弟チートで兄ニート!! ~異世界に来たくらいで働くなんて甘え~
水道代12万円の人(大吉)
第1章 ヒューマン英雄王国・始動
第1話 目覚めるチートと筋トレするニート
「働かずに飲むプロテインは美味しいですか? お兄ちゃん」
「この一杯のために生きてる、ってくらいに美味いよ。
弟の言葉に、俺は微笑みとともにそう答えた。
俺の名前は
頭脳明晰、眉目秀麗、文武両道で料理もできるしスポーツもできる27歳の好青年だ。
まあ欠点と言えば働いていないことと、そして これからも働く気がないということだろうか。
今は日課の筋トレを終えて、プロテインを飲んでいるところだ。
ああ、傷ついた肉体に栄養が流れ込むのを感じる。
「どうだい、大胸筋ちゃん? 栄養は感じる? 『うん、とってもムキムキになれる気がするよ!(俺の裏声)』」
「何やってるんですか? そんなことより、お兄ちゃん。筋トレする体力があったらハロワにでも行ったほうが良いんじゃないですか?」
俺の作った
彼は小学五年生なので、平日の昼間である今は普段なら学校に行っているのだが、一週間前から夏休みに突入したので家で昼食を取っているのである。
ちなみに彼は、身体的には勿論男性であり、本人曰く性自認も男性なのだそうだが、基本的に
今は腰くらいにまで伸びた髪の毛を二つ結びにして、ピンクを基調にした可愛らしいリボンのついたワンピースを身に纏っている。
いわゆる“男の娘”である。
以前、なんで自分のことを男性だと思っているのに女装しているのか聞いたことがあるのだが、『カワイイは性別を超えるんですよ』などと言われたので、まあそんなもんなのかなと思っている。
この世で最も男らしい行為は女装って2ちゃんかなんかでも言ってたし(女性は女装できないため)。
まあ、そういうわけで、よく分からんがウチの弟は女装している。
でも別に本人が良いなら良いと思っているので、我が家ではそのままにしている。
誰かに迷惑をかけるわけでもないし。
「体を鍛えるなら肉体労働系の仕事ついたらいいじゃないですか。お金も貰えるし身体も鍛えることができますよ」
「俺の鍛えた体は労働のためにあるんじゃない。筋肉はただ筋肉としてあるために存在してるんだ」
「いや何を哲学的なこと言ってるんですか? っていうか汗すごいから早くシャワー浴びてきてくださいよ」
翠の言う通り、俺は全身汗だくだ。
筋トレして汗を掻いたうえで、昼食の油淋鶏を作るために高温の油を使って料理していたので、当たり前だ。
ちなみに油淋鶏をチョイスしたのは、現在 俺が増量期なので筋肉と体重を増やすよう心掛けていることと、あとは俺が単に中華が好きだからだ。
「いやいや、筋トレしたって料理したって汗かくんだから、だったらまとめて済ませてからシャワー浴びたほうが効率的だろ。プロテイン飲んでるから水分も摂ってるし」
「効率性は気にするくせに就労してないことは気にしないんですね」
「うん、全然 気にならないね」
「言い切ったなコイツ! 働いたら負けだとでも思ってるんですか!?」
「いいかい、我が弟よ。働いたら負けなんじゃない。
「ポジティブなニートって無敵ですね!!」
などと言う話をしながら、俺は外していた眼鏡を掛けなおした。
揚げ物をすると跳ねた油が眼鏡を汚すので外していたのだ。
「ただいまー!! 外あっついわー!!」
そこへ、玄関のドアを開け放つ音ともに、そんな声が聞こえてきた。
どうやら出かけていた母さんが帰ってきたらしい。今日は午前中だけ職場に行っていたはずだ。
「おー、お帰り。ご飯できてるよ、母さん」
「お帰りなさい、お母さん」
「あーい、ただいま。……あのさあ、桃吾。アンタ、ちょっといい?」
帰ってきた母さんは、椅子に座るなり そう切り出してきた。
これは面倒くさい話な気がする。
逃げよう。
「いや今からシャワー浴び――」
「同僚の田中さんがね、親戚の会社に一人若い子が――」
「嫌だ」
逃げる間もなく話を始めた母に対し、俺は端的に答えて逃げようとした。
のだが。
「待てコラ!! お前はいつまでニートする気だ!! 仕事辞めて2年以上経つんだから、そろそろ働けよ!!」
「……何で????」
「何その全く分からないみたいな顔!? 勤労は義務だろうが! いい加減に再就職して親孝行しようと思わないの!?」
「全然」
「何だとお前!! お前なぁ、別に仕事辞めるのは良いよ!! しばらく休むのもいいよ!! でもそろそろ再就職は始めろよ!! もうお前 毎日元気に筋トレなんかしてんじゃん。お前の同級生は結婚して子ども居る人だっているだろうが! アンタも孫の顔見せなさいよ!!」
「えー、良いじゃんそんなの。大体さあ、普通のニートってもっと暗くて悲しげだよ? その点、俺を見てごらんよ。家事はするし、毎日筋トレして食事取って朝6時に起床して夜9時には寝るし、家族とのコミュニケーションも取るし。こんなに健康的で親孝行なニート居ないよ? 超優良物件なニートだよ?」
「ニートの時点で欠陥住宅なんだよ!!」
「というか いま思ったけど、ニートって『Not in Education, Employment or Training』の略で、教育を受けてないし、働いてないし、トレーニングも受けてない人のことだけどさ。その点 俺は筋トレしてるからトレーニングはしてるわけじゃん? だったらニートじゃなくない?
