第37話 新たな冒険へ






「怪我ァ治ったーーーー!!」



 数日後、俺は包帯やギプスが完全に取れた状態で両手を挙げた。

 未だに入院着のままだが、しかし解放感は圧倒的に違う。



「良かったですねえ。でも、異世界でも治療には時間が掛かるものなんですね。青一さん達もお見舞いに来てくれたのであんまり退屈はしませんでしたが」



 俺の隣で怪我が完治した、翠がそんなことを言った。

 そうだな、確かに意外と色んな人がお見舞いに来てくれた。

 具体的には、青一たち勇者一行に加え、ギルドマスターや一緒に冒険に来ていた女騎士達などである。

 アイツらみんな良い奴だよな。

 ところで……なんでタップダンスしてんの、この子?



「そう言うなや。勇者は総じて治療魔法を簡単に捉えすぎや。あれ気ぃ付けんと変に骨くっついて後遺症が残ったりすんねん。だから きちんと医療魔法使いの免許を取らんと使われへんし、身体を治すのにも体力を使うから休息も要る。特に桃吾は魔力 使い切ったからな。そら回復にも時間かかるわ」



 そんな俺たちの様子を眺めながら、イユさんがそう言った。

 ちなみに彼女は一足先に完治しており、最近は完全に6本腕の褐色肌の姿で過ごしている。

 服装はグレーのノースリーブニットに細身のデニムと太めのヒールのサンダル、前髪はカチューシャでアップにし、後ろに流した髪は三つ編みにして肩から垂らすようにしている。

 足を組んで椅子に座る彼女は、下両腕は腰に当て、中両腕は胸の下で組み、上両腕は頭の後ろで組んでいる。

 俺達は、そんな彼女の姿を。



「「……」」


 

 無言で見つめた。



「な、なんで無言やねん!?」

「いや、だって。イユさんがそんなエッチなニット着てるからじゃないですか。ねえお兄ちゃん」

「なあ翠ちゃん、えちえちニットはズルいよな」

「何やねん急に!? ノースリーブやからか!? ノースリーブやからあかんのか!? しゃあないやろ多腕用の服とかそうそう売ってないねん!!」



 そんなことを言われてもエッチなもんはエッチだし。

 あと胸の下で腕なんか組んじゃってるのでたわわな胸が強調されて見える。

 えちえちじゃん。



「っていうか、翠様はまだ子どもやからええけど!! 桃吾はジロジロ見んなや!!」

「なんで? 俺に風呂の残り湯を飲ませた仲じゃん」

「それはお前が要求したからや!! いいからあんまジロジロ見んな!!」



 そう言って彼女は6本の腕で自分の身体を抱きしめるようにして、身体を覆い隠した。

 何か心なしか顔が赤い気がする。

 酒でも飲んだ?

 俺にもくれろ。

 酒が飲みたいな、久々に。



「あっ、イユさんの身体 見てて思い出した」

「どんな思い出し方やねん!!」

「俺、ここ最近 寝たきりだったからな。筋肉 落ちたんじゃね?」



 そう言うと、俺は入院着の上衣を脱いで上半身裸になった。

 部屋には姿見もあるので全身を見ることもできる。

 とりあえず、姿見の前で適当なポージングとしてサイドチェストなどしてみる。



「あーあ、腹筋にも脂肪が乗っちゃってるじゃん。大胸筋もし、腕も細くなってないか?」

「そうですか? あんまり変わってないんじゃないんですか?」

「いやあ、変わったよ。多分1~2キロくらいは体重落ちたんじゃないのかな。ああ、そうだ! イユさんはどう思います? イユさん?」



 そう訊ねて振り返ってみると――彼女は何故か両手で目元を覆い隠し、口をパクパクさせて顔を赤らめていた。



「どうしたんですか、イユさん?」

「どっ、どうもこうもないやろ!! 何で急に脱ぐねん!?」

「え? だって脱がないと筋肉の状態が見れないでしょ。……っていうか、何でイユさん顔赤いんですか? 俺の裸なら前に見たことあるでしょ」

「……そういえばそうよな。あれ? ウチ、なんで顔赤いん?」



 そう言って彼女は上両手で自分の顔をぺちぺちと触って熱を確かめ、首をかしげていた。



「どうしたんですか? 初めて会った夜には俺に跨ったくせに」

「イヤな言い方すんなや!! 別に何でもないわ!! ……翠様? なんでニヤニヤしてはるんですか?」

「えー、いえー。別にぃ」


 

