ver.5.0.20 真相

 二日後、家に大きな封筒が届いた。

 額縁を思わせる封筒で、それなりの重さを感じる。

 宛先は大倉ツカサ、差出人は龍道川トオル。

 開けると、スマートフォンとノートパソコン、手紙が同封されていた。

 それを見て、今更ながら自宅が酷く、静かに感じた。

 普段、難しい言葉が飛び交う研究室にいるからだろうか。



 今日、結城博士はシンガポールに飛び立っている。

 脳科学の学会があるらしい。

 そういうわけで、質素な自宅で一日を過ごす。

 正直、封筒が届くまで退屈だった。

 テレビもパソコンもない。

 スマートフォンを片手に、ソファで二度目の睡眠。

 午前は、そんなことしかできなかった。

 今でもSMSTの警察官だが、しばらくの休暇を命じられている。

 大怪我を負って入院中の熊谷へ、見舞いに行こうかと思ったが、昨日は追い返された。

 今日行っても、追い返されるだけだろう。

 ということで、やりたいリストは空っぽのまま。

 退屈で、感情も死んでいる。

 だからなのか、封筒が配達されてから、妙な興奮状態が続いていた。



 まず、手紙から目を通すことにする。

 A4の紙一枚。

 上は黒のインクで、びっしりと文字が埋まっている。

 トオル兄の直筆だ。

 下はというと、QRコードだった。

 それにしても、トオル兄の丁寧な字は一つの芸術のように思える。

 今の時代、文字を書くことが少なくなり、綺麗さも求められないようになった。

 久しぶりに、手書きの字を見た気がする。

 字に感動してから、文字の羅列に目を落とした。



『俺が死んだら、一週間後にノートパソコンとスマートフォンを送るよう、設定しておいた。受け取ったということは、そういうことだ。

 さて、ここには必要最低限なことだけを記す。まず、ノートパソコンに俺の遺書をしたためておいた。遺書といっても、罪の告白だ。死んだからこそ、言えることだ。

 スマートフォンは自由に使ってくれ。SNSで作ったソーシャルヒーローファンクラブのフォロワー数は、ついに十万人を突破した。動画サイトだったら、銀の再生ボタンが貰えるな。まあ、アカウントをどうするかは、お前に任せる。

