一話 東から来た旅人

「あ! 窓の外見てください師匠! また、エルボルン大河です!」


「お? 本当だ。意外とあっという間だったな。ここまでくれば、後少しで皇都が見えてくるはずだ」


 シエラが作ってくれた美味しいお弁当を食べ終わり、食後のコーヒーを飲みながら寛いでいると列車は再びエルボルン大河と並走するように進路を変えた。

 

 現在時刻は午後の二時過ぎ。皇都への到着予定時刻は今から三時間後なので、長かった列車の旅もそろそろ終わりが近い。

 

 皇都の東を流れる大河は水源が近いこともあり、流れは激しく高地から低地に向かって流れているので大河の至るところに小さな滝が点在している。

 初めて皇都に来た時、エリル師匠にバランス感覚を鍛える為とか口実をつけられ、イカダで強制大河下りをさせられたことをふと思い出す。

 よく、生還出来たな⋯⋯俺。


「師匠? 顔色が優れませんが、乗り物酔いですか?」


「いや、酔っては無いけど。昔のこと思い出してちょっとな」


 本当にあの大河下りは何の為の修行だったのか。思い返しても謎だし、とてもじゃないがシエラに同じことはさせられない。修行といえば、そういえば肝心なことがあったな。皇都に着いたら必ずしないといけないこと。


「シエラ。そういえば連換術師の登録はまだだったよな?」


「んー? 何のことです? 師匠?」


 あーそっか、そこから説明しないと駄目だったな。俺はコホンと一つ咳払いをすると、何のことか分かっていない弟子に説明する。


「連換術師として活動するには、まず連換術協会に申請して登録する必要があるんだ」


 連換術師の仕事は多岐に渡るが、個人で好き勝手に請け負うことは出来ない。

 それは、連換術自体が人の手には余る元素の力を自在に扱う技術であることに起因する。

 かって連換術が原理も解明されておらず魔法や魔術と呼ばれていた時代、その超常的な力を用いて悪用する者達が後を経たなかった。

 その事態を憂いた良識ある時の権力者が独自に研究を進め原理を解明し、連なる元素を術者の思うがままに力に換えることから“連換術”と名付けられた。

 権力者が連換術の啓蒙活動に生涯を捧げた結果、連換術は一つの技術として時の皇帝陛下に認められたらしい。

 そして、その技術を人々の生活に生かそうと作られた民間組織が、“連換術協会”の始まりであったとも伝えられている。


「連換術の社会的貢献を推進し、連換術師の社会的地位を守る為に創設された民間組織、それが”連換術協会“なんだ。だから、真っ当な連換術師は協会に登録して活動してるわけさ」


「初めて聞きました。ということは、皇都にある協会本部で登録して初めて私も『連換術師』として活動出来るのですね? 師匠?」


 飲み込みが早くて助かる。因みにシエラに説明した内容は俺が独自に協会について調べた内容だ。エリル師匠に聞いたら「自分で調べろ!」と言われたからな。今、思い返すとたぶん師匠は説明出来なかった⋯⋯のだろう。


「その通り。協会登録が済めば自分の連換術の適正も計測出来るようになる。自分の身体に宿っているエーテルの属性が分からないと、連換術師として活動出来ないからな。あ、一つ忘れてた」


「どうしたのです?」


「いや、確かシエラのエテル属性は『七色属性』だったよな? 対応する連換玉があるのか分からなくてさ」


 二ヶ月前のエ—テル変質事件、あの荒れ狂う変質した聖女のエ—テルを浄化出来たのは、シエラの持つ聖女由来の七色属性のエーテルが無ければ不可能だった。四大属性にすら干渉出来る未知のエーテル属性。対応する連換玉があるのかは、それこそ協会本部で聞かないと分からないかもだ。


「あの時の黒い連換玉なら、使役者として行使出来ましたけど——」


「確かに。ただ、あれは危険すぎる代物ということで市街騎士団が回収して、本部から来た技術者達の手で全て破棄されたらしいな」


「二ヶ月前の事件かー。あれはひどい事件だったね—。うんうん」


 そうだな、確かに酷い事件だった。何を目的にあんなこと⋯⋯ん?


「どうしたのさ? 黙っちゃって?」


「⋯⋯シエラ? 知り合いか?」


「いえ? 師匠も知らない方ですか?」


 俺とシエラは声が聞こえてきた隣の座席を二人で覗き見る。

 褐色の肌に白い布を帽子のように頭に巻いて、通気性の良さそうな生地で出来た異国情緒溢れる衣服を纏った美丈夫がいつの間にか通路を挟んだ隣の座席に座っていた。


「誰だ?」


「誰なんでしょう?」


「つれないねぇ? 旅は道連れ、世は精霊の情けと帝国では言うのだろう?」


 いや、言わないし。見た感じどこかの大富豪のようだが。なんか趣味の良さそうなピアスやら、アクセサリーやらジャラジャラ付けてるし。


「で? 俺たちの会話に勝手に割り込んでなんのつもりだ?」


「いや—連れとはぐれちゃってさ? 一人寂しく座席に座ってたら、二ヶ月前に死にかけた例の事件の話が聞こえて来たからつい、ね?」


 連れとはぐれたねぇ。ということは外国、それも身なりから推測する辺り東の隣国ラサスムから来た観光客⋯⋯か? ちょっと待て、今なんて言ったコイツ??


