第六章十三節 依頼

「戻ったぞ」


 シュランメルトは玉座の間に入るや否や、短く告げた。


「むっ……!」


 と、何者かが勢いよく、背中から激突する。


「も、申し訳ございません!」

「気を付けてくれ」

「は、はい……!」


 シュランメルトに激突したのは、一人の従者であった。

 彼は大切そうに箱を持ちながら、グロスレーベの元まで駆け寄る。


「陛下、失礼致します!」

「構わぬ。それほどまでに急ぐとは、よほど火急の用とみた。今しがた御子様に激突した件は、御子様の寛大なる御意思に従い不問に付す」

「はっ、ありがたき幸せ! して、陛下にご覧いただきたいものがございます!」


 従者が箱を開けると、中には銀色に光る金属があった。

 シュランメルトとパトリツィアは、グロスレーベの脇に立ってそれを見る。


「何なのだろうな、この金属らしきものは?」

「ねー。すごいキラキラ輝いてるけど」


 2人が揃って、銀色に輝く金属を眺める。

 と、誰かが駆け込む音が聞こえた。シュナイゼルだ。


「失礼します、陛下!」

「良い。お前の従者から話を受けている最中だ。立ち会え」

「はっ!」


 元々立ち会うつもりではあったシュナイゼルだが、グロスレーベからの勅命を受け、改めて従う。


「待たせたな。ところで、この金属はいかなるものなのだ?」

「はっ。これは“破邪の銀”……我が国では“オーリカルクミア”と称される、スズカ皇国よりたまわった、極めて希少なる金属にございます」

「オーリカルクミア、か……。先王陛下父上より聞いた事はあるが、実物を見るのはこれが初めてだな」


 グロスレーベもまた、興味深げにオーリカルクミアと呼ばれた金属を眺めている。

 と、シュランメルトが疑問を投げた。


「極めて希少な事はよく分かった。それがスズカ皇国なる、おれの知らない地より生み出された事もな。しかしこれは、どのような金属なのか。知っている事を教えてほしい」

「かしこまりました。しかし私が知っているのは、ごく限定的な範囲でございまして」

「構わないさ」


 シュランメルトが促すと、従者がとつとつと話し出した。


「すでにお話した通り、この金属は極めて特殊な要素を持っております。例えば……」


 しばし、玉座の間に沈黙が訪れた。


 30分後。

 シュランメルトが沈黙を破った。


「なるほどな。極めて特殊な金属である事は理解した」

「ありがとうございます。付け加えて申しますと、この金属は我が主であるヘルト家の皆様のお力をもってしても、手に余るとの事です。つきましては、陛下にお願いしたい事がございまして……」

「何だ?」


 グロスレーベが、従者を静かに見る。

 従者はゆっくりと、願いを口にした。


「こちらのオーリカルクミアを、“リラ工房”に譲渡したいのです。その事柄の口添えを、陛下からはしていただきたく」


 それを聞いたシュランメルトは、すぐさま割り込んだ。


「待て。今、“リラ工房”と言ったな?」

「はい、その通りですが……」

「それならおれが適役だ。そうだろう、グロスレーベ?」

「はっ、御子様。確かに、これは貴方様以上の適役はいらっしゃいませんな」


 グロスレーベは喜色満面といった様子で、シュランメルトを見つめる。

 従者は取り残されたとばかりに、キョロキョロしながら言った。


「あの、これはいったい?」

「あら、ご存知ないのですね」


 突如として玉座の間に響く、幼い女性の声。


「彼は新しく“リラ工房”に来た者ですわ。それはそれとして……お父様、申し訳ありません」

「構わぬ。相応の事情があったのだろう?」

「ええ、やむを得ないものでしたわ。寛大なるご処置、痛み入ります」


 フィーレは一礼して、従者の脇にひざまずく。

 それを確かめたグロスレーベは、破顔したまま二の句を告げた。


「では、フィーレ、そして御子様。“リラ工房”へお戻り頂くのと同時に、リラ殿へオーリカルクミアをお渡し頂きたく思います」

「引き受けた。それで、いつ戻れば良い?」

「明日と申したいところですが……ご都合はよろしいでしょうか?」

「良いさ。パトリツィア、お前はどうだ?」

「いいよー」

「だそうだ。今からでも支度しよう」

「ご厚意、痛み入ります。では、これにてお開きと致しましょう」


 グロスレーベの一声で、集まりは解散したのであった。


     *


 自室に戻ったシュランメルトは、パトリツィアのアプローチを全て無視してベッドに横たわった。

 と、ノックの音が響く。


「へんしーん!」


 何かを察したパトリツィアは、黒猫の姿に変身してベッドの下に潜り込んだ。

 遅れて、上品なソプラノの声が響く。


「シュランメルト。よろしいでしょうか?」


 声の主は、シャインハイルであった。

 シュランメルトは飛び起きると、「良いぞ」とだけ告げる。


「では、失礼致します」


 丁寧に前置きしたシャインハイルは、ゆっくりと扉を開けた。

 そしてシュランメルトの隣に、「お邪魔しますわね」と言いながら腰掛けたのである。


「シュランメルト。お父様からお聞きしました。明日には、工房へと帰られるのですね」

「そうだ。……どうした、シャインハイル?」


 見ると、シャインハイルは寂しそうな表情を浮かべた。

 そして、涙混じりの声で訴える。


「シュランメルト……。わたくしに、貴方の体を抱きしめさせていただけますか?」

「構わないが? おれが帰る事に、何か思う所があるのか?」

「……」

「話したい事があるなら、遠慮なく話してくれ。このままでは、おれも良い気分ではない」

「でしたら、遠慮無く……」


 シュランメルトに促され、シャインハイルはシュランメルトを抱きしめる。

 そして思いの丈を、少しずつぽつりぽつりと話した。


「大変身勝手なお願いではあるのですが……。わたくしは、貴方と一緒にいたいのです……!」

「『一緒に』だと? いつも夢で、一緒にいるではないか」

「そうではありません!」


 シャインハイルに否定され、シュランメルトがたじろいだ。


「そうではなく、貴方の体に、触れていたいのです……」


 シャインハイルが涙を流しながら、シュランメルトをきつく抱きしめる。


「そうか。明日帰る事は変えられないが、せめて今は、おれを抱きしめていてくれ」

「はい……」


 シャインハイルは悲しさと嬉しさを半分ずつ混ぜながら、シュランメルトを抱きしめていた。


---


(それでこそだよ、シュランメルト。フフフ)


 パトリツィアはベッドの下で、微笑んでいたのであった……。

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