二十四話 今を憂い、変革を志す者

 アルタイルから齎されたアルの知らせにより、明らかになった聖地に迫る危機。既に試練どころでは無くなっている気がするが、あくまで教会は試練の実施を中止も延期もするつもりは無いのだと、長い会議を終えたカインは疲れたようにぽつりと呟いた。


「どういうことだよ!? アルケーらしき連中が聖地に潜り込んでいるってのに」

「信憑性が無い————だからだそうだよ。オリワス様を引っ張り出す訳にもいかないし、今の教会を牛耳っている二流、三流の聖職者共は保身か目先の利益しか求めてないからね」


 ひらひらと手を振るカインの長い銀髪がゆらゆら揺れる。薄々気づいていたが、どうやら教会の現状を嘆く側でもあるらしい。


「とにかく、得体の知れない秘密結社が聖地に潜入したところで、試練を中止する必要は無いというのが、教会の総意だよ」

「……分かりきってたことだけど、腐りきってやがるな」


 もっともこれは容易に想像出来たことだ。教皇不在による精霊教会の権威失墜を防ぐ為に、クロイツ教皇猊下の容態すらも隠していることから、今教会を牛耳っている連中は、迷える信徒を導くことすらも放棄しようとしているとしか思えない。

 これでは、何の為の試練なのかすらもあやふやだ。既に教会はその役割を終えていると断言されてもおかしくない状態と言わざるを得ない。


「ま、表向きは精霊様への感謝を〜祈りを〜と謳ったところで、一大宗教の内部なんてこんなもんだよ。無論、この現状から目を背ける訳にもいかないけどね」


 カインは顔を上げると眉根を寄せて険しい顔を作る。俺自身は教会に未練も何も感じないが、シエラとアルクスの為にも護衛役の責務を投げ出すことも出来ない。

 

 状況は八方塞がり……それよりも最悪だ。特に今は教会勢力と行動を共にしている以上、勝手に聖地に繰り出す訳にも行かず歯がゆい思いだけが募る。


「ま、こうなった以上、試練の準備だけはしておいた方がいいと思うよ。皇都で起きた天変地異が聖地でも実際に引き起こされれば、話は別だろうけど」

「そうなってからじゃ遅すぎる。皇都と違って、聖地の四方を囲うのは見渡す限りの広大な荒野だ。命からがら脱出したところで、水も満足に補給出来ない荒れ地で大勢の人が息絶えるかもしれないっていうのに」

「……それもそうだね。ごめん、軽率な発言だった」


 俺の語気に驚いたのか、はたまた言い過ぎたことを悔いたのか、カインはしゅんと項垂れた。教会が頼りにならないのはいつものことであるとはいえ、流石に真面目に頑張っているカインやアルクスが不憫過ぎる。


 かくいう俺も護衛という立場に甘んじて警戒を怠っていた。精霊教会のお膝元である聖地にすら影を落とすアルケーを甘く見過ぎていたと自戒する。


「邪魔するぞい。……なんじゃ? このお通夜のような空気は? 何か問題でも起きたのかのう?」


 室内の体感温度が心なしか上がったと思ったら、部屋の中に場違いな熊……もとい上半身裸の春雷卿が入ってきた。鍛錬を終えた直後か、それとも風呂上がりなのかは知る由もないが、全身の筋肉が湯気を発している。


「爺さん。いくらなんでもその格好はねぇだろうよ」

「まだまだ青いのう、若いの。この歳になっても頑強な筋肉を維持できるのは、鍛錬と、健康な食事と、シナイ山から湧き出る天然温泉のお陰よ。熱々の湯上がり後こそが肝心。火照った筋肉を冷まして優しく労ってやらんとな。それで、儂に用とはなんじゃ? 次期教皇候補よ?」

「……火急の要件ゆえ、その不埒な姿はお咎め無しとさせていただきます、筆頭騎士殿。事前に早文でお伝えした通り、本日から聖十字騎士団による聖地内の見廻り回数を増やすこと、それと冬の小川の宿に滞在中のラサスム人の早急な保護を」

「ほう? 子細までは知らぬが大聖別の試練前に何やらきな臭くなってきた——。さしずめそんなところかのう?」

「理解が早くて助かります。これを。僕の護衛が旧知のラサスム人から受け取った文です。大聖別を控えた聖地に、皇都を揺るがした秘密結社の手の者が忍び込んでいる可能性があるようです」


 カインがアルタイルの脚にくくりつけられていた巻き紙を春雷卿に渡す。

 大きな眼をかっと見開き、内容に目を通した老騎士はふんと鼻を鳴らした。


「皇都で派手に暴れおったやつばら共めが。次の標的は聖地に定めたということかの。————面白い。精霊教会のお膝元で悪事を企てる不届き者共には、キツい灸を据えてやらんといかんのう」

(やばい……爺さんの目、鍛錬の時以上にる気に満ちあふれている……!)

(……ちょっと焚きつけすぎたね、これは)


 ひそひそとカインと小声で春雷卿には聞こえないように小声でやり取りする。

 聖地に潜んでいるアルケーの使徒は気の毒……とは思わないが、春雷卿に目を付けられて無事で済むとは思えない。


「委細承知した。これより我が配下である百雷びゃくらい遊撃隊は、大聖別の試練が終わるまで厳戒態勢に入る。坊主の鍛錬は悪いが中断させてもらうぞ。非常事態じゃからの」


 それだけ言い残すと、ずしずしと重い足音を響かせ熊のような巨漢の老人は去った。パチパチと暖炉で薪が燃える音だけが、嫌に静かな中で響く。


「ひとまず手は打った。春雷卿の抑止力がどれだけ働くかは未知数だけど、少なくとも大聖別の試練の最中に背後を突かれるようなことは、これである程度は防げると思う」

「……あの爺さんに敵う奴がいるなら、それこそ新たな脅威にも程があるけど。これで俺たちは一応試練に集中出来るな。だけど、いいのか? その……保護するのは春雷卿とはいえ教会がラサスム人に手を差し伸べるなんて」

「何を今更。十一年前の紛争は少なくとも教会にも非がある。聖地を巡って血で血を洗う紛争……戦争を起こすこと自体が、今の教会の歪みそのものなんだよ。教会も信徒もそろそろ現実と向き合うべきだ。————揺るぎない意思で変革を促す教皇が立たない限り、精霊教会の未来は無い」


 その一言に俺は感銘を覚える。胸を打たれる————という表現がまさにぴったりな決意の表明。カインのような考えを持つ者は、まだまだ教会には少ないかもしれない。それでも————。


「どうしたの? 急に跪いたりして」

「いや、なんというかカインの考えを聞いて、俺もそろそろ腹を決めないとなと思ってさ。お前が本気で教皇を目指すのなら、俺は協力を惜しまない」

「……以外だね。てっきりグラナはアルクスの味方だとばかり思っていたけど」

「さっきまではな。でも、これからは違う。俺は主たる次期教皇候補の未来を斬り開く騎士になる」

「剣も腰に佩いていない騎士……か。まるで、聖女様に付き従った伝説の従者みたいだね」

「どういうことだ? あの時代に剣を使わない騎士がいたなんて————」

「あれ? 知らない? ————雷霆のトルス。聖女エステルの幼馴染みにして、雷霆の空想元素の使い手である伝説の騎士だよ」

 

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