第20話 幽霊屋敷バトル・後編




 鮭の幽霊は健在だった。

 まるで、何ともなかったかのように。



「なぁ!? 何やて?」

「それは人間の霊を払うものサーモンよ。だが、我は鮭の幽霊だサーモン!! 人間の信じる神の威光なんぞ、効かないサーモン!!」

「嘘やろ!? そんなんアリなん!?」



 これにはイユさんも狼狽する。

 神官の魔法が効かないのだから、それはそうだろう。

 そして、これって俺達にとってかなりのピンチなのでは……?

 翠はビビッて使い物にならないし、イユさんの魔法も効かない。

 となれば……。


 俺は地面を蹴って駆けだすと、鮭の幽霊の前に立ち、そのままイユさんの方に向きなおして、格好つけて眼鏡を掛けなおしながら。



「薄汚い人間め!! 俺がお前らを滅ぼしてやるぜ!!」

「いや何でナチュラルに裏切ってんねん!?」



 俺は人間を裏切って鮭の味方に付くことにした。



「だって、鮭の方が強そうじゃん。だったら鮭の幽霊の味方になった方が良くない?」

「お前ッ!! 人類の敵になることに躊躇いとかないんか!?」

「隙あらば俺を働かせようとする人間社会なんぞ、とっとと滅んでしまえッ!!」

「このダメ人間がッ!! ほら、勇者様も何か言ったって下さい!! 勇者さ……勇者様?」



 と、そこで気づけば、翠も俺の隣に立ち。



「よっしゃ!! 鮭さん、一緒に人類ぶっ潰しましょうね!!」

「いや何で勇者も人類 裏切ってんねぇえええん!!」



 翠も人類を裏切った。

 こういうところ、マジで血縁を感じるな。



「私、天才だから気づいちゃったんですよ。幽霊が怖いんなら幽霊の味方になればいいんじゃない、ってね☆」

「ってね☆ ちゃうわ!! アンタはあかんやろ!! 勇者やん!! “勇ましい者”って書いて勇者やん!! 克服せえよ、その恐怖を!! 勇者の生きざまを見せえよ!!」

「残念ながら、これがなろう系勇者なんだよなぁ……」

「なろう系勇者って何やねん!?」



 翠のボケにイユさんのツッコミが的確に飛んでくる。

 あの人、神官なんて辞めて俺達と一緒にコメディアンになってくれないかな。



「ま、いっか。よーし、鮭のアニキぃ!! 一緒に人類 滅ぼしましょうぜ!!」

「……貴様ら人間は、相変わらず汚いサーモンね」

「えっ?」



 俺が振り返ると、鮭の幽霊は完全にブチ切れていた。

 え? 何で怒ってんの?



「貴様らは、自分達の種族さえも平気で裏切るんだサーモンッ!! そんな連中を信じるものかサーモン!! 喰らうがいい、鮭の怒りを!! 『ゾンビ・サーモン・アタック』!!」



 しまった!! 裏切り者は敵でも許さないタイプの鮭だったか!!

 鮭の幽霊が右のヒレを上げると、空中に巨大なゾンビの鮭が現れた。

 ゾンビの鮭っていうのも表現が凄いな。



「きゃああああ!! ゾンビ!?」



 そして翠はこれもダメか。

 これ要するに腐った魚だぞ。


 などと呑気なことを考えていると、巨大なゾンビの鮭が大口を空けて襲い掛かってきた。



「うおおおおお!? ちょ、タンマ!?」

「いやだぁああああ食べられるぅううう!! 丸呑みされてアへ顔 晒しながら化け物に消化されるんですようわぁああああああ!!」

「翠お前 小学生のクセに何で丸呑みなんてジャンル知ってんのぉおおおお!?」



 俺の叫び声と翠の悲鳴が重なる。

 やべえッ!! デカい魚に食われるの割とシンプルに怖いッ!!

 咄嗟に俺は翠を守るように抱きしめ、体を丸めた。

 ――その瞬間、、襲い掛かってきた鮭の歯はと俺の体表面を滑っていった。



「……あっ、そっか。そういや俺ヌルヌルの精霊の魔法あるんだったな」



 忘れてたわ。

 イユさんに隠すように言われて使ってなかったからな。

 気付くと俺はグリーンのスーツ姿になり、体はヌルヌルした液体に包まれていた。



「お兄ちゃん……? 何、このヌルヌル?」

「えっ? ああ、ほら。俺の精霊ってヌルヌルの精霊だったじゃん? 多分、そのヌルヌルの精霊の固有魔法が今 発動したんだよ。ピンチに力が目覚めて! みたいな感じで」

「……はぁ。そうなんですか?」



 突然のことに、翠も驚いていたが、鮭の幽霊も驚いていた。



「なッ!? ヌルヌルの精霊だと!? 貴様……ひょっとして、我ら魚の仲間サーモンか?」

「違うわ!! 別に魚類に由来するヌルヌルとかではないわ!!」



 確かに魚はヌルヌルするけども!!

 魚由来だったらもっと生臭ぇだろ!! 

