恋愛初心者の俺は、さくらんぼに挟まれて困ってます

うどん。

第1話 プロローグ

1話


人生、誰でも一度は恋をする事があるだろう。

思春期。青春。思い出のひとかけら。


「聞いてほしいことが…あるの。あたしね…ずっと…前から…」


小さく、早くなっている息と共に彼女の口から音が漏れる。


「きみの…ことが…きみのことが好き…」


それだけ告げると、ほんのりと火照った顔を近づけて、彼女は目を閉じた。

キスの合図、、だろう。


「…焦らすのは…やぁ…」


顔が近づくと、さらにはっきりと呼吸が聴こえてくる。

緊張と恥じらいが混じった感じだ。

その愛おしい情景をいつまでも眺めたい気もしたが、我慢して俺も同じように目を閉じた。


「んっ…」


唇と唇が触れた瞬間、先刻までとはまた違う声が漏れる。

ただ表面を重ねるだけの静かなキス。

しかしたったそれだけの接触で、お互いが満たされていくのがわかる。

優しくそのまま頭を撫でると、応じるようにふわりと抱きしめられた。

俺は彼女をもっと喜ばせたい気分になって、そのまま撫でた手を頬に下ろすとーーーー▽


ガタッ。


「ふぅーーー…」

「キャラデザが良くて買ってみたけど、シナリオはあんましだったなぁ…」


モニターに映った男女の接吻を虚ろな目で見ながら、御厨 啓斗は一人呟いた。 時計はちょうど午前2時を指していた。



思い出のひとかけら。

高校に入学した主人公は、いく先々で様々な美少女と出会う。

そしてその夜結ばれたカップルは必ず幸せになると言われる学園祭の夜の日。

主人公は一体誰と結ばれるのか…?


というまるで平成初期に生まれたかのような超王道ストーリーの恋愛ゲームである。

オーバー200時間もやり潰したゲームだったが、内容の濃さの割に達成感はそれほどなかった。

やはりキャラデザの良さで、古臭くありきたりなストーリーをなんとか引っ張っていった感じが否めない。


「明日…いや今日か…。学校だから、はよねんと…」


PCの電源を切り、電気も消して、ベッドに入る。

恋愛…か。

それなりの数の恋愛ゲームをプレイしてきたが、未だ本物の恋というものを経験したことはない。

全く未知の世界だ。

お互いに好きになる事…?

恋というものは、一体なんなのだろう。

恋愛。恋と愛。

…ツマ恋と愛媛…。

関係あるのだろうか…。

ツマってどんな字だったっけかな。

妻、詰、えーと…

とどのつまり…。

どういう意味だっけ…。

なんとなく言ってるのをテレビで見たことがある。

もう2時か…。早く寝ないと…。

こうやって寝ている間の考え事が脱線しまくるのは、思春期特有の現象なのか。

御厨 啓斗は静かに眠りについた。






カーテンの隙間から青空が見える。

時計は6時半を指している。

今日は朝シャンプーをする時間は無さそうだ。

音のしない隣の部屋の戸を通り過ぎてから、中の人物を起こそうかと迷ったが、あえてそのまま顔を洗いに向かった。

歯を磨きながら鏡の自分とにらめっこをしていた。

最近寝不足気味なのかもしれない。

なんとなく顔に出ている気がした。


ハンガーにかかった左側の制服を手に取ると、まだまだ余裕があるスカートに足を通した。


「たまには、自分で起きなさいよ…」


おそらく幸せそうに寝息をたてているであろう彼女のことを頭に浮かべながら食パンをトースターに入れて、弁当の支度をする。

が、卵を切らしていることを思い出し、手を止める。

たまごやきが作れない…となると、何か代わりのものを用意しないと。

冷蔵庫を開けるが、特に目につくものはない。


「仕方ないなぁ…」


しょうがない。お弁当は我慢してもらおう。

七海 桜子はため息をつきながら、しゃもじを手に取った。





薄暗い部屋。重ったるい瞼を開けると、7時前を指す時計が視界に入った。


「んぁ…え…?」


7時って…なんだっけか。

あー。

ノロノロと階段を降りると、ほんのりと香ばしい匂いがしているリビングで目が覚めた。


「お姉ちゃん、おはよー」


七海 桃子は目をこすりながら目前の姉に朝の挨拶を終えた。


「おはようじゃないよ。のんきしちゃって。もう私出るから、それ食べて。桃ちゃんも早くしないと遅刻するよ」


透き通るような声はスラスラと私の耳を抜けてきた。

まぁ声自体は同じはずなのだが。

お弁当のお金、置いとくからとテーブルを指すと、あたしよりほんの少しだけ明るい肌の姉の後ろ姿を見つめた。


「おっけぃ…!いってらっしゃいー」


ローファーを履きながら、鍵忘れないでねと言う姉の声がまた響いた。

食パンを頬張りながら姉の方を見て手を振る。


「ありがとね…お姉ちゃん」


バタンという音がした後、ほんのりだけ暖かい食パンを見ながら桃子は小さく呟いた。


ヘアアイロンを取りに行こうと洗面台に向かう。

それほど余裕が無い時間だが、慌てることはない。

朝読が終わるまでの時間ならセーフだ。

七海 桃子は、ゆっくりと髪を梳かし始めた。











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