無課金の修羅 『逆襲の初心者』

てめえ

第1話 17鯖開幕

「ちっ⁈ 集まったのはこれだけか」

「加盟自由にしてあるので、ぶら下がるだけの人も多そうですね」

総大将のロックが不機嫌そうに問いかけてくる。

 さっきからロックはイライラを隠そうともしない。


「同盟員の数は150人を超えてるのに、たった30人しか来ないなんて、舐めてるな」

「ちゃんと、来ない人は除名の対象になると書きましたよ、俺は……」

「じゃあ、来てない奴は本当に除名にしてやるかな? 使えない奴はいらねーからな」

「まあ、でも、少し様子を見たらどうですか? まだ7時過ぎですから。書簡には、8時までにと書きましたしね」

ゲーム中心に生活してる奴ばかりじゃない。

 俺だって、つい先ほど帰ってきたところだ。

 仕事を持っていれば、大抵の奴は8時ギリギリになってからインするに決まっている。

 帰宅して夕食を食えば、それでも早い方だ。


「だけど、もう他は遠征に出だしてる。皇軍は鯖で一番でかい同盟なんだから、遠征で後れをとるわけにはいかないだろう? 17鯖なんだから、何を於いてでも頑張るしかない」

「ですね」

「この鯖でトップの同盟になれば、ずっといい想いができる。それくらい、他の奴等だって分かってるはずだろ?」

「ええ……」

イライラしてみても仕方がないだろ。

 人それぞれ、事情があるんだからな。


 ロックって、たしか自営業だと言っていたな。

 だからか……。

 かなり身勝手で、自分の価値観を押し付けがちなのは。


 そもそも、8時に集まるように言ったのはおまえだろ。

 それなのに一時間も前からイライラしてどうするんだよ。

 鯖で一番の同盟で総大将を張るにしては、少々、焦り過ぎじゃないか?


 それに、こういう同盟員が見たら不快になりそうな話は、俺だけに直接言えよ。

 ここのチャットルームはPM(プライベートメッセージの略。チャットルーム内の特定人物とだけやり取りが出来る機能。他のインしている人はチャットしている事実

さえも分からない)が使えるんだからさ。





 ただ、奴の言い分も分からないではないんだよな。

 このブラウザ戦国記ってゲームは1鯖や17鯖が特に重要だからさ。


 17鯖と18鯖が統合されて、17、18鯖……。

 19鯖と20鯖が統合されて、19、20鯖……。

 17、18鯖と19、20鯖が統合されて17~20鯖……。


 こんな感じで統合が繰り返されると、33鯖以降が成立するまで17鯖は最古参でいられる。

 きっと、33鯖が出来るまでには四、五年掛るので(17鯖オープンの現在がちょうど五周年だったりする)、その間に蓄えた武将カードを育て放題なのだ。

 まあ、武将カードのスキルは段々インフレ化していくから、全部今の武将カードが使える訳ではないが、それでも長くプレイしているメリットは多々ある。

 知識が増えたり、期毎の報酬で差がでるから、プレイ年数が多く強い同盟にいればいるほど良い目を見られるのだ。


 だから、ブラ戦(ブラウザ戦国期の略)では奇数鯖を制するのがコツなのだ。

 特に、17鯖のようなビックチャンスは滅多にない。

 今まで1~16鯖で日の目を見なかったようなプレーヤーが、血眼で17鯖に参加するのにはそんな理由があったりする。





「ロックさん……。待ちきれないなら、ここにいるメンバーでだけでも、遠征を始めましょうか。ルートさえ示してやれば、経験者も多々いるでしょうから適当に進めてくれるでしょ」

「そ、そうだなっ! やっぱ、佐助さんは俺が参謀に指名しただけのことはある。うん、進めようっ!」

「いや、まあ……」

「補佐はいないかっ? すぐにマップを確認して、ルートを作って掲示板に上げてくれっ!」

普通、このくらいのことは言うでしょ。

 ある程度ブラ戦をやり込んだ者なら当たり前のことだよ。

 俺がどうのではなく、ロックがトロイだけだろ。


 補佐の茉莉はロックとの付き合いが長いのか、

「了解です」

と、急な依頼にもかかわらず、一言残しただけで作業をしに行ったようだ。


「今、ちょっとマップを見てきたんですが、中央ではあまりNPC砦の隣接が取れてませんね」

「ああ……。城の隣接をとってる奴もいないしな、ウチには」

「まあ、でも、どっちみち戦争をするしかないでしょ、一期は。これから長い間勢力争いをするんですから」

「そうだな。ブラ戦は結局戦争に強い同盟しか生き残らない。遠征なんてのは、下っ端か無課金にやらせておけば良いだけで、意味がねえよ」

「……、……」

「佐助さんには戦争でバリバリ働いてもらうつもりなんで、よろしくたのむぜ」

下っ端か無課金にやらせておけば……、って?

