第二十話 裏のつながり

 仙田が運転する車に乗り込み、秋片は百目に監視目標の住所を告げる。


「何故、本拠を、襲撃するの、ですか?」


 百目が首をかしげた。

 すでにエンゼルボイスを巡る依頼は達成し、仙田から報酬も受け取っている。これ以上深入りする必要は本来ない。

 秋片は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「依頼料は受け取ったが、仕事を完遂したわけじゃない。完遂しないと俺の腹の虫がおさまらない。理由はもう一つあるがな」

「その理由とは、なんでしょうか?」

「まだエンゼルボイスの事件は終わってないんだよ」


 秋片はそう言って、順を追って説明する。


「百目もエンゼルボイスの出所が怪会のフロント企業だった製薬会社なのは知っているよな?」

「タレこんだの、私、です」

「そうだったな。橋本はあくまでも個人の考えで動いていたが、それを察して怪会が裏から手を回していた節がある」


 もともと、怪会が自分の元から流出したエンゼルボイスが市場に出回っているのを黙認していたのが不自然なのだ。

 怪会は、橋本がエンゼルボイスを持ち出したのを知っていた。


「俺が杉本組の連中に怪会支部への特攻を囁いた時、あいつらは製薬会社の協力企業という情報だけで怪会にたどり着いた。それで、橋本経由で捜査情報が流れていたのかと仙田に問い合わせたんだ」


 秋片が視線を向けると、仙田はハンドルを切って上層区への大通りに車を入れながら後を引き取る。


「警察側が掴んでいた情報では、製薬会社のテロ計画までだった。その裏に怪会がいることまでは警察は掴んでいなかった。橋本も同様だ」

「百目も、テロ計画をタレこんだ時には怪会絡みとは知らなかっただろう? 知っていたら、それも含めて警察にタレこんでいたはずだ」

「はい、だから、追われて、焦り、ました」

「結果、俺の所に転がり込んできたわけだ。さて、杉本組は何故、怪会と製薬会社の繋がりを知っていたのか。それは、杉本組と橋本の計画を知り、支援していたのが怪会だからだ」

「証拠、はありますか?」

「大型トラックだよ」


 杉本組がエンゼルボイスの原料である多肉植物の栽培や運搬に利用していた大型トラック。

 杉本組は小規模な組織であり、賭けボクシング場の収益で大型トラックを購入できるほどの資金力はなかった。エンゼルボイスの拡散速度も考えると大型トラックは初期投資の範疇だったと考えられ、その資金の出所が気になる。

 こういった資金の流れは探偵とはいえ個人である秋片の手が及ぶところではないが、警察に身を置く仙田は違う。


「大型トラックの所有者は杉本轟冶だったが、購入日は半年前、エンゼルボイスが出回る前だった。製薬会社に捜査が入った直後でもある。橋本の事情聴取で判明したが、エンゼルボイスの製法を持ち込んだ日から数日が経っていた。橋本がサンプルとして持ち込んだエンゼルボイスの完成品を市場に流した直後でもあるそうだ」

「怪会の、動きが早い、ですね」

「そう、早い。早すぎるんだ。まるで、橋本をマークしていたような早さだ」

「……それって、つまり」


 百目が自分たちの置かれた状況に気付いて秋片を見る。

 秋片は腕を組んで頷いた。


「そう、橋本がマークされていた期間によっては、俺たちの存在が怪会に知られている可能性がある。これが、怪会本拠を襲撃するもう一つの理由だ」


 先手必勝の精神である。


「ちなみに、怪会の本拠に関しては公安からの情報だ。そうだな、仙田?」

「おう。杉本組による怪会支部の襲撃の件で、公安と山がぶつかってな。向こうは組織犯罪対策で怪会から出た資金の流れを追う過程で大型トラックに行きついたらしい。それで、捜査情報を引き渡す見返りに本拠地を教えてもらった」


 仙田は肩をすくめる。


「もっとも、公安はガサ入れするためのとっかかりが欲しいから俺に情報を流して支部襲撃の流れをもう一度本拠で起こしてほしいと思ってるんだろう。連中、最後に言ってやがったぞ。何かを起こした奴にまで気を配る余裕はないから、よろしくとさ」

