八話 海中に潜む何か
潜水服を着て黒蝶貝を次々と採取する怪しい人物。気付かれないようにそっと近づき、後ろから羽交い締めにした。慌ててジタバタともがく潜水服を抱えたまま、七色の風から風の連換術をスクリューのように展開し海面に向かって一直線に上昇する。
ざばッとイルカが跳ねるように空へと飛び出し、風で落下速度を緩めながら岩肌の上に着地した。何が起きたのかも分からない潜水服はなおもジタバタともがいている。
海中と違って水を吸った潜水服は重く身動きが取れなさそうで、背には小型の酸素ボンベも背負っているから尚更だろう。
やがて諦めたのか大人しくなった潜水服の人物をどうしたものかと思いながら腕組みをしていると、探索から戻ってきたらしいアルがひょこっと岩陰から顔を覗かせた。
「思った通り岩窟の奥にベースを作ってたみたいだねぇっと。あれ、その潜水服を着た人は?」
「海中に潜って黒蝶貝を根こそぎ採取してたところを捕獲した。潜水服に酸素ボンベの完全装備だ。背後に控えてるのは大物かもな」
俺とアルからギロっと睨まれた潜水服姿の人物は逃げ出すこともままならず、ぷっと酸素の吸入口を吐き出すと、ドスの利いた声で尋ねてきた。
「お前ら……何者だ?」
「マグノリア支部所属の連換術師だ。連換術協会も加盟している帝国領自然保護管理協定に基づき、あんたを密猟の現行犯で拘束する」
「僕のことはお構いなく。通りすがりの宿泊客のようなものだから。せっかく貸切ったプライベートビーチの隣で無粋な輩が密猟なんてしてたら、優雅に楽しめないしね?」
水着姿で威厳もあったものでは無いが、形式として通告を行った。連換術師とは自然界に存在する元素を用いて超常現象を起こす者。当然、自然環境に配慮することを職務として求められており、協会も自然保護活動に力を入れている。
天然物の真珠は内海の環境変化により年々、産出量も減ってきていると聞いたことがある。
俺達に出来ることと云えば、利益しか考えないこういった密猟者を取り締まるくらいなのだろうな、と思うとやり切れない思いもあった。
とにかく、シルマリエの港湾警備隊に通報すべきだろう。アルが奴らのベースから拝借してきた縄で密猟者の手首をしっかり結んでいると、仲間が急にいなくなって探しに来たらしい男達がぞろぞろと海面から顔を覗かせた。
手に持ってるのは水中でも使用可能な銃機の類。その銃口が一斉にこちらに向けられていた。
「もしかしなくてもヤバそうだね? コレ」
「ボサッとするな! 岩窟に逃げ込むぞ!」
ジャキっとリボルバーが回転する音が耳に届く。アルの腕を掴んで大急ぎで岩礁地帯にぽっかり空いた岩窟の中に逃げこんだ。薬莢が爆ぜる音と共に鉛の弾が銃口から吐き出され、岩肌に当って弾かれる。跳弾するかのように跳ね回る銃弾にヒヤヒヤしつつ姿勢を低くした。
にしても、貴族と騎士文化が根強いこの帝国でおおっぴらに銃機を扱う密猟者か。
————もしかしたら、帝国の外から来た外国人かも知れない。
この状況、どうする? 丸腰の上、着ているものは水着のみ。
横で一緒に岩陰に身を潜ませているのはラサスムの王族。怪我でも負わせたら国際問題だ。どんな目に遭うか分かったもんじゃない。
「パンパンと景気良く撃ってくるねぇ……。シルマリエ近海には獰猛な鮫でもいるのかい?」
「沖の方ならともかく、近海に鮫が出るなんて聞いたことも無いな。鮫に襲われて銃でなんとかなるのか?」
「鮫に襲われたら鼻っ面をぶん殴るといいとは聞いたことあるけど、海中で浮力が働いてるんじゃ銃も効果的とは言い難いねぇ……。当たればどうなるかは分からないけど」
呑気に鮫談義してる場合では無いのだが、銃声が止むまでは待つしか無い。
打ち上げられた海藻の強烈な匂いに顔を顰めながら耐えていると、バシャっとという水飛沫とついで男達の悲鳴が上がる。
何事かと顔を覗かせると、海中から攻撃を受けてると思われる密猟者達は半狂乱状態に陥っていた。そして一人、また一人と得体の知れない何かによって海中に引き摺り込まれていく。
ポカン……と眺めるしかない俺とアルは恐る恐る、海の中を覗いた。
「いったい……何が起きたんだ?」
「まさか……鮫の話してたから本当に鮫が出たとか?」
「にしちゃ血生臭い匂いもしないぞ……? そもそも本当に鮫なのか?」
潜水服を着た密猟者達の姿は綺麗さっぱり消えている。もしかして。人を丸ごと飲み込むような大きさの鮫が本当にいるのかも知れない。
俺達もここから早く脱出しないと、危険な気もする————。
ここで密猟者達を発見したことだけ、後で通報すればいいだろう。
少なくとも、この場で見たことは口外してはいけないような気がした。
☆ ☆ ☆
アルと二人でようやくプライベートビーチに戻ってくると、シエラ達と岩窟の前でばったり鉢合わせした。なんでも、ホテルから昼食のデリバリーが届いたので俺達を探していたらしい。
「まったく、二人してどこをほっつき歩いていたんですの?」
「いやぁ……浅瀬で遊んでたら怪しい集団がこの岩窟周辺にたむろしてたから、ちょっと様子を伺いに」
案の定、お叱りモードのソシエにこってり絞られた。
隣ではアルもセシルから怒られてしゅん……となってるし、踏んだり蹴ったりすぎる。
十分に反省を促された後、俺はビーチのすぐ近くで密猟者を見かけたことを伝えた。
「真珠の密猟ですか————。それは由々しき事態ですわね」
「シルマリエ産の真珠は現在養殖されたものだけの筈です。自然の黒蝶貝は天然記念物に指定されてますし、ましてやそれを密猟するなんて」
ソシエとセシルも大分困惑してるようだ。今日は一日、ビーチで心ゆくまで遊び倒す予定だったのがいきなり狂い始めたのだから、無理も無い。
そんな中、シエラがそわそわと落ち着かない様子なのが気になった。
そう云えば、ペルセの姿が見当たらないがどこに行ったのだろう?
(師匠……内緒のお話が)
(ん? どうした?)
シエラに呼ばれて、岩窟の入り口から離れたシーハウスに移動する。海水浴客が使う更衣室やシャワーなどの設備が整っており、寛げるスペースも完備しているゲストハウスのようなものらしい。今日は貸切だけあって中は誰も居らず、内緒話をするのは持ってこいのようだが。
「で、話ってなんだ?」
「師匠達の姿が見えなくなってから直ぐのことなんですけど……」
辿々しく語り出したシエラの様子は何となくだけど普段より、落ち着きを欠いているよう思える。————まるで見てはいけない何かを見てしまい、話そうか話すまいか迷っているような……。
「ペルセの姿が見えないが、それと関係あったりするのか?」
「……はいです。背泳ぎを教えてもらってる最中に、急に潮流が変わったから様子を見てくると言い残して、海に潜って行ったきり戻ってこなくて」
心配そうにそう語るシエラの顔はとても嘘を付いてるようには思えない。
楽しい筈のバカンスは密猟者とペルセの行方知れずにより、どうにも厄介なことに巻き込まれつつあるようだった。
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