 こいつ、本当に大丈夫かな?


 まあ、たしかに重課金者で遠征に行く奴はあまりいないけど、それは武将カードが揃った先の期での話だろ。

 一期の最初はどんな大同盟だって遠征をしなきゃ他の同盟に置いて行かれる。


 それに、遠征は同盟員のゲーム能力を看るのに最適だし、戦争での連携なんかのためにはやれればやっておいた方が良い。

 いくらゲームスキルが高くても、連携がとれているのとそうじゃないのでは全然結果が違ってくるからさ。


 と、言うか、そんなの当然のことだろ。

 長くブラ戦をやってれば、自然と身につく考え方だ。


 ロックって、幹部経験が浅いのかな?

 それとも、今まで恵まれた環境だったから、同盟を育てることをあまりしたことがないか。

 いずれにしても、あまり良い兆候じゃない。

 幹部が無能なら、同盟なんてものはいくら同盟員の数がいても烏合の衆のままだからさ。





「あの~ッ」

「何だ?」

「すいません、お話の途中に割り込みまして」

「そう思ったら黙ってたらどうだ?」

「そ、そうですね(汗汗)。でも、ちょっとお伺いしたいことがありまして……」

「ちっ! だから、何だ? 言いたいなら早く言えっ!」

「ひっ⁈ す、すいません……」

「だからっ! 何なんだよっ!」

ふわふわ?

 やる気のないHNだな。


 それに、こんなタイミングでロックに話しかけるなんて……。

 間が悪いと言うか、何と言うか……。

 ちょっとは空気を読めよな。


「わ、私、ふわふわ♪と申します。初めまして」

「で? そのふわふわが何の用なんだ?」

「あ、いえ……。ふわふわではなくて。ふわふわ♪です~ッ(ルンルン♪)」

「そんなのどっちでも良いっ!」

「ひっ⁈」

「忙しいんだから、早く用件を言えっ!」

まあ、たしかにどっちでも良いな。

 ♪があろうが無かろうが……。


「その……。実は、ちょっと教えて頂きたいことがあるのです(汗)」

「……、……」

「先ほどから、ロック様と佐助様が仰っている……。遠征って何ですか?」

「は、はあっ……⁈」

「私、初心者なので、このゲームのことは全然分からないのです(滝汗)。なので、教えて頂きたいと思いまして……」

「ふ……、ふざけるなっ‼」

「ひっ⁈(驚)」

「今、忙しいと言っただろうがっ! そんなもん、自分で調べろっ!」

「あ、あの……(汗)、チュートリアルにもそんな用語は出てこなかったですし、一応、ヘルプの何処にも載ってなかったので……」

「おまえ、アホか? そんなのブラ戦で検索して誰かのブログでも見れば載ってるに決まってる。そんなこともわからねーのか?」

「あ、そういう方法があるのですね。すいません、知らなかったもので……(涙)」

「ちっ! 分かったらもう黙ってろっ! そんな下らないことで二度と話しかけてくるなよっ!」

しょ、初心者?

 五周年を迎えたこのゲームに、そんな奴がいたのか。

 何を考えて迷い込んだか知らないが、珍しい奴だな。


 それにしても、ロックももう少し言い方があるだろ。

 たしかに遠征なんて言っても、ゲーム内の何処にもそんな用語は載ってないんだしな。

 それと、他の同盟員が引くだろ、そういう高圧的な発言をすると。

 皆が皆、補佐の茉莉みたいに従順とは限らないだろうしさ。





『ふわふわ♪さん、初めまして。参謀の佐助です』

『……、……』

『遠征が分からないのなら、説明しますよ』

『えっ?』

『これ、PMですから他の人には見えてませんし履歴も残らないので、総大将に怒られることもないですからね』

『あ、そんな便利な機能があるんですね~ッ♪ ありがとうございます。私も何かしないといけないみたいなんですけど、全然、イミフだったんです(涙)』

とりあえず、やる気はあるのか。

 では、参謀が教えてやるしかないか。


 参謀って役職は、元々あまり具体的な役割がなかったりする。

 あえて言えば、同盟員の教育係って感じか。

 だから、教えるのは良いんだけど、さて、どう言えば良いかな?


『まず、マップを見てください』

『は~い♪ 見ました~ッ』

『今、マップは10×10ですか?』

『……、だと思います(汗)』

『では、50×50に切り替えて下さい。そのままだと周りの状況が見辛いですからね』

『切り替えました。あ、これだと私のお城だけでなく遠くまで見られますね~ッ♪』

『他の人の城がいっぱいあるのが分かりますか?』

『ええ、分かります。マップ上は真っ赤です~ッ♪』

真っ赤だと?

 一体、どこにいるんだよ?


 加入条件を見て同盟に入っているはずだから、北東のはずなんだけどな?