「双方に利益があるんだ。いい話だろうが」

「秋片が納得するならいいんだがな」


 公安に対してあまりいい感情を持っていないらしい仙田は渋々といった様子で話を打ち切る。

 事前情報の共有はこれで終わりとわかったのか、百目が口を開く。


「本拠を、確認しました」


 仙田がバックミラー越しに百目を見た。


「あぁ、言いたくないなら別にいいが、お嬢ちゃんは何の化外だ?」

「……目目連、です」

「目目連?」


 聞き覚えがなかったらしい仙田に、秋片が説明する。


「壁に耳あり障子に目ありってな。障子に浮かぶ無数の目の妖怪だ。というか、百目ってのは微妙に関係ないな」

「ブラフは、重要、です。嘘を吐くのも、処世術、です」

「別にその程度の嘘を咎めはしない。目目連ってことは、能力は?」


 尋ねる秋片の耳に百目が口を寄せる。

 部外者である仙田にこれ以上自らの正体や能力について情報を渡すつもりがないのかと、秋片は耳を寄せた。


「ふぅー」

「――何しやがる!?」


 無防備に耳を晒した秋片の耳に息を吹きかけた百目が満足そうな顔する。秋片は耳を押さえて百目を睨んだ。


「登記簿上、本拠地の間取りは、こうなってます」


 秋片の抗議を無視した百目が携帯端末を操作して秋片に3Dデータを送る。

 喧嘩をしている時間がないことを、車窓を流れる上層区の景色で察した秋片は忌々しく思いながらも携帯端末を操作した。

 五階建てのビル。階数から想像するよりも床面積が広い。いくつかの研究施設の寄り合い所帯に見える。


「実際は、こう、ですね」


 追加で送られてきたデータを見て、秋片は眉をひそめた。

 地上五階に加え、地下三階が新たに追加されている。登記簿上は別の団体であるはずの研究施設も裏では資金や人脈がすべて繋がっていた。

 何より、地下に広がっている三階が問題だらけだ。

 地下一階は化外のモノを軟禁しており、収容されているのは二十人にも及ぶ。この化外のモノたちをサンプルとして地上五階の各施設で研究と開発が行われている。

 だが、地下二階と三階はさらに異様だ。


「クローン施設?」

「化外のモノの、クローンを作っている、と思われます」

「よほど有用な化外ってことか。クローンの数は?」

「幼児が二名。七歳ほどの少年が、一名。能力は、不明。培養中が二名、です」


 化外のモノの軟禁だけでも法律上は問題になるが、クローンによる培養は一発アウトだ。現行の法律で裁けるかはともかく、やっていることは兵器製造と大差がない。

 十分に、公安によるガサ入れの理由になるだろう。

 百目が眉を寄せて秋片を見上げる。


「正直、制圧は、お勧めしません」


 地下への経路は階段のみ。地下二階部分はクローンを育てるための場所らしく、託児所の正当進化のような場所だと百目は言う。


「地下二階から幼児二人と少年一人、地下一階から軟禁されている化外のモノ二十人を連れて脱出しないといけないわけだしな。普通は無理だな」


 百目の意見に理解を示しながらも、秋片は3Dデータを眺める。


「地下には常時、怪会の人間がいるのか?」

「たぶん。監視カメラが、ないから、正確には、分かりません」

「いま、地下にいる怪会のメンバーは?」

「各階に三人。地下入口に、守衛が一人、です」

「そいつらは地下で暮らしてるのか?」

「仮眠室が、一つのみ。おそらく、生活はしていません」


 つまり、地下で働く怪会のメンバーは食事や帰宅を目的に外へ出てくる。


「内部の状況をリアルタイムで把握できるとは恐ろしいな」


 百目の能力を垣間見て、仙田は背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。

 間取りや人員の配置を事前に知ることができるのだから、その情報収集能力がどれほど危険か分かるというものだ。

 同時に、同じ能力の持ち主が怪会にいた場合、こちらの動きを察知している可能性がある。そうでなくとも、地下施設で働くメンバーは外を出歩く際に能力による監視が付いている可能性があった。

 不用意な接触は無理と判断して、秋片は仙田に話しかける。


「公安に連絡を取ってくれ。それから、橋本の能力を使いたいから、追加で司法取引をしたい」

「気軽に言ってくれるな。職権乱用なんだぞ」


 車を路肩に止めた仙田が電話をかけ、慎重に話をする。

 電話は予想外に手短に終わり、仙田は苦い顔をした。


「公安は全面的に協力してくれるとよ。ちなみに、今日は人員も揃っているそうだ」

「まぁ、公安も十年は追っているはずだしな。今日を決戦にしたいんだろ」

「思えば、秋片との付き合いは地上げの件からか。色々集大成って感があるな」

「私の、秋片観察歴も十年に、及びます!」


 百目の自白に車内は沈黙に包まれた。

 なぜ張り合ったのか、と喉まで上がった言葉を秋片は飲み込む。

 誰が沈黙を破るのか視線で牽制し合っていると、仙田の電話が鳴る。

 これ幸いと通話に出た仙田が秋片を振り返った。


「橋本に関する司法取引の申請が通った。それで、どうすればいい?」

「百目、橋本との仲介を頼む。俺の能力をごり押しするためにな」

「了解、です」



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