第3話 コードのミスで異世界に行く男




 女神様の言っている言葉の意味が分からず、俺は困惑する。



「誰って……瀞江桃吾とろえとうごですけども。えっ、俺も死んで異世界に行くんですよね?」

「瀞江……みどりさんは?」

「あっ、私です」

「ですよね。じゃあ桃吾さんは翠さんの兄とかですか?」

「えっ、はい。そうですけど」

「あれぇ、おかしいな?」



 おかしいな!? おかしいなって何!?

 こいつ、何の話をしてるんだ!?


 などと思っていると、女神様が指をパチンと鳴らす。

 すると、女神様の前の空間に映像が映し出されて、それを彼女が指で操作すると画面が上下に動いていく。文字自体は見たことのないものだが、見たところプログラミング画面か何かのように見える。

 学生時代に卒業論文のデータ分析に統計ソフトを使用した際、少しだけコードを書いたことがあるので、なんとなく雰囲気は分かる。



「…………?」



 彼女は黙ったまま画面とにらめっこしている。



「…………!!」



 しばらく考えたところで、彼女は何かに気付いたようにキーボードを叩いて文字を打ち込んで。



「……あれ? やっぱエラーだ。何で?」



 そう言って首をかしげて、腕を組んだ状態で歩き回る。

 やがて暫くしてから、ハッとしたように画面を見てカチャカチャとキーを叩くと。



「うわやっば! 半角と全角まちがってるじゃん!! うっわー、通りで何か間違ったと思ったわ」

「は?????????」



 女神様の――いや女神の言葉に、俺は冷や汗が止まらなくなる。

 マジかコイツ!! まさかコイツ!!



「……瀞江桃吾さん、貴方は神の定めによって亡くなりました」

「いや明らかにコード打ち間違った雰囲気だったろうが!! もう動きが完全に“何らかのバグがあるけど原因が分からない時のプログラマー”だったじゃん!!」



 誤魔化そうとする女神に、俺は大声で突っ込んだ。


 ――そうだ!! そう言えば先ほどから この神様は『貴方』と翠に向かって言いはしていたが、『貴方達』とは一言も言っていない!!

 最初から、俺のことなど見ていなかったのだ!!



「お前どう見てもミスって俺を殺したろうが!! ふざけんなよハゲ!!」

「……ちっ! はいはい分かりましたよ、コード間違ったせいで関係ない奴を死なせましたよ。だから何ですか?」



 このクソ女!!

 開き直りやがった。



「お前ふざけんなよ!! ああん!? 人のこと間違って死なせといてなんだその態度はよぉ!? 上司呼べや、上司をよぉ!!」

「はー、しょうがないですね」



 溜息を吐いて、女神は そう言った。

 おっ、これはあれか。

 間違って死なせてしまった人間に対してお詫びとして授けられる豪華なチート報酬、略して詫びチートってやつか!?



「処理が面倒なので、貴方の魂は このまま消滅させましょう」

「いや待って待って待って!!!!」



 なに末恐ろしいこと言ってんだクソ女神!!



「消滅!? 俺の魂を!? そこは詫びチート授けて異世界に送り込んで無双させる流れだろうが!!」

「えー、何です その流れ? ああ、人類の創作ですか。神的には才能ある魂ならともかく、有象無象の人間の魂とかマジでゴミなんで、焼却処分で良いんですよね。人類とか幾らでもいるし。詫びチートとかするわけないでしょ。人類がどれくらいいるか知ってます? 軽く70億超えてるんすよ。キモくないすか?」

「おいマジかコイツ!!」



 だが、よくよく考えてみれば神様なんて大体クソなエピソードに溢れてるよな。


 あちこちで孕ませた挙句に責任を取らないギリシャ神話の最高神・ゼウス。

 自分の子どもを誤って首チョンパして殺した挙句に『やっべ息子の首が見つからんから代わりに象の頭くっつけたろ』という狂気の発想を持つヒンドゥー教の主神・シヴァ。

 そして自分の姉の家にウンコを平気で投げ込んだりする日本神話トップクラスの武神・スサノオ。

 考えてみれば神様はクソなのが平常運転なのかもしれない。


 だが俺としては大変 困る。



「いや嘘でしょ!? 死ぬだけでやってられないのに、魂も消滅すんの!? 嘘だろ!? なあオイ!?」

「えー、ははっ。神様を相手に、君さあ頭が高いでしょ? あと言葉遣いもね」



 狼狽する俺を見た女神はゾクゾクと背筋を震わせ、頬を紅潮させながら、自分の背後に豪奢な椅子を具現化させて座ると、足を組んだ。

 クッソ!! この女神、サディストかよ!!



