三十五話 Second day end 禊

 俺は突然この場に現れたレイ・サージェス枢機卿と向き合う。

 精霊教会の中でも枢機卿のみが身に纏うことを許される緋色カーディナルレッドの聖職者服を着た中年の男。近年は内部の権力争いも泥沼の様相を見せていると噂されている、教会上層部に属する者としての苦労を微塵も感じさせず、レイという名前を体現するかのような白く透き通る白髪が印象的な優男だ。あくまで外見上は——だが。


「それで、そんな戯言をわざわざ伝える為だけに、私と客人の時間を邪魔しに来たのですか?」


「滅相もない。先ほども申し上げましたが、ここに寄ったのは本当に偶然ですよ。——何せ、これから話題に上がっていた秘密結社とやらに攫われてしまった、教皇様のお子の捜索に取り掛からねばならぬのでね」


 レイ枢機卿はそう答えると柔和な顔を俺に向ける。⋯⋯こいつシエラが連れ去られたことを既に知っている??


「シエラさんが結社に連れ去られた? ——本当なのですか?」


「⋯⋯本当だ。その原因も俺にある」


「——どういうことです? グラナ?」


「それは、俺——いや、私から説明しよう。セシル殿下」


 背後から殺気のようなものを感じて俺は後ろを振り返る。そこにいたのは、地下の遺構の中に聖騎士達を伴って現れた、紅蓮に燃えるような赤髪が特徴的な従司教の姿だった。


「——フレイメル。殿下の御前だ、言葉は選ぶように。して、行方は掴めたのか?」


「いえ、依然として教皇様のお子を連れ去った、不届き者の行方を探している最中です。目撃情報も少なく捜索は難航しております。それより———」


 フレイメルと呼ばれた男が俺の胸倉を掴み強引に立ちがらせる。ギリギリと締め上げるような握力に俺は何も出来ない⋯⋯。


「現場に居合わせた者達の証言から事情は把握している。国賓であるカマル・アブ・サイード王子を危険な目に遭わせたばかりか、シエラ様を不拉致もの共に連れ去られる体たらく。——申し開きはあるか? 『マグノリアの英雄』?」


「ぐっ⋯⋯」


 フレイメルから紅曜石カーネリアの燃えるような瞳を向けられ、俺は言葉に詰まる。

 全て事実だ。申し開きなんてあるわけ———。


「客人⋯⋯いえ、私の友を離しなさい。フレイメル従司教。私の権限で貴方の帝城への立ち入りを、永久に許可しないことだって可能なのですよ?」


「殿下、失礼ながらこの者は許されざる罪を犯しました。裁かれるべきは異端の術を使うこの連換術師です。私の処分はその後がよろしいかと」


「フレイメル、そのあたりで留めるように。ふむ⋯⋯しかし、直接的では無いとはいえシエラ様を危険に晒したのは事実。教会としても君の身の振り方を考えねばならぬな? グラナ君?」


 こいつら⋯⋯。今までシエラが連換術師の俺と一緒にいたことに敢えて介入してこなかったのは、こういう事態が起きることをあらかじめ知っていた——からか?


 それとも、根元原理主義派アルケ—と通じているのか??


「⋯⋯いい加減になさい。これ以上は皇女である私への狼藉とみなします。お二方とも即刻この場を立ち去り——」


「勘違いされているようですな? セシル殿下。我々は何も彼を取って食おうとしているわけでは無い。むしろ、この機会に悔い改める機会を与えようと思っておりましてね」


「悔い改める⋯⋯だと?」


 俺の唸るような声に、レイ枢機卿は両手を広げ天を仰ぐ。⋯⋯罪人に慈悲を与えることを精霊に許しを願うように。中天を過ぎた午後の太陽の日差しがやけに眩しく感じた。


「そうとも。君は教会がずっと探し求めていた『精霊の落とし子』だ。マグノリアを覆った不浄なるエーテルを、風の精霊が振るうような力にも等しい清らかな風で祓い清めることが出来たのが何よりの証明。——君は本来であれば教会の側に立つべき人間なのだよ。異端の術を扱う連換術師では無く⋯⋯な」


「ふざけんな⋯⋯。誰が教会なんかに——」


「ふむ——、ではこうしよう。皇太女の儀までにシエラ様を秘密結社より奪還することが出来なかったのであれば、以後、君の身柄は教会が預かることとする」


「レイ枢機卿!? 何を言い出すのです!?」


「これは殿下にとっても無関係な話ではございません。何せ婚約者であるカマル王子を危険な目に遭わせた罪も彼にはあるのです。ことと次第によっては、ラサスム王家との外交問題にも発展しかねぬもの。——相応の禊を行う必要はあるかと」


 あまりの言い分に言葉が出てこない。二ヶ月前はシエラに見向きもしなかった連中が、今度は『シエラ様』ときた。取ってつけたような俺への扱いにも、とてもじゃないが納得なんて出来るわけが無い。———なのに、何も言い返せない。


「まぁ、よく考えたまえ。時間はまだたっぷりある。では、我々は失礼させていただこう。フレイメル、ついて来なさい」


「——御意」


 その場にいるだけで掻き回される嵐のような二人が去っていく。

 俺もセシルもその後ろ姿を、見送ることしか出来ない⋯⋯。

 完全に彼らの姿が見えなくなった後、セシルが俺に向かって頭を下げるのを見て俺は慌てて、彼女の顔を上げる。本当は俺なんかが彼女に触れることなんて、それこそ不敬であることも忘れて。


「な、何やってるんだよ!?」


「いいえ、謝らせてください。——彼らの言い分なんて聞く必要はありません。貴方は姉様の愛弟子である前に既に私の友なのですから。こんな屈辱を味わったのは初めてで——、私が皇帝であったなら、こんなこと許さないのに⋯⋯」


「いや、悪いのは俺の方だ。——俺があの時、判断を間違えることが無ければあんな連中に好き放題言われることも無かった。⋯⋯だから、落とし前は自分でつける」


 え——? と俺を潤む瞳で見つめるセシルに力強く断言する。エリル師匠を早くこの子と再会させてあげる為にも、連れ去られたシエラを取り戻す為にも、こんなところでいつまでも止まってるわけにはいかない。


 絶対に——取り戻す。奴らに⋯⋯根元原理主義派アルケ—に奪われた全てを。





 ————————————————————


「皇太女と砂月の君」 後編に続く

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