第28話 奔れ
朝、俺は目を覚ますと、顔を洗い歯を磨き、パジャマから普段着に着替えて、簡単な食事を取る。
その後は、宿にある客用のキッチンを借りて今日のランチを作ろう。
今日は焼きそばにしようかな。
この世界にも麺類はあるのだ。
ただ、いわゆる焼きそばソースはないので、焼きそばと言っても塩焼きそばに近いものになるが。
これは料理長が賄いに作っていたものだったのだが、大変 美味だったので気に行ってしまった。
魚介のスープを加えて作るのがポイントだ。
そうやって俺が料理をしていると。
「ふぁ~、おはようございます……」
寝ぼけ眼をこすって、翠が起きてきた。
髪の毛が跳ねている、あとで梳いておかないとな。
「ああ、おはよう翠。……あれ? 翠?」
「ん? どうしたんですか?」
「いや、いつもならイユさんが先なのになあと思って」
イユさんは俺の次に起きてきて、お茶の準備をするのだ。
俺がやるから良いんじゃないスか、とも言ったのだが、『勇者が優秀過ぎてウチもやることがないからな。せめてこれくらいは』と言っていた。
珍しいな、まあ昨日は少し遅くなったので、寝坊したのかな。
そんなことを思っていたが。
暫く待ってもイユさんは部屋から出てこなかった。
「流石に遅くないか? もう出発の時間だぜ? ノックしても反応ないし」
「といっても、私達みたいな男が女性の部屋に入るのもどうかと思いますし……」
「そうだな、……しかし翠も男なのは理解してんだけど、脳の情報処理がややこしいな……」
俺と翠が宿の前でそんな話をしていると、青一たち勇者の一行と、女騎士達がやってきた。
彼らは泊っている宿が別なのだ。
「おはようございます、翠さん、桃吾さん。……あれ? イユさんはどうしたんですか?」
「ああ、青一君。おはよ。実はさ、イユさんが部屋から出てこないんだ。女の子達で見てきてくれないかな?」
「……ははーん? さてはアンタ、彼女と何かあったわね」
「昨日、意味深なことしてましたからね」
『貴方が余計なことをしたんじゃないの?』
おっと、そういや昨日はこいつらの前でちょっと余計なことをしたんだったな。
まあ、実際にちょっと特別なことはあったんだが。
「そういうのじゃないとは思うんだがな。何にせよ、部屋に入るなら女性陣のほうが良いだろう」
「ふむ、良くは分かりませんが、そういうことならぜひ協力しましょう」
そう言ってくれたのは女騎士のヒューマンワイファーだ。
流石、年長者だけあって話が早い。
俺達は事情を話して宿のオーナーにマスターキーを借りて、イユさんの部屋に向かった。
とりあえず、もう一度ノックしてみる。
……やはり反応はない。
「やっぱダメだな。返事がない。……ヒューマンワイファー隊長、お願いします」
「心得ました」
俺の言葉に応じて、ヒューマンワイファーがマスターキーをドアノブの鍵穴に差し込み、開錠した。
「這入りますよ、イユさん?」
そう声を掛けながら、女騎士が室内に這入っていき、その後に続いて青一の仲間の女格闘家と魔法使いも這入っていく。
男の俺達は部屋の外で待っていたのだが。
「ちょ、ちょっと皆 来て!!」
「どうした!?」
すぐにヒューマンワイファーの慌てた声が響き、俺達は室内に駆け込んだ。
「こ、これ見てください!」
女騎士達は、部屋の窓際にあるデスクの前に立っていた。
室内は整然としており、イユさんのものだと思われる荷物は綺麗にカバンにしまわれていた。
だが逆に言うなら、彼女は持ち物のほぼすべてを置いて行ってしまったらしい。
「何スか、それ?」
「どうやら……置手紙のようなんです」
女騎士に手渡された手紙を俺が受け取り、左右から青一と翠ちゃんが覗き込んでくる。
その手紙の内容は。
「『――ごめんなさい。本当にごめんなさい。私は裏切り者です。誰かを傷つける前に、私は去ります。それでは。イユ・トラヴィオル』。……内容はこれだけか」
酷くシンプルな手紙だな。
ジョークの一つや二つでも挟んだらどうだ、イユさん?
