十九話 不安と葛藤

 早速、大聖堂に引き返しカインの私室へと向かう。静謐を重んじる聖堂内部を足音を立てて駆ける俺に聖職者達が何事かと目をひん剥いていた。中には肩を怒らせ声高に注意してくる聖職者達もいるが、全て無視する。


 階段を2,3段飛ばしで駆け上がり廊下の最奥へ。だが、カインの私室の前には何故か赤髪の従司教が門番の如く居座っていた。


「騒々しい。何事か、連換術師」


「騒がしくしたのは後で謝る。けれど、今はカインと会わせてくれ! 早急に伝えたいことがあるんだ」


「……今は来客中だ。どんな急ぎの用件かは知らぬが何人たりとも通すわけにはいかぬ。そこまで火球の用件だと言うのならこの場で申すがよい」


「聖地内に根源原理主義派アルケーと思われる奴らの痕跡が見つかった。証拠もある」


 ジャイルから借りてきたエーテル遮断容器をフレイメルに突きつける。容器の中で不気味に沈黙しているのは、連中が各地に異変を起こす際にばらまく特殊な連換玉。

 異なる属性のエーテル同士を反発させて、異常現象を起こすものだ。あの異変に関わったフレイメルも、当然見覚えがあるようで険しい眼が更に鋭さを増した。


「これは何処で見つかった?」


「冬の小川の宿場町だ。実は————」


 お忍びで来訪していた本部長殿には悪いが緊急事態だ。肝心なところはぼかして、俺は手短にアルが奴らアルケーの使徒に襲われたことを伝える。


「確か……なのだな? その情報は」


「ああ。どんな風体の輩かは本部長の消耗具合が酷くて聞けなかったが、少なくともこの聖地に連中が忍び込んでいるのは本当だと思う」


 証拠も合わせて提示したことで、信憑性が増したのかフレイメルの表情がすっと真剣な顔つきに変わる。どうやら従司教の心を動かすことに成功したようだ。


「レイ枢機卿猊下に送られてきた暗殺予告状といい、帝国ひいては教会の秩序も脅かす秘密結社の暗躍。————見過ごすわけにはいかぬ」


 踵を返したフレイメルの後に続き、カインの私室の前に立つ。来客対応中であることは承知の上で、フレイメルがドアをノックした。


「ご歓談中、誠に失礼いたします。カイン様。急ぎ申し伝えたいことが護衛からあるそうで」


「グラナから? いいよ、入って」


 失礼いたしますと、一言断り私室へと踏み入る。日当たりの良い南向きの部屋。陽光が硝子の窓から南国から取り寄せたと思われる観葉植物を照らしている。

 執務机に座るカインの前には見慣れぬ人物が立っていた。室内だというのに、ラサスムの女性がするような顔を隠すヴェールを付けて、その表情は伺いしれない。


 年齢、性別共に不詳の来客は俺たち二人を物珍しそうに振り返る。


「枢機卿猊下? この者共は?」


「僕の護衛と対立候補の護衛。……聞きたいことは以上だ。手間取らせたね」


「滅相もない。————今後とも是非ご贔屓に」


 退出する謎の人物を見送る。足音一つ立てず、部屋を後にしたヴェールの人物は何者なのだろうか。気になるけど、今は先に伝えなきゃいけないことがある。


「それで? 随分と大慌てで戻ってきたらしいけど、どんな報告?」


「聖地内に皇都の異変にも関与した秘密結社が入り込んでいると情報が入った。信憑性を裏付ける痕跡も残ってる」


 エーテル遮断容器をカインに手渡す。卵型の特殊連換玉を右に左にからころと傾けるカインはことりと机に容器を置き、俺の瞳を覗き込む。


「ふむ……。これが皇都を騒がせた騒動の原因なんだっけ?」


「設置するだけで大気中のエーテルを狂わせ、異常現象を起こすきっかけになるものだ。マグノリアでは真っ黒なニグレド、皇都ではこの白いアルベドが発見されてる」


「にわかには信じがたいけど、異変を鎮めるのに奔走した英雄の言葉は疑えないね。……それにしても時期が悪い。————いや、敢えて帝国と教会が一番手薄な好機を狙っているのかな」