「お、お前! 神様なのに、そんなんでいいのかよ!?」

「何度も言わせないで、頭が高い。あと言葉遣い。……ああ、折角だから語尾にブヒでも付けてもらおうかな」

「な!?」

「嫌だったら……。魂、消しちゃうよ?」

「はい かしこまりましたブヒ~~~!!」

「あーら、弟の前で情けないわねえ」



 俺はプライドを捨てた。

 まあニートすると決めた際にプライドなんてものはトイレに流したので、元々あってないようなものだが。


 ちなみに翠はというと、待つだけだと暇なのか時間を潰している。

 ……もう少し兄に興味を持ってくれないか、弟よ。



 そして女神様はと言うと、床に這いつくばる俺を見て ひどく楽し気に笑う。

 というか この女神、丁寧語が完全に吹っ飛んでいるな。



「まあ、醜い豚ねえ。こんな魂、消した方が世界のためじゃないかしら?」

「お、お願いしますブヒ~~~!! 足の裏でも舐めるから許して欲しいブヒ~~~!!」

「……あら、言ったわね。じゃあ、本当に舐めてもらいましょうかしら?」



 と言うと、女神様は右足のサンダルを脱ぎ捨て、自分の素足を床に這いつくばる俺の前に差し出した。

 足を軽く持ち上げているせいで、彼女のスカートが持ち上がって白い太ももが露わになるので、咄嗟に顔を上げようとした俺の頭を、彼女は踏みつけて押さえる。



「こら、私の美しい肢体に見蕩れるなんて許さないわよ。貴方は早く私の足の裏を――」








「ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ」




「いやああああああああ本当に舐めたああああああああああ!?」


 俺は女神の右足首を掴み、彼女の足の裏を舐めた。

 舐めまわした。

 全力で舐めまわした。


「ちょ、ちょっと!! なに考えてんのアンタ!?」

「だ、だってペロペロ女神様がペロペロ舐めろってペロペロ言ったブヒよペロペロ」

「いや言ったけど!! 本当に舐めると思わないでしょ!! っていうか足を離せ!!」

「いやペロペロペロペロ足舐めろってペロペロペロ言われましたしペロペロペロペロ」


 と、先ほどまで一人で盆踊りをしていた翠は、女神様の足の裏を舐めまわす兄の姿を見ると、ドヤ顔を浮かべて こう言った。



「ふっふっふ、我が兄は高レベルのドM。この程度で兄を屈服させようだなんて……百年 早いです!!」

「そうさ、俺はペロペロペロペロペロペロペロ真性のドM。美女の足の裏を舐めるなんて我々の業界では ご褒美でしかないのさペロペロペロペロペロペロペロ!!」

「き、気持ち悪い!! ええい、もう面倒くさい!! 足を離せ!!」

「ジュルルルッルルル!!!」

「いやああああああああああああ指 吸ってるコイツぅうううううううううう!!」


 

 必死で抵抗する女神の足首を、俺は鍛えまくった握力でがっしりと押さえながら彼女の右足の指を、吸った。


 全力で吸った。



「無理! 無理マジで気持ち悪い!! もういい!! お前ら二人とも異世界に行ってこい!!」


 女神様が そう叫ぶと、俺と翠の足元が輝き、魔法陣が現れ、俺たちの身体が宙に浮かんでいく。



「もう そのまま異世界に行って帰って来るな!!」

「ああ、そんな殺生な!! あっ、でもこれは放置プレイなんですねブヒ!! そう思うと笑いが止まりませんブヒよ!! ブヒョヒョヒョ!!」

「笑い方キッモ!! ああ、もう!! うるさい!! もう二度と帰って来るな!!」

「お兄ちゃん、ブヒって語尾 似合ってますね」

「え? マジ? じゃあ、いっそ このまま持ちネタにするブヒかねぇ」

「良いから早く異世界に行けええええええ!! このマゾ変態ニートがぁあああああ!!」


 女神様の罵声を鼓膜に残し、今晩は この罵声で気持ち良くなろう。

 そう思っていると――またしても俺と翠の意識が消えた。





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