「うっせえな!! ニートがポジティブになるとマジでうぜえな!!」
「ねえ、お母さん。そんなことよりも今日お出掛けに付いてってくれるのって覚えてる?」
「……あ! しまった! 忘れてた!」
翠が口を挟んでくれたおかげで、話が途中で終わったな。
まあ何を言われても働く気はないのだが。
働きたくないでござる!! 絶対に働きたくないでござる!!!!
「ごめん、今日これから町内会に行くことになっちゃったのよ! 代わりに桃吾行ってくんない?」
「え~~~~俺が~~~~?? やだなあ~~~~」
「お兄ちゃん! お願いします!」
「オッケー!! 可愛い弟の頼みなら行ってやんよ!!」
「桃吾さあ、翠のお願いなら聞くよね……。ねえ、翠、ちょっとアンタから お兄ちゃんに働くように――」
「それは翠に言われても嫌だ!!」
「こいつ、なんでこんなに頑ななんだ!?」
だって働きたくないし。
労働は健康に悪いんだよ。
世の中の労働者が200年後に生存していることは0%であることは統計的にも証明されています。
それから暫くして。
俺と翠は炎天下の中、海沿いの道を歩いていた。
「……あっつ。なんで夏ってこんなに暑いの? 死ねよジャパニーズ・サマーめ。なにが地球温暖化だよ。人類の許可取らずに勝手に気温あげんな地球めブチ殺されてぇのか? ああん!?」
「地球にキレてる人初めて見ましたね」
「それはおめでとう。じゃあ今日は“地球にブチ切れてる人を初めて見た記念日”だね」
「私の365日にそんな汚れた記念日を入れる気はありませんよ。……ところで、お兄ちゃんって、マッチョなのに夏は嫌いなんですね。マッチョって夏は大喜びでビーチで焼いてると思ってたんですが」
「マッチョにも色々いるんだよ。十人十マッチョって聞いたことない?」
「あるわけないでしょ」
日差しが強いので、翠はつばの広いハットをかぶり、俺は通気性の高いスポーツウェアに、キャップを被って歩いている。
翠にも麦わら帽子をかぶせ、ついでに俺が日傘を持って翠の肌が焼けないようにする。この子は肌が弱いんだ。
俺は垂れた汗が眼鏡を汚さないように、額の汗を拭った。
「で、これって何しに行ってるんだっけ?」
「夏休みの課題です。自然の風景を描く、という課題なので海と船を描こうと思って」
「翠は船が好きだよね。というか、自然の風景だったらそこらへんのスーツ着たオッサンとか描けばいいじゃん。コンクリートジャングルの風景、みたいな感じで」
「いや怒られますよ!」
「大丈夫だって。俺と違って翠はできる子だからさ。先生だって許してくれるよ」
「……お兄ちゃんだって、昔は優秀だったじゃないですか」
「俺が? いやいや、生きてる世界が狭かっただけさ。子どもの頃はクラスで1番なら良かったけど、今じゃそうじゃねえし」
「……そうですか」
「ああ、そうだよ」
そんなことを話している間にも汗が流れてくる。
あっちーなマジで。
実際、外での写生くらい一人で行ってもいいのだろうが、翠は凝り性なので一人で炎天下にお絵かきなんかさせると熱中症になりかねんからな。そのために俺まで付いて行く羽目になったのだが。
「……帰りたくなってきた」
「もうですか!? 出発して10分も経ってませんよ!?」
「せやかて工藤!!」
「だれが工藤ですか!! 大体兄弟だから苗字は一緒でしょ!!」
「いやだって暑いんだもんよー。今度 涼しくなったらまーた動物園でも連れてってあげるからさあ。良いじゃんそれで」
「涼しくなってからじゃ夏休みの宿題に間に合わないでしょ!」
などと話していると、俺たちの後方から車の走行音がしてきた。
後ろを振り向くと、中型トラックが迫ってきていた。
距離のあるうちに、俺は翠にも「トラックが来るから、道の端においで」と声を掛けて端に寄った。
だが、その時の俺は知らなかった。
このトラックの運転手は居眠りしていたことに。
その結果、トラックは俺たちの方に突っ込――。
「おお、やっべ! 寝てたわ!」
というすんでのところで、運転手は目を覚まし、ハンドルを切って そのまま進み続けた。
彼は居眠りしていたことを反省し、車のミラーにぶら下がる妻子の写真を見つめ、「子どもも小さいし、気を付けて運転しないとな! よ~し、家族のために頑張るぞ、俺!」と呟き、彼は眠気を飛ばすために缶コーヒーに口を付けた。
――などという状況は当然ながら その時の俺には知るはずもなく。
俺はトラックが少しばかり危ない動きをしていたな、とは思ったが大して気にも留めなかった。
「今のトラック、ちょっと近かったですね」
「おお、まあ普通に走ってるから大丈夫だろ」
と言う話をしつつ、歩いていた俺たちは。
――自分たちの足元に落ちていた
「「え?」」
二人同時にバナナの皮を踏み、俺と翠の声が重なった。
そして俺たちはそのまま、バナナの皮を踏んで仰向けにひっくり返り、アスファルトに強く後頭部を叩きつけると――そのまま意識をなくした。
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