第三章 フォールン・エンパイア
第1話
ここからは第三章 3・4話程度ですが、少々辛目のお話が続きます。
ナザリック地下大墳墓 第二層 玄室奥 プライベート空間
そこはけして広い作りではない。廊下を照らす光は歩くのに不便しない程度抑えられ、どこか甘い香りとうっすらとした煙が漂う空間。耐性の無いモノが、ここに踏み入れば魅了にはじまり、数多のバットステータスを受けることになる。そんな危険地帯の奥にある一室。香りと煙が一層濃い空間にそれらはいた。
四人。
一人は真祖の吸血鬼。残りはヴァンパイアブライド。
いかがわしい何かをしているわけではない。真祖の吸血鬼であるシャルティア・ブラッドフォールンが、王侯貴族が使うような本革張りのソファーの上で、柔らかく手触りの良さそうなクッションに埋もれるように横になっている。そして侍るヴァンパイアブライドは、大きめの扇を振りそよ風をおこし、一人は香炉を胸元で持ち、香りと煙で空間を演出する。最後の一人は、シャルティアの足元に侍り、爪の手入れをしている。それだけのモーションである。
ただ吸血鬼の少女がリラックスし、侍女に爪の手入れをさせている。そんな絵面なのだが、シャルティアを含むまわりの者たちの表情、仕草がどこか退廃的な空気が醸し出し、この後何が起こるのか下世話なモノなら想像せずにはいられない雰囲気があるのだ。
これもペロロンチーノの力作といえばその通りなのだが……。
ここまで破壊力がある姿を、当のペロロンチーノは見ていない。
「ふぅ」
シャルティアは、まさしく退屈仕切った表情でため息を漏らす。周りのヴァンパイアブライド達も表情にこそ出さないが、心を同じくするところである。
理由は単純。ペロロンチーノの不在である。
もともとは毎日シャルティアの元に会いに来てくれた。
しかしナザリック襲撃イベントが一つの契機だったのだろうか、少しずつだが、まるで枯れ木の葉が一枚一枚落ちていくように、至高の御方々の足が遠のいていったのだ。そしてリアルで二年立つ頃には、その半数が数ヶ月ログインしていないという状況だった。
そして、ログインが減った中にペロロンチーノも含まれていた。
もちろん、まだ週に一日程度、ぺロロンチーノ様曰くリアルの休日ごとに会いに来てくださる。だが、もともとは毎日。それが一日と間が空き、二日となり、今は七日である。その後を想像するだけで、シャルティアは憂鬱となり、決められた巡回などこなすと、日がな一日ここにこもるようになったのだ。
それもあくまで、ペロロンチーノが会いに来る際、まずここに来るからという理由にすぎない。
もちろん、NPCとして割り振られた仕事、プレイヤー達は認識していないが、守護階層のポップモンスターの管理や整備などは怠ったりはしない。万全に、抜け目なく、あの時のことが起こってもいいように万全を期している。そして小規模ではあるが、まるで腕試しをするようなパーティーが襲撃してくることもある。が、あの時のような組織だってのものはなく、シャルティアを突破し第四層に踏み入れたものは一人たりともいない。
あの時のように誉めてもらいたい。
たったそれだけの事のために、いまもシャルティアは……いや、ナザリックの全NPC達は行動をしている。しかし、先日ある話が流れてきた。
「ホワイトブリム様がもうこちらの世界に来れないと言っておられたとか」
シャルティアはポツリと漏らし、侍るヴァンパイアブライド達も静かに頷く。
もちろんホワイトブリムと直接つながりを持たないシャルティア達だが、直接の創造主とは一線を画すが至高の御方々という風に敬愛していることに変わりはない。
話題のホワイトブリムは、リアルでの連載漫画が軌道に乗っただけでなく、アニメ化などメディアミックを含め今人生で一番力を入れないといけない時期に差し掛かっていた。そして愛着はあるが、自分の人生と夢を天秤にかけ、しばらく仕事に専念することを選択したのだった。そしてその決意をギルメンに伝え、それでも愛情の証として、自分の担当したメイド達に数点のサブデザインの服(もちろんメイド服)をそれぞれに与え、名前と簡単のプロフィールを贈ったのだった。
もちろんメイドたちは笑顔でホワイトブリムを送り出した。
たとえ、影で涙したとしても創造主の決意を無碍にできないと感じたからだ。
しかし彼女たちはまだ幸運である。
別れがあったのだから。
中には、何も言わず去ったとおもわれる至高の存在もいる。
もちろんプレイヤー間でメールやメッセージで別れを告げるものがほとんどであるが、全員がNPC達の前で別れを告げたかといえばNOである。なにより、最後の別れの場は、荷物の受け渡しもあり、無人の宝物庫である場合がおおいのだから。
しかしNPC達には伝わらない。
いつか自分たちが創造主に捨てられるのではないか……。
そんな恐怖が憂鬱となって、いまのナザリックを覆っているのだ。
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