 俺のヌルヌルは無味無臭だ、いや味わったことはないけど。



「ふん!! やはり魚類ではないか、ならば問題ないサーモン。食らえ!! 『ダブルヘッド・サーモン』!!」



 鮭の幽霊が次に放ってきたのは、頭が二つある鮭の化け物だった。

 名前の通りだな。

 しかし、頭が二つに増えても俺のヌルヌルには関係ない。

 鮭は俺にガジガジと噛みついたり尾びれでビシバシと引っぱたいたりするが、ダメージが通ることはない。

 翠も俺に抱きしめられることでヌルヌルに包まれているため、彼もなんともないらしい。



「何ぃ!? 無敵か貴様!?」



 などと鮭の幽霊が動揺してジョ〇ノみたいなことを言っているうちに、「いまのうち!!」と俺は駆け出し、慌ててイユさんの元に戻り、額の汗――ではなくヌルヌルを拭った。



「ふー、あいつ。中々やりますね」

「いやむしろ お前が何やらかしてんねんアホ!!」



 イユさんが俺の頭を勢いよく引っぱたいてきたが、これもまた俺の頭部をヌルっと滑っていった。

 しまった、今のは叩かれた方がM的には良かったのでは?



「まあまあ、ちょっとしたジョークじゃないですか。ねっ、翠ちゃん」

「ねっ、お兄ちゃん」

「ジョークで人類 裏切んなや!!」



 イユさんに怒られちった。

 うーん、これは悪くない気分ですねえ。

 なんてことを考えていると、鮭の幽霊が本気で苛立ったように叫び始める。



「ええい!! 舐め腐りおって!! もういい!! こいつらの力は借りたくなかったが……。本気で貴様らを殺してやるサーモン!!」

「はぁん? ゾンビとダブルヘッドの次はなんです? トリプルヘッド? それともひょっとしてトルネードと鮭が合体したサーモネードでも放つんですか?」


「なんだそれは? 我が放つのは――これまでに呪い殺した人間どもの魂よッ!!」

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAGHAAAAAAAAAAAA!!」



 鮭の幽霊が声を上げると、おどろおどろしい人間の幽霊たちが空中に現れた。



「まさかのガチ幽霊きちゃった!?」



 いや怖ええええええええええええええ!!

 ガチ幽霊マジで怖ええええええ!!

 舐めてたけどガチの幽霊って普通に怖いな。


 そこで俺はハッとした。

 しまった、あんなのを翠ちゃんが見たら――。



「あ、ああ、うあああああああああああああああああッ!?」



 発狂していた。



「落ち着けッ!! 落ち着くんだ翠!! 大丈夫、怖くない!! 怖くないよ!! あれは幽霊じゃない!! 空中にワカメが漂ってるのが人間みたいに見えてるだけだから!!」

「いや空中にワカメ浮いててもキショイやろ……」

「あああああああああああああ!!」

「呼吸だ! 呼吸を整えて! 俺が手本を見せるから! コーホー、コーホー」

「何やねんその呼吸法! 人体改造でもされたんか!!」

「やだなあイユさん。そこは『そういうタイミングの呼吸は普通ラマーズ呼吸法とかやろ! 何でダース・ベ〇ダーの呼吸音やねん!!』ってツッコむところでしょ。そしたら俺が『いや実はこれキ〇肉マンのウォーズ〇ンの呼吸音なんですよ』って言い返したのに」

「知るかアホ! そんなゴミみたいなシュミレーションはドブにでも捨てとけや!!」

「あ、ああああああああああああ!!??」



 ダメだ、俺達が何を言っても翠は全く聞いていない。

 恐怖心で翠がおかしくなってしまった。



「ふははははは!! 貴様に物理攻撃は効かないようだなサーモン!! ならば、霊体攻撃はどうだサーモンよォ!!」

「やべえ!! イユさん、人間なら除霊できるでしょ!! 早く!!」

「分かってるわ!! 今やってんねん!!」

「甘いサーモン!! その前に我が――」




「――鮭ごときがぁ。舐めやがって」




 しかしそこで、何か声が聞こえた。

 それは、俺が抱きかかえたままになっていた翠だ。

 先ほどまで発狂していたかのような彼だったが、今では目を爛々と輝かせ、鮭の幽霊に向かって両手を伸ばしていた。

 右手の親指と中指を円を作り、左手は親指だけを折り曲げ他の指はまっすぐと伸ばしている。


 

「あ、あの。翠ちゃん?」

「許さねええええええええ!! 焼き鮭にしてやらぁああああああああああああああ!!!」

「ええ!? 勇者様どうしてん!?」

「あっ、これアレだ。恐怖が一周して怒りになってる奴だ」

「そんなことあんの!?」

「うん、あるある」



 以前も似たようなことがあった。

 あれは確か、翠ちゃんを騙してピエロの出てくるホラー映画を見せた時だったな。

 ふざけただけだったんだけど、映画を見ながら「ピエロが人を悲しませてんじゃねえよ!! 笑顔にしろや笑顔に!!」とかメッチャ切れてたし、三日くらい俺とも口をきいてくれなかったんだよな。



『――ほう、強い力を感じる』



 と、そこで、翠の守護精霊である鋼鉄の精霊が現れた。



「うお!? 精霊が現れた!? ……ってことは」

『うむ、固有魔法の誕生である!!』



 ――カッ!!!!!!

