九話 半精霊

「ペルセの行方、何か手がかりは見つかったか?」


「……隅々まで探しましたけど、浜辺にはいないようです。師匠はどうでした?」


 行方不明になってしまったペルセを探す為に、俺とシエラは手分けすることにした。

 アルとソシエ、セシルは密猟者の通報とホテル側に状況の説明を求められた為、既にビーチにはいない。


 日も暮れかけてきた砂浜は、陽光で照らされて波は赤く砂は黄色に染まっている。

 足が届かなくなる水深の海域も、潜って探したが彼女の姿は何処にも無い。


 直に日が暮れる。これ以上の捜索は難しいだろう。


「いや、こっちも手掛かり無しだ。ペルセが海に消えた時、何か言ってなかったか」


「ビーチの隣の岩礁地帯から人の気配を感じると言ってました。気になるから様子を見てくるって。師匠もその場にいたんですよね? 岩礁地帯にはペルセさんいなかったのですか?」


「いや、見かけてないな————。そもそも密猟者の相手で手一杯だったし」


 あの岩礁地帯で起きたことと云えば、密猟者の集団から一斉に銃撃を受けたことだろうか。

 その直後、何故か悲鳴を上げて密猟者達は海の中に沈んでいったわけだが。

 

 あそこには未確認生物でも潜んでいるのだろうか。

 気付けば太陽が地平線に沈みかけていた。残念ながら、今日の捜索はここまでのようだ。

 尚も捜索を続けようと渋るシエラを宥めつつ、俺達はホテルへの帰路に着いた。


 ☆ ☆ ☆


「お、やっと帰って来た。ペルセさんは見つかったのかい?」


「……手掛かりナシだ。そっちは港湾警備隊と話は着いたのか?」


 ホテルのロビーで俺たちを待っていたらしいアルと情報交換しつつ、部屋へと戻る。

 直に夕食の時間らしいけど、とてもじゃないが食べる気にもなれない。

 ソシエ達の部屋に戻るシエラを見送り、俺とアルも部屋に戻った。

 

 ベランダに繋がるガラス扉を開けば、あのプライベートビーチが一望出来る。

 楽しいはずのバカンスがなんでこんなことになったんだか……。相変わらず、俺の厄介事を招く体質は絶好調らしい。こんな時くらいは、落ち着かせて欲しい所だが————。


『そりゃ無理な相談だな』


「うわっ!? いきなり現れるなよ……。寿命が縮むだろうが」


 目の前に浮かんでるのは逆さ吊りの体勢で子生意気そうな顔を覗かせる、風の精霊だった。

 ラサスムではジンと呼ばれる四大精霊の一柱。なぜ、ただの人間である俺に取り憑いているかは謎。だが、当人もよく分かっていないらしい。


『で? 何をそんなに嘆いているんだ?』


「お前に相談して、解決出来るのかよ……」


『なんだよ? せっかく気分が良いから話を聞いてやろうと思ったのに』


 器用に宙に浮いたまま寝そべる精霊はぷーと頬を膨らませる。こんなガキが風の精霊とか本当か? と疑いたくなるが事実無くした可動式籠手の代わりに、こいつから授かった翡翠の籠手が無ければ、シエラを助けることは出来なかったので頭は上がらない。


 それにしても気分のいいとか悪いとか人間みたいなこと言ってるけど、気分の問題なのかそれ?


「どういうことだよ? 気分が良いとは?」


『ああ、人間にゃ分かんないよな。この地のエーテルは内陸と違って『原初のアイテール』が色濃く残っている。なんだか里帰りした気分だよ。よっぽど腕の良い半精霊セーミスがエーテルの質を保っているんだろうな』


「半……精霊?」


 聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。なんだ? 半精霊にアイテールって?


『なんだ気付かなかったのか? 昼間お前達と一緒にいたあの黒髪の娘、水の半精霊セーミスだろ。今は人間達の中に混じって生きてるようだが』


 風の精霊が言ってることに理解が追いつかない。ペルセが半精霊だって? 嘘だろ……?

 見た目普通の女の子だし、実際に精霊と会話している俺にはとてもそうは思えなかったが。


「……半精霊は精霊とどう違うんだ?」


『んーそうだな。平たく云えば精霊の力が色濃く残る人間……だ。大昔は人間の中にも物好きな奴がいて、精霊と恋に落ち、子を身籠ったなんてこともあった。精霊教会が精霊を神格化しようとしてから、そういう話は聞かなくなったがな』


 さらりと、驚愕の事実を明かす風の精霊。精霊と人間の間に生まれた子供……だって?

 そもそも精霊と人間の間に愛情が成立すること自体が信じられない。

 そんな俺の驚きぶりにいたずら小僧のように緑の瞳をキラリと輝かせる精霊は、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。 


『お前達も実例は聞いてるはずだぞ。皇都で』


「皇都で? そんな話……聞いた覚えなんてないっての」


『————ローレライ。教会の伝説に残る彼女も半精霊だぞ? まぁ、生まれが特殊だから当人は巨岩から身を投げるまで半精霊と気付かなかったようだが』


 ローレライ……だって!? あのオペラの題材にもなった有名な悲恋の話の悲劇のヒロインが半精霊……??


『……随分と精霊教会が事実を捻じ曲げてるようだな。この時代で精霊の気配が全く感じられない理由も薄々見当ついてきた。とにかく、半精霊セーミスの娘の行方なら俺の方でも探っといてやる。あの時、娘がぶち撒けた黒真珠も気になってるからな』


「ペルセが大事そうに持っていた大粒の黒真珠か?」


『真珠は水の半精霊セーミスがエーテルの浄化に使う大切な触媒だ。お前のような元素……じゃなかった、連換術師と同じようなことを半精霊達も担っているんだよ。真珠はそうだな……差し詰め連換玉の代わりと云ったところか』


 連換術師と同じような役割を持つ半精霊の存在。世界において精霊達の役割がなんなのかについても気にはなる。けれど、少なくともペルセの無事が確認出来るまでは、聞くことも無さそうだ。その前に、聞いたところで答えて貰えるのかも分からないし。


「ところで真珠が気になるって、どういうことだよ?」


『……嫌な気のエーテルが随分と溜まっていた。海水にはエーテルを浄化する働きもあるが、ある一定の濃い濃度は流石に浄化しきれない。そこで、半精霊達は真珠に穢れたエーテルを溜め込んで、ある場所で清められるまで大切に保管しているのだと聞いたことがある。————人が決して踏み入れることが出来ない秘密の場所、青の洞窟と呼ばれる神代かみよの時代の海水が今も尚残る聖域があるらしい』


 普段以上に饒舌な精霊の言葉を信じてもいいかどうかは分からないが、手掛かりが分からない以上、信じるしか無いことも確か。


『朝までにあの半精霊セーミスの娘の行方を探しといてやるよ。昼間、散々泳いで疲れてるだろ。お前はとっとと休むんだな』


 次の瞬間、旋風が渦巻くように精霊の姿はかき消えた。

 確かに……久しぶりに泳いだせいか思った以上に疲労も溜まっている。


「グラナ? そろそろディナーの準備が整ったようだよ。彼女達と一緒に向かおうじゃないか」


 向こうから準備を終えたアルの一言に「今、行く」とだけ答えると、夜になってより一層涼しさを増した風から逃れるように俺は室内に戻るのだった。

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