」

 本当のことだが、自分より弱そうなモグ子に言われると、なんだか無性に腹が立つ。腹が立ってモグ子を無視し、リビングのソファにどんと腰掛けた。木製のコップに入った水を一口飲んで気を落ち着かせる。ヤマダが沈黙したので、モグ子はやっと落ち着いてヤマダを観察する。

「おい、人間。お主はどうして、そんな変な仮面を付けているでモグ」

 そう言うとテクテクと近づいてきて、ヤマダのウサギ仮面のピンとなった耳を鷲掴みにして仮面を脱がそうとする。

 これは顔と一体化しており、当然ながら脱がすことはできない。それでもグイグイと引っ張るモグ子。片足をソファに乗せてさらに引っ張る。

「イタタタっ……何をするのだ!」

「おかしいでモグ、まるで顔と一体化しているでモグ」

「一体化しているんだよ!」

 それを聞いて、慌ててヤマダのウサギ耳から手を離すモグ子。

「ということは、これはお前の自前でモグ?」

「不本意ながらそうだよ!」

「ということはモグ。うちはターゲットのところへドンピシャでたどり着いたでモグ。すごいでモグ。魔王サマに直接命令されただけのことはあるでモグ。うちはやっぱりでやればできる子でモグ!」

(ああ……この子、やればできる子なんて言っちゃっているよ……)

 両手を合わせてお祈りを捧げているような仕草のモグ子をヤマダは後ろから叩いた。ここは突っ込んでおかないとこの娘は暴走する。

「痛いでモグ!」

「おいモグ子、お前、俺を探しにこの町へ来たって言ったよな。それで偶然、まったく偶然ながらこの丸太小屋まで掘り進んでやって来たと」

「狙ってきたでモグ」

「嘘をついてはいけないね」

 ヤマダに静かに指摘されて、モグ子は床に正座する。そして頭を下げた。

「さーせん……」

「うむ。素直でよろしい」

「それにしても本当にびっくりしたでモグ。偶然でモグ。あまりの偶然にうちも驚きでモグ」

 まだ自分のやったミラクルに感心しているモグ子。客観的に見ると非常に残念なことには気づいていないようだ。

「それはいいから、どうしてここへやって来たかちゃんと説明しろ」

「はいでモグ……」

 モグ子は説明した。魔界の期待を背負って旅立った『奇跡の5人』。ところが、その5人は勇者といきなり遭遇し、奮闘も虚しく全員が殉死した。

 ところが、一緒に行動していた幻の6人目が見事に女勇者にお近づきになったということが分かった。作戦行動を続ける6人目に魔王自らが追加命令と役立つアイテムの補給をするためにこのモグ子を遣わしたというのだ。

 町は警備が厳しく、魔法結界もあるために邪悪なモンスターは簡単には侵入できない。それでも元人間の改造人間は、その結界に対してはある程度の抵抗力をもつ。それでもヤマダのように勇者と一緒に行動すれば問題ないが、結界に触れるとダメージを負う。

 モグラ女のモグ子は、その点、結界の弱い地中を掘り進めることができる。町に侵入して魔王自らの命令書を手渡すにしては適任であったのだ。

(それにしても……いくら手探りだって、この丸太小屋に俺がいるなんて何万分の1の確率だぞ。他の人間の家に出る可能性だってあるし、下手したら女勇者の部屋に出てきたかもしれん。そうなったら、コイツ、どう考えても瞬殺だろうなあ)

 どう見てもモグ子があの女勇者に勝てるはずがない。

「なんで、モグ……先程からうちを哀れむようなその視線は……何だか屈辱でモグ。うちを馬鹿にするなでモグ。なんの力もないウサギ男と違い、うちの能力はすごいでモグ」

 土下座を止めて立ち上がったモグ子は、どんと胸を叩いた。

(あれ……よくよくこいつの顔を見ると……どこかで見たような……)

 ヤマダの記憶の奥底に、このモグ子の映像が埋もれていたような気がした。巻き戻し再生をしながら、その記憶を辿るヤマダ。

「うちはただ地面を掘るだけじゃないでモグ。時には異次元世界まで穴を掘り、何も知らない馬鹿な異次元人を拉致することもできるでモグ」

「お、お、お……思い出した~」

 ヤマダは思い出した。

 改造される前の出来事を……。

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