『マップ上にある赤いマスは、ウチの同盟以外の人が所有する領地です』

『ふむふむ……』

『つまり、そこを攻撃すると、戦意ありとみなされて戦争になったりします』

『ひえーッ? では、触っちゃいけないのですね?』

『まあ、戦うつもりの時は積極的に攻撃して奪えば良いのですが、普段は立ち入ってはダメですよ。もし間違えて攻撃してしまったら、相手の人にキチンと書簡を出して謝りましょう。それと、こちらの同盟の幹部にも報告して下さいね』

『は~い♪ 了解です~ッ』

それにしても、本当に何も知らないらしいな。

 まあ、でも、素直に聞いてるからそれはそれで良いか。


『緑色のマスは見えますか?』

『緑ですか? いえ、全然ないです~ッ』

『はあ?』

『あ、私のお城の隣に一か所だけあります~ッ♪ これ、チュートリアルの時に占領したのです~ッ♪』

『そうそう、そのマスですよ。緑のマスはあなたの領地か自同盟の人の領地です』

『なるほどです~ッ♪』

『その緑のマスに隣接するところを攻撃すると自分の領地に出来ます』

『あ、それはチュートリアルにも書いてありました~ッ♪』

『自分の領地には拠点が建てられます。拠点は村と砦の二種類があって、生産目的の拠点は村に。戦略目的の拠点は砦にします。拠点では城と同様に武将カードを使った各種の行動が出来ます』

『ふむふむ……』

『領地も拠点も破棄することが出来ます。領地は名声の数しか取得出来ませんので、取得と破棄を繰り返して移動することになります』

『お城は破棄出来ないんですか?』

『ええ、城は出来ないです。ですので、移動も出来ません』

『な、何か難しくなってきました(汗汗)』

『あはは(笑)。説明だと難しく感じるかもしれませんが、やってみると簡単です』

『そうなんですか……』

『話を戻しますね。城から離れて拠店が移動することを遠征と言います』

『ああ、それが遠征なんですか~ッ♪ 私、てっきり遠征って言うイベントでもあるのかと思ってました♪』

イベント?

 ……と言うか、どんな想像をしてるんだよ?

 そもそも、このブラ戦がどんなゲームか分かってるのかな、こいつ?


 8時近くなって、続々と同盟員達がチャットルームに現れている。

 しかし、茉莉の準備がまだなのか、遠征を開始する指令は下ってはいない。


 ロックもわめき疲れたのか黙ったままだし……。

 さっきまであれほどうるさくチャットしていたのが嘘のようだ。

 入室した同盟員の挨拶が、時折履歴を進めるくらいで、チャットルーム全体も静かだ。





『あの……、二つほど質問しても良いですか?』

『どうぞ……。ただ、そろそろ始まりますので、手短に』

『すいません(汗汗)。多分、大した話じゃないので、すぐに済むと思います』

『まあ、このままPMで喋っていても構わないのですが、私は一応幹部なのでね。意見を求められたら応えないとならないですから』

『ですよね。初心者の私に付き合ってる場合ではないですよね(汗)』

『あはは(笑)。で、何です、質問は?』

空気が読めないかと思ったけど、そうでもないな。

 自分が迷惑なのも分かってるのか。


 たまにいるんだよな。

 初心者のくせに粋がって玄人面する奴がさあ。

 聞いているこっちが恥ずかしいから止めてもらいたいくらい、中身が空っぽの奴……。


 素直に聞いてくるふわふわは、そういう奴よりはよっぽどマシかな?

 それに、反応からするとこいつは女だな。

 しかも、若そうだ。

 むさいオッサンやゲームオタクのガキを相手にしているより、全然良い。

 ただでキャバ嬢と喋ってるようなもんだしさ。


『一つ目は……。遠征って何のためにするんですか? 二つ目は、ルートって何ですか?』

『な、何のため……?』

『ええ……。自分の近所でのんびりしているだけではダメなんですか?』

『うーん……』

やはりそうか。

 こいつ、ブラ戦がどんなゲームか分かってない。


 どこをどうするとこういう奴が紛れ込んでくるんだろうな?

 スマホのソシャゲなら暇つぶしにたまたまやるのも分かるけど、わざわざブラゲで馴染みのないタイプのゲームをする意味が分からない。


 よほどのアホか、それとも二、三日で辞めていく奴か。

 何れにしても、長い付き合いをするような感じじゃないか。


 これじゃあ、遠征にも行かないかもしれないな。

 単純作業だけど、結構、手間と時間は掛かるからさ。

「面白くないです~ッ(涙)」

とか言って、すぐに投げ出すのが目に見えている。


 素直な女の子なんてあまりいないから、ちょっと期待したんだけど、これはモノにならないだろうな。

 淡い期待を抱いた俺がバカだったかもしれない。


 まあ、でも、餞別代りにキチンと説明だけはしてやるか。

 それでダメなら、俺のせいじゃないしな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る