第一章 NPCの日々

第1話 

 シャルティア・ブラッドフォールンは満ち足りていた。


 不敬とわかっていても、情愛を向ける創造主から確かなる絆を感じることができる環境。


 己の隙間を埋めるように、自分というものを形作られる喜び。


 これらを当然のように与えられる日々を享受して、不満に思うはずなどありはしない。もっとと子供のように思うこともあるが、その欲求すら幸せを感じるのだから、満ち足りているのだろう。


「設定には趣味趣向と現在のナザリックにおける立ち位置は書いたけど、やっぱりキャラ付けには出生や過去のエピソードが必要だよな」


 シャルティアの創造主であるペロロンチーノは、腕を組みながら考え込む。バードマンの特徴ともいえる鳥と人が融合したような姿は、死体愛好家であるシャルティアの趣味とは程遠いが、“この人は例外”と言わんばかりに特別視していた。


 人間的な感情で解釈するならば、普段の趣味嗜好と惚れた相手は別。ということなのだが、シャルティア本人はそれを理解できるほど、感情面で成長していないことからの戸惑いであった。だが、“ペロロンチーノを前に一定時間立っている場合、嬉しそうに微笑みをうかべる”という行動を最近設定された許されたため、それらの迷いを捨て一時の喜びを表情で表現していた。


 ペロロンチーノは、シャルティアが微笑む仕草を見て嬉しそうにつぶやく。本業ではないが、自分で納得いくまでモデリングし、加えて友人の手を借り、完成させたシャルティアの外装モデリングは、一言でいってペロロンチーノの願望の具現化。好みのストライクゾーンである。


 そんな外見に加えて人間に見紛う仕草で微笑みを向ければ、でてくる感想など一つである。


「やっぱり俺の嫁はかわいいな~」



 その言葉にシャルティアは禁を破って抱きつきたくなる衝動に駆られるが、ぐっと耐え、許された行動の中で精一杯の愛情表現を行う。


 そんなやり取りがプレイヤーとNPCの間でしばらく続くと、プレイヤーが一人転移してきた。


「おつかれさまです。ペロロンさん」

「おつです。モモンガさん」


 骸骨のアバターに死霊系を中心とした魔法関連強化装備で身を固めたオーバーロード。アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガが、親友であるペロロンチーノのもとに現れたのだった。


 シャルティアは行動指針に従い、すこし離れたところでペタンと床に座る。ここが地下ダンジョンの一角でなく、木漏れ日のさす庭園などであれば、さぞ見栄えのする仕草だろう。しかし、そのへんの判断基準を持たないシャルティアは、座ると二人のプレイヤーを静かに見上げる。


「調整ですか?」

「ええ。戦闘AIの調整に合わせてスキル構成を見直した時、設定欄が結構空いてるなって思いまして」

「そういえば、最初に作った時かなり書き込んでましたけど、あれどうしたんですか?」

「流用できるものは流用したけど、いろいろ冷静に考えると整合性がとれてないんですよね」

「整合性ですか?」

「ええ、実際この部分だけど……」


 モモンガとペロロンチーノは、シャルティアの設定をみながら、楽しそうに意見を交わす。見られているシャルティアは、ペロロンチーノに、それこそ全てをさらけ出したとしても喜び以外の感情は浮かばないだろう。しかしモモンガとなると、気恥ずかしさが上回る。


 表情に出さぬように。


 声に出さぬように。


「このスキルだと……」

「でも、この設定からするとこのスキルは外せないんじゃないですか?」


 そんな風に会話する二人に羞恥心を刺激されるシャルティアは、先程とは違って逃げ出したい、穴があれば入って隠れたい気分に苛まれていた。ペロロンチーノが惚れた相手であるならば、モモンガは好みの相手であり、自分の中身をそれこそ赤裸々に見られているような状態なのだから、どのような心境かは想像に難しくないだろう。


「そういえば、先日新作のエロゲーを買ったんですよ」

「ああ、この間期待の大作って言ってたヤツですか?」

「そうそう」


 シャルティアのスキルや設定の意見交換がしばらく続くと、自然と雑談へと二人の話題が移っていった。


「でも、それに姉ちゃんが出てたんですよ」

「あ~。お姉さんというか茶釜さんがでてたら、つかえませんよね」

「キャラも立ってて日常パートの出来が良いだけ残念で……」

「茶釜さん人気声優ですから、しょうがないですよ」


 実際にはリアルでペロロンチーノが購入した十八禁ゲームの話題なのだが、シャルティアには、エロゲーというものが何かわからなかった。ただ、モモンガとペロロンチーノが期待の大作というのだから、すばらしい作品が存在する事。そしてペロロンチーノの姉にして同じ至高の御方であるぶくぶく茶釜様が、その素晴らしい作品の作成に関わっていたということを理解した。もっとも、その素晴らしい作品にぶくぶく茶釜が参加したことで、何がつかえなくなったのかまでは分からなかったが……。


「あ、そろそろ他のみんなが集まる時間ですね」

「じゃあ移動しますか」


 そういうと、二人は姿を消す。


 それとほぼ同時だろうか、シャルティアは深く息を吐く。


 なにか問題があったわけではない。ただ緊張を伴う幸せな時間が過ぎさったことにより、糸が切れただけのことだ。


 もし、自由に行動することができたなら。


 もし、自由に言葉を交わすことができたなら。


 許されないとわかっていても、そんな日が来ることを願うシャルティアであった。

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