「これ、どういう意味!? ねえ、ニート。アンタはイユさんと仲良かったし、何か知ってんじゃないの!?」
「ニートって呼ぶな、名前で呼べ名前で」
女格闘家が突っかかるように俺に声を掛けてくる。
ただ、その額には冷や汗が浮かんでいる。
手紙の内容が不穏であるということもそうだが、それ以上にイユさんのみを案じているように思えた。
イユさんとの付き合いは短いが、彼女は外面良いしなんやかんやで面倒見も良いしな、それなりの関係性を築いていたんだろう。
女格闘家だけでなく、その場の誰もが不安げな表情を浮かべていた。
「……そうだな」
俺は逡巡する。
話すべきか、彼女の秘密を?
しかしイユさんが魔族に通じていたというのは間違くなく国家反逆罪クラスの重罪であり、バレれば即刻 処刑されてもおかしくはない。
それに彼女は本名ではなく、イユ・トラヴィオルの名前で手紙を書いている。
ならば、ここで俺が真実を話すべきではない。
「イユさんは……ベイリーズに来る前も、来てからも悩んでいた。それこそ、昨晩も何か俺に話したいことがあったようなんだ。でも……彼女が何かを打ち明けることはなかった。ただ、だからこそ……こんなことになったのかもな」
適当にぼかして話した。
情報量はないに等しいが、俺だってイユさんが何処に行ったのかはさっぱり分からないのだ。
ここで彼女について詳細を話してもメリットがない、何ならデメリットしかない。
本当に彼女が裏切り者なら、話すべきだろう。
でも、それは違う。
彼女が本当に俺達を裏切ったなら、こんなことはしないからだ。
こんな置手紙を残していったということは、イユさんは決別を付けに行ったということだ。
なら、彼女は裏切り者などでは、ない。
「ああ、ただ。ベイリーズはイユさんの故郷にほど近いと言っていた。だから、彼女の過去が何か影響しているのかもしれないが……」
ただ、この情報だけは打ち明けておくことにした。
過去に何かがあった、という情報があれば、ただ事ではないということが伝わるだろうからな。
「なるほど。……よし、イユさんを探しに行きましょう! そして、何があったのかをちゃんと教えてもらいましょう!! 全てはそこからです!!」
青一の言葉に、誰もが頷いた。
「指揮はヒューマンワイファー隊長に任せます。僕たち勇者にはこういう経験はないので」
そう言って、青一は女騎士に視線を向け、彼女も力強く頷いた。
「この手紙の内容から考えるに、イユさんは街の外でしょう。ですので青一様達は西側の門から街の外を調べてください! その際、門番の方に聞いてイユさんが出入りしていないか聞いてきてください!」
「分かった!」
「ええ、分かったわ!」
「分かりました!」
「翠様は私の部下達と一緒に東側の門から捜索に行きましょう!」
「はい、分かりました!」
「「了解!!」」
「それと……桃吾様、貴方はギルドマスターに協力の依頼に向かってください!! 桃吾様の固有魔法は身を守れても戦力はありませんので、下手に外に出たらダメですよ!!」
「ええ、了解っス」
「彼女の手紙の『裏切り者』と言う表現が気になります。このベイリーズは王国内の大都市では最も魔族の領土に近い……。であれば、彼女の裏切り者と言う表現は魔族との繋がりを指すものである可能性が高い!! 油断しないで下さい!! 今回の敵は単なるモンスターではなく、魔族である可能性がありますッ!!」
ヒューマンワイファーの言葉に、皆の表情が引き締まった。
――魔族か、話に聞いたことはあるが実際に関わるのは初めてだな。
来ているとすれば、イユさんの話に出てきたカマキリの魔族の……『エコー』だったか?