 と激しい閃光が迸り、視界が一瞬 奪われる。

 何度か瞬きし、視界が戻ってくるとそこには――全長10メートルほどのが空中に浮かんでいた。


 それと同時に、翠の服装も変化していた。

 いわゆる軍服ワンピースというのか、ゴシックロリータ調の衣装で、ベースはダークピンク系の色合いだが、アクセントに光沢のあるグリーンの刺繍が入っており、それにキャップを合わせている。

 どうやら、これが彼女の魔法衣らしい。



「こ、これは……何だよオイ!?」

『これが、瀞江翠の固有魔法だ。ふむ、吾輩の知る船とは少し違うが……コレは異世界の船、もっと言うなら戦艦か。ならば安直だが“戦艦バトルシップ”……という名はどうだろう。どう思う、瀞江翠?』

「何でもいい……。アイツを焼き鮭にできるならッ!!」

『ふははッ!! 血気盛んなことだな!! ならばやって見せよ!! 能力の使い方は感覚でわかるはずだ!!』



 鋼鉄の精霊がそう叫ぶと、翠は鮭の幽霊をキッと睨みつけた。

 戦艦の砲門がゆっくりと動き、その全てが鮭の幽霊に照準を合わせる。

 砲門の中から眩い光が漏れ出て、キィイインと甲高い音がしている。

 素人の俺から見ても、凄まじい魔力が集中しているのが分かる。



「ま、待て……勇者よ。話し合おうサーモン。少し我らは焦り過ぎていたらしいサーモンね。我々は分かり合えるはずサーモンよ。人類と魚類は、共に生きていけるはずだサーモン……!!」

「ねえ、翠ちゃん? あの、ここ地下だから。分かる? Here is 地下。日本語に直すとここは地下ですってこと。ねえ、わかる? 地下でそんなものぶっ放したら俺達もただじゃ済まないと――」

「勇者様!? そんなん派手に撃ったらウチら みんな死にますよ!?」



 しかし、翠の耳には何も聞こえてはいなかった。



「ッぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「「「ああああああああああああああ!!??」」」



 鼓膜を殴りつけるような爆音と衝撃が俺達を襲った。







 鮭の幽霊は跡形もなく消滅した。

 ……というか、屋敷も全部 吹っ飛んだ。

 翠の砲撃の威力は凄まじく、鮭の幽霊どころかその上階の屋敷まで吹っ飛ばして、地下に居たはずの俺達は全身 煤まみれになって空を見上げていた。

 だが、あれだけの攻撃に巻き込まれたのに煤まみれで済んだのは、本当に良かった。



「良かった……、桃吾の魔法は意味分かれへんと思ってたけど……ヌルヌルの魔法のおかげで助かった。……ぐすっ」



 煤にまみれた状態で、イユさんがベソを掻きつつ そう言った。

 あの時、俺は咄嗟に自分達3人にヌルヌルをぶっかけたのだ。

 そのおかげで爆音も衝撃も受け流すことができたのだ。

 ……アレが無ければ最悪 全滅してたな。


 ちなみに鋼鉄の精霊はと言うと『いやあ良いものを見た!! 吾輩は満足したので帰るのである!!』と言って元気に去っていった。

 あの野郎!! 力のセーブも教えろよ!!

 そして当の本人である翠はと言うと。



「はー、快☆感! でしたね!!」

「快☆感! ちゃうわ!! 死ぬかと思いましたわ翠様!! ていうかナニコレ!? 屋敷 吹っ飛んでるやん!! これひょっとしてウチの監督不行きとかになるん!? 嫌や!! ウチ悪くないもん!! ウチ悪くないもん!!」

「そうですか。ところでもう一発 撃っても良いですか? これ凄く気持ちい……!!」

「ええわけないやろ!! 頭おかしいんか!? ウチの話の何を聞いとったん!?」

「……ホラー映画あるある封じの最後。『不気味な屋敷は外から燃やせ』を上回る展開だったな。流石は翠」

「お前も何ノンキしてんねん!! お前の弟にもっと常識 教えたれや!!」



 などと二人がぎゃあぎゃあと騒ぐ間に、近くで待機していた騎士たちが慌てて駆け寄ってきていた。

 屋敷の残骸の上から地下を見下ろす彼らは、この惨状をみて「何これ!?」「いや何をどうしたらこうなるんスか!?」などと騒いでいたが、俺は彼らのことは無視して、跡形もなく消し飛んだ鮭の幽霊に手を合わせてから眼鏡をクイっと掛けなおすと。



「……結局、恐ろしいのは俺たち人間の醜い欲望なんでしょうね」

「ちゃ~~らららっら~~ん♪ ちゃ~ららら~ら~らん♪ ららら~~んららら~~ん♪(コ〇ンの事件解決後のテーマ)」

「何をちょっと切ない話みたいにしとんねん!! あと勇者様もBGM付けてる場合じゃないでしょ!! これ!! 元凶!! アナタ!!」



 こうして俺達の初めての冒険は、終わった。







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