五十一話 歌姫の姉と連換術師の弟

「あたしとヴィルムは二つ違い。歌が好きで幼い頃からオペラに興味があったの」


 控え室の椅子を勧められた俺とルーゼは歌姫、ローラ・カエルムの昔語りを聴いていた。

 なんでも彼女の話によると、両親ともオーケストラの奏者のようで音楽一家の家庭で育ったとか。幼い彼女と弟が音楽に興味を持つのは当然の話であり、特に歌が好きだったとか。


 ヴィルムについて聞き出す前に、彼女にはどうしても聞いておきたいことがあった。


「一つ気になってることがあるんだが、姉と弟でどうして下の名が違うんだ?」


「同じく気になってました。カエルムとセレスト、どうしてなんです? ご家族なんですよね?」

 

 歌姫に向けた質問をルーゼが補足する。姉と弟で家名が違うなんて相当珍しいことだが、思い当たる理由もいくつかある。一つは母親か父親の旧姓を名乗っている場合、もう一つはどちらかが養子に引き取られた場合だ。つまり、ヴィルムだけがセレスト家の養子になった場合が該当する。だが、彼女は弟は連れ去られたとはっきり断言しているため二つの理由はあり得ない。


「ごめんなさい、弟が何故セレストと名乗っているかはあたしにも分からない。最後に弟と会ったのは八年前。両親が出演したオーケストラ公演が行われたこの歌劇場であの子は誘拐された」


 その後、親衛隊の懸命な捜査が続けられたものの弟の行方は知れず、手掛かりも見つからないまま八年の歳月が流れた。


 状況が変わったのは一年前のこと。弟の行方をどうしても諦めきれないローラは、それでも努力してオペラ歌手となった。歌手として女優として活動する傍ら情報屋を雇い、ヴィルムの行方を追っていたとか。そしてついに情報を掴むことが出来たという。そのきっかけとなったのが、マグノリア貴族街で起きたあの『神隠し』事件だった。


 あの事件の取り扱いは極秘扱いのはずだし、現場は裏寂れた倉庫街の上、事件の後は市街騎士団が現場の管轄を行っていたはずだが。どうやらそこまで徹底的に漏洩を防止しようとも、情報というのは漏れるものらしい。


「そして今から四日前。マグノリアから皇都へと向かう汽車の中で起きた事件。その場にもあの子がいたと分かった。偶然、一年前の事件解決の立役者が同じ汽車に乗車していたことも」


「そこまで掴んでるのか、大した情報屋だな――――――」


 列車ジャックの詳細も親衛隊預かりの極秘情報のはずなのだが、ここまでくると凄腕というより複数の協力者がいると見て良さそうだ。


 もしかしたら、ローラが雇っている情報屋と接触することが出来れば、シエラの居場所も――。


「でも、どうして皇都でも一、二を争う歌手の貴女が自らを不甲斐ないと言うのですか?」


「歌に関してはうちの家族の中でも、ヴィルムが突出してたからよ。なにせあの子は八歳で『水の精霊の歌い手』に選ばれるほどの歌唱力があったからね」


『水の精霊の歌い手』とは、演目『ローレライ』の元にもなった荒れ狂う大河に身を投げた巫女の魂を鎮める歌い手のことだ。毎年、この時期に大河の中程にある大岩の上で、巫女に扮した歌い手がその美声を捧げる祭事が今でも続けられている。


「知らなかった……。そんな祭事があったなんて」


「教会が祭事や式典に掛かる費用をほとんど出資しているらしいな。『水の精霊の巫女』は教会にとっても奴らの信仰を広める為の嘘偽りない実話。実際、巫女は元々教会に属している聖職者だという説もあるくらいだし」


 広義の信仰を広めるのにお誂え向きな伝承は、出所が不明なものも多い。教会としても作り話では無い『ローレライ』の伝承は支援者や信者を増やすのに多いに利用する価値があるのだろう。シエラと邂逅して以来、教会と伝承について片っ端から調べた努力がようやく役に立ってきたと感じる。


 ふとある考えが頭に浮かんだ。祭事で声を捧げる役に選ばれる歌い手候補は毎年、厳正な審査の上で選出されるらしい。もし、その年以降にそれ以上に上手く歌える者が中々見つからない場合、過去に抜擢された歌い手に匹敵する者を再度選出する手間をあの教会が取ろうとするだろうか?


 俺には何故かローラの弟を誘拐したのも、教会の仕業としか思えなくなってきた。


「一つ聞きたいのだが弟が誘拐された八年前の日は、毎年行われる祭事の後か前かは覚えているか?」


「……確か祭事が終わった後のはずよ。年齢の割には多きすぎる実績的にも弟のガルニエ入りはほぼ確実とまで言われていたの。それが、あの誘拐騒ぎで全て白紙になった。噂どころか皇都中その話題一色になったのは今でもよく覚えているわ」


 つまり、誘拐に及んだ何者かは露呈した時のリスク以上に、弟……ヴィルムの歌の才能を買っていたということだろう。つくづく、常識的にも人道的にもあり得ないことがお好みのようだ。


「話はよく分かった。だけど、俺たちも奴らの居場所は探している最中だ。それに進出鬼没の秘密結社相手に常識は通用しない。最悪あんたの弟が命を落とすことになったとしても、責任なんて取れない」


「随分……厳しいこと言うのね」


「仕事だからな。それも場合によっちゃ命を張ることだってあり得る。――それでも良ければヴィルムの行方を探すさ」


「……それでいいよ。こんなこと、どちらにしろあなたのような連換術師にしか頼れない」


 ローラは既に覚悟を決めているようだ。ならばその覚悟に応えるのが連換術師としての俺の役割だろう。それが、帝国の法を、連換術師としての原則を破った犯罪者の捜索だとしても。


「任せてください、ローラさん。こう見えてもあたしの幼馴染みはやる時はやる男ですから」


「そのようね。……改めてお願いするわ。ヴィルムをなんとしても連れて来て。あの子には伝えたいことが沢山あるの」


「――お話は分かりました。肉親と離れ離れになる辛さは私達にも良く分かりますから」


「ああ。ローラさん、ヴィルムは俺が必ず連れて帰ってくる」


「……ありがとう、二人共。ヴィルムのこと任せるわ」


 強気な態度を崩さなかった歌姫の表情はいつの間にか涙でくしゃくしゃになっていた。

 八年もの間、弟と離れ離れになってるんだ。さぞ、寂しい思いをしたに違いない。

 

 そして、それだけのことをしでかした奴らの所業は――とてもでは無いが許せるものでも無い。

 関わる者、全てを不幸にする秘密結社。そんな存在をこれ以上のさばらせる訳にはいかない――。奪われたものは必ず取り戻す。握り拳に力を込めて、抑えきれない怒りをなんとかして沈める。緊張の糸が外れ、涙を流し続けるローラにルーゼが優しく寄り添い続けていた。

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