「死にかけた——ですか。あなたは二ヶ月前、もしかしてマグノリアに?」


「そっ! ラサスムでも有名なマグノリアの生誕祭を見るの楽しみだったんだけどねぇ。まさか、あんな目に合うとは思って無かったよ。まっ、お祭りは中止にならなかったし、しっかり堪能したんだけどね♪」


 こんなところでエーテル変質事件の被害者と鉢合わせるとは。それもラサスムから来た観光客とはな。そういえば、いつから隣の座席に座っていたんだ?


「——師匠。さっきの会話、聞かれて無いでしょうか?」

「連換術に詳しくなければ、何言ってるかも分かって無いだろうからたぶん大丈夫⋯⋯だと思う」


 ラサスムにも確か連換術と似たような術があるとエリル師匠から聞いたことはあるけど、なんだったか忘れたな。とにかく、適当に話切り上げて。


「そういえばそっちの銀髪の女の子、さっきから君のことを師匠と呼んでるけど何の師弟関係なんだい?」


「いや、何で見ず知らずのアンタにそんなこと教える必要が⋯⋯」


「私の連換術の師匠なので、『師匠』と呼ばせてもらってます!」


 あー、会話が繋がってしまった。そういえば、シエラは結構な天然⋯⋯だったな。隣の奴、何かこっち見てニヤニヤ笑ってるし。女の子との師弟関係、そこまで珍しいのだろうか?


「ほほう? 連換術ねぇ? あれでしょ? あの火—! とか、水—! とかドバーッと出す奴! カッコいいよねぇアレ。一回やってみたいなぁ」


 連換術を帝国特有の手品か何かと勘違いされているような。いちいち説明するのも面倒なので何も教える気は無いが。


「こっちのことはもういいだろ? それで? あんたはこれからラサスムに帰るところか?」


「いんや? 親が大商人なんでね。お金には困って無いから帝国一周旅行中さ。ラサスムはこの時期の暑さ半端ないからねぇ〜。その点、次に行く皇都はこの時期でも大河の近くにあるから過ごしやすいとガイドブックに書いてあるし。治水とか地理を生かした都市の開発とか見習いたいくらいだね、いや真面目な話」


「⋯⋯意外と勉強熱心な旅人さん、なんでしょうか?」


 ——どうだか。親の金で道楽ついでに帝国に避暑に来たようにしか思えないのだが。とにかく、話は終わりだ。お引き取り願うか、俺たちが席移動するかのどっちかだな。


「ところでさ?」


「なんだ? まだ、なんか用か?」


「いや、そっちの女の子。『七色属性』とか言ってたけど一体どういうことだい? あの事件のとき街に『七色の風』が吹いていたって聞いたんだけど、それと何か関係あるのかな?」


 こいつ、しっかりこっちの会話聞いてるじゃないか。そういえばクラネスから出立前に言われてたな。俺とシエラがマグノリアを救った英雄と聖女であると噂されていると。雑貨屋に急に人が来るようになったのもそのせいなのか? 

 

 疑いたくは無いが十一年前、精霊教会と宗教紛争を起こした国だ。国交は正常化されてこうしてラサスムから観光客が来るようにもなったが、妙な考え持ったラスルカン教徒である可能性も否定しきれないし。


「——さあな。悪いが、これ以上話すことは無いよ。シエラ、席を変えよう」


「分かりました、師匠。さようなら、ラサスムの旅人さん。良い旅を」


「ふむ。じゃ、腹の探り合いはここまでにしとこうか? マグノリアの『英雄』と『聖女』の可愛いお弟子さん?」


 なっ、こいつ——。 今までの会話は全部知ってた上でのことか?

 しかも、他の乗客も大勢いる中でよく響くような声で⋯⋯。


「⋯⋯師匠」


 シエラが俺の手を取りぎゅ—っと不安そうに握っている。いつのまにか周囲の座席から俺とシエラを興味深そうに眺める視線と、ヒソヒソとこちらに聞こえないように何事か話している声が車両中から聞こえてきた。


「お前⋯⋯なんのつもりだよ!?」


「自己紹介が遅れたね。僕の名はアルハンブラ。隣の一等車両に個室を押さえてある。⋯⋯ついて来てくれるかい? 『英雄』君?」

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