 なぜだか、俺とイユさんのやり取りを見て、翠は楽しそうな笑みを浮かべていた。

 何か不気味な笑みだな。

 と、そんなとき部屋のドアがノックされた。 

 一応 上衣を着直してから、俺は応えた。



「はーい、どうぞ」

「はい、失礼いたします」



 そうしてドアを開けたのは、王城で何度か見かけた伝令兵の一人だった。

 伝令兵は派手な衣装を着ているので、覚えやすいのだ。



「王からの伝令です! 勇者・瀞江翠! その兄・瀞江桃吾! そして神官のイユ・トラヴィオル! この三名は明日、王城に来るように! とのことです!」



 その言葉に、俺達3人は顔を見合わせた。



「今度はなんだ? 退院直後にせわしねえな」



 よく分からんが、行くしかないか。

 







「久しいな勇者・翠よ。そしてその兄の桃吾」



 謁見の間で、俺達は王の前にひれ伏していた。

 アイツ、頭が高いな。

 王に生まれただけで俺と翠に頭を下げさせるとは。

 王ってのはこれだからよォ!


 ちなみに、お偉いさんの前に出るので、翠は女子用の礼服を、俺も男性用の礼服を着用している。



「お久しぶりです、王様」

「お久しぶりッス。俺が退院したのは昨日だったもんでね、一応は急いできたんスけど」

「うむ」



 うむ、じゃねーよ。

 病み上がりの人間を呼びつけるな。

 ベイリーズから丸1日掛かるんだぞ。




「そして随分と……珍しい姿になったな。イユ・トラヴィオル」

「……はい」



 王の言葉に、イユさんは小さな返事を返しただけだった。

 いまの彼女はアラクノイドとしての多腕の姿で、神官用の衣装に身を包んでいる。

 ただし、多腕に対応するために神官服はノースリーブになっている。

 神官服の多腕姿なんて、目立ちに目立つ。

 謁見の間の衛兵や臣下達が、イユさんのその姿に視線を向けている。

 まあそうだろうな。

 様変わりし過ぎだし。


 だが、王はというと一瞥くれただけだった。



「だがまあ、そんなものは別に良いのだ。シャネリアス長官から問題なしとの報告が届いている。ならば私は口を挟まない。今回、君達を呼んだ理由は……これだ」



 そう言って王が右手を上げると背後に控えていた部下の一人が前に進み出て、俺達にも見えるように一枚の書状を掲げた。

 ここからだとイマイチ見えにくいが……デカい文字で『エルフ千年王国』と書いてあるのは見て取れた。



「実は数年に一度、人類連合軍に属する国家間で人材の交流を行っておるのだが、今年がその年なのだ。そして今回はエルフ千年王国と我々ヒューマン英雄王国間での人材交流を行うこととなったのだが、あちらの第三王子と勇者・翠がちょうど同じくらいの年齢なのでな。そこで、せっかくだし勇者である翠もエルフ千年王国に短期留学に行かないかという話になったのだ」

「エルフですか!?」



 王の言葉に翠が目を光らせた。

 確かに、これぞファンタジーって感じだもんな、エルフだなんて。

 その上、翠は基本的に美しいものに目がない。

 ナルシストだが、自分以外の美しいものにも興味を持つ子なのだ。


 ……あと俺もちょっとワクワクしてきた。

 おいおいエルフだぜ!!

 森に住んで弓の名手で美形揃いで有名なエルフだぜ!

 これこそ異世界に来たってもんよ!

 と思ったが、これ俺も行けるんだよな?


「……ここに呼ばれたということは、俺達も同行して良いと判断していいんスか?」

「ああ、もちろんだとも」



 俺の言葉に頷く王の姿を見て、翠と俺は視線を交わし、頷き合った。


「では、どうするかね? エルフ千年王国の留学は?」

「はい!! では是非!! エルフ千年王国の留学に行かせていただきます!!」




 元気の良い翠の返事が、謁見の間に響いた。

 ――そしてそれが、俺達の新たな冒険の始まりの幕開けだった。









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