 奴らの狙いの確信を突くかのようなカインの独り言が乾燥した空気の室内に響く。

 言われてみれば、皇都の異変は皇太女の儀を直前に控えた時期に、そして聖地では次の教皇を決めるコンクラーヴェを控えてる最中に、レイ枢機卿宛に暗殺予告状が届いた。


 どちらも帝国、教会の今後を占う大切な儀を妨害するような形でだ。


「何者かが、帝国と教会を潰すべく画策していると、カイン様は考えておられるのですか?」


「あくまで状況証拠から浮かび上がる推測がそうだということだよ。ただ、それだとマグノリアの異変が説明付かないけどね」


「マグノリアの異変……か」


 確かあの異変を起こした奴らの行動の裏では、廃棄された教会地下に封じられた聖人の亡骸から、空想元素の回収がされていたはずだ。皇都の異変でも、水の精霊の御神体の顕現の裏で、ローレライの巨岩に封じられていた聖人の亡骸から空想元素が抽出されかけていたことを思い出す。


 つまり……奴らが異変を起こす目的とは、その地に封じられた空想元素を回収する際の副作用的なものなのだろうか?


 そうまでして奴らが集める空想元素の用途つかいみち。それが皆目見当も付かないのが歯がゆいところだが。いや……一つだけ思い当たることがある。


 深層領域で少女の姿をした災厄は『一ナル元素』を求めていると明かした。

 もしかして……空想元素を奴らが回収する真の目的とは————。


「ぐーらーな? ちょっと聞いてる?」


「うお!? な、なんだよ??」


「だから、これから聖地内の警戒強化の為に、各地に聖十字騎士団を配置するっていう話。さては、考え事に夢中で聞いてなかったね? しっかりしてよー。僕の護衛なんだからさ」


 頬杖をついて呆れた視線を寄越すカイン。考え事に夢中で話を聞きそびれていたらしい。しっかりしろ、俺。たぶん聖地の何処かにいるシエラの安全も脅かされているんだ。師弟の関係は解消してもあの子は守ると、そう誓ったはずじゃないか。


「呆けている連換術士はともかく、放置すればコンクラーヴェにも影響する懸案事項です。————早急な対処が必要かと」


「もちろん、最優先事項だね。丁度、春雷卿が聖地に滞在してくれていて助かった。聖十字騎士団に通達を。今よりコンクラーヴェ期間中は特別警戒を発令すると。頼めるかい? フレイメル」


「御意。では、失礼」


 颯爽と立ち去るフレイメルをひらひらと手を振って見送ったカインは、「さて」と独りごち、


「そういう訳だから、今からコンクラーヴェ期間中はグラナも僕の部屋で寝泊まりしもらうよ」


 と、さも当然のように言ってのけた。今までも、付き合いが厄介な相手というのはいなかった訳では無いが、同性からこうも積極的に言い寄られること事態初めての経験。が、そこから先に一歩踏み出せばどうなるかくらい、その手の知識が疎い俺でも分かっている。


「悪いが護衛失格と言われようとお断りだ。そもそもお前は教会側の人間。俺は連換術協会の人間。変な噂立てられでもしたらどうするつもりだよ」


「……そう言うと思った。頭固いねグラナは」


 憂いを帯びた眼を向けられるが、そんなもので揺らぐような柔な精神はしていない。……これ以上、カインに惑わされるのもごめんだ。心の中に思い描くのはあの子の凛とした顔。結局のところ、教会に戻ったとはいえ信頼出来るのはシエラだけなんだと気を引き締める。


「心配せずとも依頼された分はきちんと働くさ。それじゃ、俺は席を一旦外すよ。知り合いの容態が気がかりなんでな」


「あ……ちょっとグラナ!?」


 カインの呼び止める声を無視して、俺は再び宿場街へととって返す。

 未だに聖地の何処にいるかも分からないシエラの行方も気がかりだし、依頼どころでは無いのが正直な本音だった。

 

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