 それから、数えきれないほどの連絡先も入っている。そのスマホさえあれば、有名人とも連絡が取れる。ただし、礼儀は大切にな。

 QRコードには、ツカサのために用意した資金を置いておいた。同封したスマホで読み取れば、銀行口座から自由に引き出すことができる。

 大倉ツカサという一人の人間に出会うことができて、俺は幸せだ。満足だ。ありがとう』



 手紙を横に置いて、ノートパソコンを起動する。

 静かに画面が明るくなると、いきなりメモ帳アプリが開いた。

 そこに、トオル兄の……懺悔が刻まれている。

 まるで生きているかのように、流暢な文字で語りかけてきた。

 それはまた、俺の知る龍道川トオルという人物が書いたとは思えない文字列だ。

 俺は深く考えず、全身で読み取ることに集中した。







 起点は、アンダイン村。

 その村には、謎の病が広まっていた。

 謎というからには、治療法も確定していない。

 国からの依頼で、医療機器開発会社に勤めていた村雨マサムネは、アンダイン村の病に立ち向かった。

 未知の病であっても、治療法を打ち出せるAI医療機器を開発すること。

 これが村雨に課せられた使命だった。

 複数の研究員と医者を連れて、謎の病を調査したが圧倒的に人手が足りなかった。

 そこで日本はボランティアと称して、調査員を募ったのだった。

 そこにやってきたのが、当時大学生だった龍道川トオルだ。

 龍道川は純粋なボランティアだと信じて、村の子供達を助けに来た。

 貧しい村が、たった一週間で豊かになった。

 彼がリーダーとなって食物を育て、娯楽を広め、子供も大人もすっかり日本人を信じた。

 村に言語はない。

 そのため、ボディランゲージを共通言語とし、身体で会話した。

 身振り手振り、表情、手でコミュニケーションを取る。

 非日常的な光景も、いつの間にか日常となっていた。

 その一方で、ボランティア員は村雨の指示を受けて、データを収集していた。

 やることは、村人の観察だ。

 男性ならバッジ、女性なら髪飾りが取り付けられ、病の進行具合に応じて、赤黄緑が振り分けられる。

 赤が危険、緑はまだ安全、黄は要注意。

 ボランティア員は、色ごとに行動をまとめた。

 緑は人とも積極的に接し、黄色も消極的だが遊んでくれる。

 赤は、ただ突っ立っているだけだった。

 病が進行するたびに、意識が削られていく。

 それが症状だと、医師達は判断した。



 二ヶ月が経過し、龍道川は子供達を集めて、集合写真を撮った。

 撮り終わった後、ある一人の少女が龍道川を抱き締める。

 体が小さいせいで、脚にしがみ付く格好だが、それは信頼を伝えていた。

 他の子供達もそれを見て、龍道川や他のボランティア員に抱きついた。

 そんな光景に感銘を受けた龍道川は、村に誓った。

 必ず医療機器を完成させ、薬も完成させて、村を救うんだ。

 それが言葉でなく、心で伝えた約束だった。

 それは、村雨にも伝わった。

 だから、寝る間を惜しむことを決心できた。



 しかし、一日にして約束を裏切ることとなったのである。

 急遽、日本が引き揚げ命令を出したのだ。

 強引に連れられ、帰国させられた。

 飛行機がアフリカ大陸から離れるたびに、龍道川は寂しさと悔しさで苛まれた。

 同時に日本がどうして引き揚げさせたのか、疑問に思った。

 いつまでも成果を出せないからか、それとも日本人が感染しないように配慮したのか。

 帰国後、アフリカ南部海外支援を一時的に打ち切ると、鷲尾総理大臣が発表した。



 生き方ががらりと変わったのは、二年後の2033年。

 龍道川は警視庁に就職。

 捜査一課として、東京の連続殺人事件で捜査していた時、村雨と邂逅した。

 彼から話しかけてきたのを覚えている。

 連絡先を交換して、後日会う約束をした。

 後日、都内にある料理店で村雨と話をする。

 他愛もない昔話でもするのかと思ったら、話の概要は「共に復讐しよう」だった。

 意味が分かったのは、アンダイン村の現在を聞かされてからだ。

 ボランティア員が引き上げられてから、しばらく経った後、テロリスト集団によって村を焼き消されていたというのだ。

 あったのは、消し炭となった死体と家の跡だけ。

 事実を知った途端、自身の内に復讐心が芽生えた。

 だから不思議と、戸惑いはなかった。

 これを望んでいたのかもしれない。

 毎晩、悪夢に悩まされていた。

 アンダイン村の子供たちが目の前で溶けていくのを、ただ黙って見殺しにしていた自分という夢。

 二年前の悔恨をずっと引きずっている。



 料理店の個室で、彼の推理は続いていた。

 ボランティア員をアフリカ大陸から引き揚げた直後、里見O阪府知事が『O阪ユートピア構想』を立案、それに鷲尾総理大臣が賛成し、実行された。

 その時、T天閣を改造し始めた。

 つまり、海外支援に回していた資金がT天閣にいったのではないか、という推理だ。

 ボランティアの寄付金が、T天閣の改築工事に充てられているかもしれない。

 「証拠は」と尋ねると、彼は「ない」と答えた。

 よくもまあ証拠もなく言えるもんだと思ったものだが、龍道川は一蹴したはずの推理を信じるようになった。

 村雨に手を掴まれ、力説されたからだ。



「君に会いたかったのは、共に戦うためだ。村を滅ぼした報復は、生者にしかできない! 就寝前、なぜかあの子たちが焼かれる様を想像してしまう。そうなると、震えが止まらなくなるほど怒りが沸き上がって夜も眠れなくなる。私があの場にいたときに、医療機器を開発できたら、決してそんな目に遭わなかったはずだ! 子どもも村もみんな、救われたはずだった。この悔恨の念が、私の脳に刻まれてしまった。君をここへ招いたことが、その証明だ。まずは、鷲尾ユリハを問い詰める。……思い出させてやるのだ。武器を集め、力で対抗する。報いを晴らす復讐だ」



