或る晴天の日の話
夕凪霧子
或るどしゃ降りの日の話
今日はひどく晴れていた。歩くたびに汗が落ちる。僕は本当にちゃんと歩けているのだろうか?そう感じるほど暑すぎて気が滅入っていた。
___そんなに暑いのが嫌なら、エアコンの効いた部屋でアイスでも食べてればいいじゃない。
彼女はそう言う。なんて呑気なんだ。事情は分かってるだろうに。そう咎めると彼女は軽く笑う。僕はため息をつき、太陽の光が眩しい空を見上げ目を細めた。
夏は嫌いだよ、今日以外は。
___今日だけはどんな事があっても外に出てくれるんだね。
そんな彼女の言葉で、ふと一昨年の今日を思い出す。あの日もやっぱり馬鹿みたいに暑くて、おまけにどしゃ降りで、湿気がひどかった。傘を持って隣にいた彼女は、僕の広がった髪を見て思い切り馬鹿にしたっけな。
___そんなこと、まだ覚えてるの?もう忘れてよ。
「……忘れてとか、無理だよ……」
空を仰ぎ、乾いた笑いを含んだ声は不意に外に出ていた。
……忘れない、忘れられないよ、一生。
僕はふと見かけたスーパーに入った。店内はとても涼しく、自然と顔が綻んだ。僕は彼女の好きなお菓子と、ライターと線香をカゴに入れた。
今日はお盆___いや、彼女の命日だ。
一昨年の今日、彼女は亡くなった。不慮の事故で、僕の目の前で。どしゃ降りだったあの日、居眠り運転とかいうやつで、彼女はトラックに撥ねられた。タオルを買ってくるよ、待っててと言い僕がスーパーに入った瞬間に。ここで待ってるねと言った彼女の身体は大きな音と同時にぐしゃぐしゃになっていて、即死だったらしい。僕らが付き合い始めて約五ヶ月のことだった。
彼女は僕の全てだった。笑うとすごく可愛くて、ポニーテールがよく似合っていた彼女。こんな教室の隅で読書をしている枯葉のような僕にも話しかけてくれた。高校生になった途端、僕の初恋はこうして訪れたのだ。三年間ずっと想い続けて、高校卒業を機に意を決して告白したらOKをもらえた。飛び跳ねるほど嬉しくて、一生大事にすると誓った。
「一生大事にするっていうの、忘れてないから」
誰に言うでもなく、呟く。それに反応して僕の中にいる彼女は
___嬉しいけど、別の人ができてもいいんだよ?
と、あまり欲しくない返事をする。この“僕の中にいる彼女”っていうのは、僕もよく分からないけど去年の今日もいた。この謎は解明できていない。し、解明しようとも思っていない。多分答えは分かっているけど、言ってしまったら来年からは来てくれないような気がして。
僕は花屋さんに入る。何をお探しですかー?と、店員さんはすぐに駆け寄ってくる。
「これと、これと……あと、これください」
「はい、分かりました!……あ、なんか燃やすものいります?去年あなたにエロ本あげた記憶あるんすけど」
え、エロ本?ふと記憶を遡らせる。そして思い出して吹き出してしまった。去年の今日、自分の中にいる彼女に戸惑いすぎて燃やすものを忘れ、この花屋さんで燃やせるものが欲しい、と言ったんだ。そしたらこの店員
ひと
、「これしかないっすけど!」って笑顔でエロ本渡してきたんだよな……。
___君、めちゃくちゃ笑ってたよね。一年間で一番笑ってたよ。
一昨年の今日から去年の今日まで、笑うってことがなかったからなぁ……。
「ちなみに今僕が、燃やせるものがないって言ったら何をくれるんですか?」
「これっすね」
差し出してきたのはやっぱりエロ本だった。僕と店員さんは一頻り笑って、そのエロ本は受け取っておいた。燃やせるものは持っていたけど。
「ありがとうございました!」
こちらこそ。そう思いながらこちらも会釈した。また来年、という思いも込めて。
___そのエロ本、どうするつもり?
燃やすよ。ごめんね、今年も君の墓にこんなもの持ち込んで。
___一年で一番の笑顔見れたから許す。
彼女の満面の笑みが見えた気がした。
僕は彼女の墓の前にしゃがみ、花を入れる。既に家族が来ていたんだろう、綺麗な花が飾られていて、墓の周りも綺麗だった。お菓子をバリ、と開け、墓に置く。
___あ、そのお菓子好きなやつ!
そりゃあ、君のお墓参りだからね。
エロ本に火をつける。一瞬、紙が飛び散った。
___エロ本飛び散るの本当に嫌なんだけどー!
「ははっ、」
笑いながら線香に火をつけ、置く。僕は墓の前でしゃがみ目を瞑る。
___ねぇ、
何?急に改まって
___もう死にたいとか、考えてないよね?
……なんでそんなこと聞くの?
___もう私居なくても、大丈夫だよね?
……やっぱり、そういうことだったんだ?
___去年、僕も死にたいとか考えてたから出てきたんだよ。もう大丈夫だよね?
僕は静かに目を開ける。
___ねーぇー、
お菓子の包装を開け、食べる。僕には少し甘いなと感じた。
___聞いてるー?おーい
「…………とう」
___え?
「ありがとう」
食べ終わった時、僕は涙が止まらなかった。亡くなっても変わることのない彼女の優しさ。きっと来年からは来てくれないという事実。楽しかった思い出。いろいろ、思い出して。
___泣かないでよ、こちらこそ!
「だいすきだよ」
墓を離れる時、真っ赤になった目を拭いはっきり、しっかりと言った。
___たくさん生きて、幸せになってね。愛してるよ___
それから、来年も再来年も、彼女が僕の中に出てくることはなくなった。けど毎年、その日には近くの何処かにいるような気がした。
今年も変わらず、あの花屋さんに入る。
「いらっしゃいませー……って、またエロ本ですか!ありますよ!」
「あはは、その挨拶ひどいですね。貰いに来ちゃいました。いいですか?」
彼女が亡くなってから何度目かの夏、僕らはまた、同じような言葉を交わし、笑いあった。
或る晴天の日の話 夕凪霧子 @yunagi_kiriko
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