第3話 お金の形
おばあちゃん家に行くとお小遣いをくれる。
中学生のお小遣いは需要に比べて供給が足りない。自分でお金が稼げない上に、欲しいものが高価になり、毎月金欠なのはいつものこと。
おばあちゃんに行くことは退屈だけれど、お金ためだと、渋々おばあちゃんに行くようになったのは、中学生になってすぐのことだった。
帰り際に、
「これ少ないけど、好きなことに使いなさいな」
親から見えないところで、1万札の入った封筒をすっと渡してくれる。
「ありがとう」
小さな声で申し訳なく、口にする。これを目的に来ているのに、申し訳なく言うのもおかしな話だ。
中学生ながら、何か悪いことをしている気持ちになったが、それでも、おばあちゃんは微笑みながら、
「また、おいでね」
と、言ってくれる。その優しい声に、優しい笑顔に、甘えてすがって、私は
「また来るね」
と、手を降るのだった。
バイトをすればお金が入る、そんなことは当たり前だ。一番最初に手にした給料、わたしが思ったことは、
(あんだけ頑張ったのに、こんだけか)だった。
お金を稼ぐことの大変さを知り、お金の管理を始めた高校生の頃。行動範囲が広くなり、移動費も増える。お金は貯まらないものだと知った。
バイトで忙しく、おばあちゃん家に行く機会は減ったけれど、それでも暇をみつければ赴いたものだ。
お金のためなのか、顔見せにのために行っていたのか、良くわからなくなっていた。
帰り際、
いつものように、親の見えない場所で
「忙しい中ありがとうね、また来てね」
こっそり、手に渡してくれる封筒。触れるおばあちゃんの手。
こんなに小さな手だったかな。こんなにおばあちゃんは小さかったかな。いつの間にか追い抜いていた背。
私が大きくなったのか。
おばあちゃんが小さくなったのか。
その時、急に胸が苦しくなった。何か見えないものに押し潰されかのような、鈍く重く深く、体の奥に沈んでいく。
初めて私はおばあちゃんに嘘をついた。
「もう大丈夫だよ、おばあちゃん。もう高校生でバイトもしてるし、お金、受け取れないよ」
それでもおばあちゃんは私の手に、両手で包み込むように封筒を渡してくる。
「おばあちゃんね、こんなことでしか力になれないの。これぐらいしか、してあげれないの。バイト忙しいでしょ。ちゃんとお休み取りなさい」
いつもの顔で、仕草で、小さく笑う。
言葉が詰まって、断ることができなかった。この日はお礼が言えなかった。最後の「またね」に、「また来るね」と返すの精一杯だった。
この日からおばあちゃんからもらったお金は、封筒ごと貯金箱に入れた。長期休み・誕生日・お正月、会う度に貯金箱に貯まっていく。
形となって積み重なるもの、移り変わる貯金箱。
大学生になって、免許を取った。これで自分の好きな時におばあちゃん家に行ける。おばあちゃんに行って、おばあちゃんの作ったご飯を食べて、学校で起きた出来事や最近の調子を話す。
昔と変わらない。たわいもないことで、盛り上がって、笑い合う。
帰り際、
今ではお小遣いは、ガソリン代と名前が変わって私のもとへやってくる。
「また来てね」
「また来るよ、いつもありがとう」
もちろん、貯金箱に入れる。入りきれない愛が貯金箱から溢れる。
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