そいつが来ている可能性があるな。
「……もしかしたら、今回ここにイユさんや俺達が集まるきっかけになった昆虫型のモンスターの大量発生も、その魔族が手引きしたことでは?」
「なるほど!! であれば、敵の魔族も昆虫型の魔族である可能性が高いんですね!」
ヒューマンワイファーも得心が言ったように首肯した。
自然な流れでヒントを出せた。
この情報が役になってくれればいいが。
「昆虫型の魔族なら、総じて炎熱系の魔法に弱いことが多い。なら、翠さんの魔法が有利に働くかもしれないね」
「青一様、私も炎魔法の準備をしておきます!」
「……よし、では。各々のすべきことは分かっていますね! では、行動開始!!」
女騎士の言葉を受けて、真っ先に青一達が外に向かって駆けだしていった。
その後を追って女騎士と その部下の2人も駆け出していくが、
「あっ、ちょっと待ってください!!」
そう言うなり、翠は俺に向かって
そして、俺の耳元に口を寄せて。
「……何か、隠してますね。お兄ちゃん?」
俺にそう囁いてきた。
俺は彼女を抱きしめ返し、彼の耳元で囁いた。
「ああ、言えないことがある」
「……でも大切なことなんでしょう? 理由があるんでしょう?」
「ああ、大切な理由がある。……いや、まあ。正直面倒くせえけど……ちょっとだけ頑張らないといけないみたいだ」
「……そうですか。じゃあ、大丈夫です」
抱きしめ合っているため翠の表情は分からなかったが、それでも彼は笑っている気がした。
「では、私も行き――」
「待ってくれ、翠。一つだけ頼みがある」
「頼み? 何ですか?」
「ああ、実は――――」
俺の言葉を聞いて、翠はただ。
「分かりました」
とだけ答えた。
なぜ? とは訊かなかった。
そんなの聞くだけ野暮だ、と言った調子だった。
抱きしめ合っていた俺達は離れて、向かい合った。
「じゃあ、翠。怪我すんなよ」
「ええ、お兄ちゃんも。……怪我したらダメですよ」
それだけ言って頷き合うと、翠は女騎士たちとともに駆け出していった。
走り去る彼の後ろ姿を見送り、俺も気合を入れなおす。
「よっしゃ! 俺がチンタラしてたらダメだよな!!」
イユさんの残した手紙を持って、俺もギルドに駆け出した。
ギルドで手紙を見せて事情を話すと、すぐにギルドマスターが応じてくれた。
「――事情は分かった!! 魔族が関与している可能性があるのだろう? ウチのギルドの冒険者たちにはすぐ収集を掛けよう!!」
ギルドマスターの言葉通り、仕事は早かった。
30分もすれば、ギルドの冒険者達が集まり、チーム毎に外への探索に出かけていった。
ただ……。
「俺に出来ることは……少ないな」
「勇者の兄上よ、人には人の役割がある。無理するもんじゃあないぞ」
俺の独り言を聞いたギルドマスターに、そう釘を刺されてしまった。
確かに、俺に出来ることなど限られている。
下手なことはすべきではないだろう。
「……イユさんの部屋に何かヒントになるものがあるかもしれません。探しに行ってきます」
それでも、彼女の秘密を知っているのは俺だけだ。
何か俺に出来ることがあるかもしれない。
そう思って、俺はギルドを飛び出した。
宿に戻るべく走っていた俺の視界の隅で、何かが飛んでいた。
何だ? と思うと、それはカマキリだった。
ああ、カマキリか。
それくらい珍しくも――。
「――まさか!!」
イユさんに声を掛けた昆虫系の魔族もカマキリだったはず。
そう思って、そのカマキリに視線を向けると、道端を歩いているそのカマキリは、両手のカマで、何か短くなった鉛筆のようなものを挟んでいた。
「……何だ、それは?」
しゃがみこんだ俺が右手を差し出すと、カマキリは俺の手のひらの上に、その鉛筆のようなものを置いて、そのまま飛び去っていった。
やはりただの蟲ではなかったか。
残された鉛筆のようなものをよく見てみると、それはどうやら書簡だった。
円筒形の木製の筒の中に、丸められた手紙が入っていた。
広げたところで手のひらに収まる程度に小さな手紙には。
『瀞江桃吾、誰にも言わずに、一人で来い。さもなくば、この女は自分が生まれた場所で死ぬ羽目になる』
ただ、そう書いてあった。
「……クッソが!!!! シリアスパート向いてねえんだよ俺は!! もっとこう尻アスみたいなのにしろ!!!! バーカこのバーカ!!!!」
舐めやがってボケが!!
俺は小さな手紙をその手に握りこんで、駆け出した。
目的地は――イユさんの生家だ。
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