閑話 イユ・トラヴィオル




 ウチにとって、自分の故郷というのは複雑なものやった。

 


「おばあちゃん、ごめんね。最期にそばに居られんで」



 朽ちたベッドの上に寝そべったままの祖母の石像を見て――私は、レイユ・ストラ・ヴィオールは薄く笑った。

 今は、祖母と同じ6本腕の姿だ。


 桃吾よりも一足早く退院したウチは、また実家に戻ってきた。

 なにせ、このままにするわけにもいかんもんな。


「おばあちゃん。ウチな、おばあちゃんを助けるって言って家を旅出したけど……。きっと、おばあちゃんの死ぬのを見るのが怖かっただけやったんよな」



 だから祖母の死から逃げ出した。

 ウソだと気付いていたのに、エコーの言葉を信じ続けた。

 自分が祖母に抱いていた罪悪感を、人間に対する怒りに移し替えることで誤魔化した。



「きっと桃吾に会わへんかったら……どこまでも間違ったままやったんやろうな。はは……。ままならんもんやな、人生って」



 そう言って笑ってみるが、もう祖母は何も答えてくれない。

 当たり前だ。

 もう死んでいるのだから。

 以前、桃吾と来た際には薄暗くて気付かなかったが、明るくなった今に見てみると、小さな罅割れや欠損もあちこちに見える。



「おばあちゃんが死んだってハッキリわかったから、お墓でも建てようかなって思ってたんやけど……別にええかなって気がしてきたんよ。ときどき、こうして会いに来る方が、おばあちゃんも喜んでくれるやろ?」



 やっぱり、おばあちゃんは何も言わない。

 でも、それで良いんだろう。

 ちょっと前まで、ここに戻って来ること自体 耐えられなかった。

 ここに帰ってくると、罪悪感で死にそうになっていた。

 でも今は違う。



「でも今は、こうして会って話してても平気やねん。というか、落ち着きさえ感じる。……何でやろうな?」



 そんなことを言ってみても、本当は分かってる。

 ウチは、きっと救われたんやろうな。

 誰かに、祖母以外の誰かに、あそこまで信じてもらったことはなかった。

 自分でさえ、自分自身を信じていられなかったのに。



「ねえ、おばあちゃん。ウチな、また そのうち帰って来るよ。そしたらまた沢山お話しような。……それじゃあね」



 そう言い残して、ウチは家を出た。

 すると近くの木に身体をもたれさせ、タバコを吸っていた一人の女性――新たなウチの上司であるシャネリアス長官が、声をかけてきた。



「あら、もう終わったの? あとタバコ2~3本分くらいなら平気よ?」

「いえ、結構です。また来ますから」

「……私には方言 使わないの?」

「うっ……。方言は田舎ものっぽくて、あんまり使いたくないんです」

「あら、いいじゃない? 可愛いと思うわよ? カシスル弁」

「ま、まあ……。そこまで言うんなら、使いますけど。ホンマにええんですか?」

「いいわよ。ほら可愛いもの」


 

 そう言ってコロコロ笑うシャネリアス長官はまるでいたずらっ子のように楽しげだった。

 ……掴みにくい人やな。



「ああ、それと。貴方の名前って『イユ・トラヴィオル』のままでいいの? ついでだし、名前の登録し直しをやってあげてもいいわよ?」

「……いえ、結構です。この名前を名乗り始めてからの方が長いですし……。それにウチ、この名前は結構 気に入ってるんですよ」

「そう。貴方がそう言うのなら別に良いわ。……それじゃあ行きましょう。覚える仕事は、沢山あるんだから」

「はい、かしこまりました」



 そう答えて、ウチはシャネリアスの後をついていく。

 ――きっとまた、帰って来るからね。おばあちゃん。

 心の中で、そう呟きながら。





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