 それから、頻繁に会うようになった。

 まず、証拠を見つけようと思った。

 幻想に縋りつくのは容易ではない、真実があるからこそ本気になれる。

 今思うともはや、カルト宗教じみていた。

 しばらくして、ある団体の海外支援寄付金が、T天閣の改築を請け負う大手ゼネコンに流れていることが分かった。

 政府が取り持つ支援団体だ。

 まだ、証拠としては弱いものの、復讐心が芽生えるのに十分だった。



 2034年、復讐の計画を練っていた。

 この頃は、自分でも何を考えていたのか理解できないくらい狂っていた。

 総理大臣と府知事を殺し、O阪ユートピア構想を中止させる、更にアフリカ南部の海外支援を展開させる計画。

 そのためにはまず、銃火器が必要だった。

 たぶん、日本で最も手に入りにくい物は『銃』だろう。

 ID銃システムが導入されたため、公安警察が先頭切って、暴力団や武器商人を滅ぼした。

 ありとあらゆる銃、警察で保管していた銃も全て、世界のどこかで破棄された。

 代わりに入ってくるのがID銃だ。

 警察官の龍道川は一丁だけ持っていたが、これだけでどうにかなるものではない。

 そこで、自分達は発想を転換させた。

 ID銃を洗浄して、ノンID銃に変えてしまうという発想だ。

 幸い、ID銃自体はダークウェブ・マーケットで安く手に入る。

 ダークウェブにアクセスするためのソフトウェアも、村雨が用意していた。

 ID銃の洗浄には、防衛装備庁の職員による力が必要だ。

 そう思って、村雨が接触したのは、偶然にも同時期に辞職していた三上ハルトだった。

 これを好機と捉え、三上を仲間に引き入れる。

 三上は、龍道川のID拳銃を丸裸にしてくれた。



 次に武器の輸入計画について練っていたが、龍道川は不運に巻き込まれた。

 事件の犯人を追跡する最中、車にはねられたのである。

 それにより、下半身不随。

 この状態でも、復讐から逃げるわけにはいかない。

 龍道川は、SNSで計画に賛同してくれる同志を探した。

 計画が成功したとしても、海外支援が打ち切られたままでは意味がない。

 国民の数が必要だ。

 アカウントも作成し、こちら側に思想が偏っているアカウントに声をかける。

 そして、自分色に思想を染める。

 そうして、順調に同志を増やしていった。

 村雨がインターネットで情報収集している時、ある人物からメッセージが届いた。



 差出人は”名無しさん”。

 メッセージの内容は復讐計画に協力する旨が記された文と、マルウェアの情報が入ったファイルだった。

 一体誰なのか、どうやって口外していない計画を知ったのか、それは龍道川だけ薄々気付いていた。

 気味が悪いと村雨は思ったが、送られてきたマルウェアを調べて驚いた。

 全く見たことのないソフトウェアなのだ。

 ソースコードも、めちゃくちゃだ。

 ソフトウェアを起動しても何も起きない。

 エラーメッセージも出ない。

 コンピューターウイルスでも、ワームでも、トロイの木馬でもない。

 そうそれは、全く新しいタイプのウイルス。

 ソースコードを見つめると、村雨は一瞬体が乗っ取られそうになった。

 これこそが、人間マルウェアのルーツなのだ。



 このウイルスが計画を大きく変えた。

 2035年一月、村雨はウイルスを改変し、人間の細胞を変化させるウイルスへと形が変わった。

 そして、O阪市に解き放った。

 それは世間を騒がせ、犠牲者数は二桁を突破した。

 三日かけて、警察が勝利した。

 その後、綾小路ルシアが『人間マルウェア』と命名。

 感染者は殺すしかないと発表した。

 SMSTも編成され、日本は緊迫感で包まれた。

 特に、O阪府は警備を強化。

 O阪は最新技術のナノテクノロジーで守られるようになった。



 村雨は更なる改良を加えた。

 それが二月、三月の感染者である。

 感染者の脅威は増したが、被害は抑えられた。

 ナノテクノロジーで守られた町『ナノタウン』となったこと。

 結城博士が開発したパワーアシストサポーターを、SMSTが装備。

 それらが合わさって、犠牲者は減った。

 それでも、二桁だ。



 そして、四月。

 大倉ツカサが、ソウルスーツを装着した日だ。

 あの時の感染者には、役割があった。

 武器輸入を安全に行うための囮役だ。

 場所は、夢洲と幻想洲を繋ぐ夢幻大橋付近だ。

 あの日は、ダークウェブで購入した武器が幻想洲の湾岸埠頭で密輸される日。

 龍道川はある情報筋から、公安が密輸を察知したと聞いた。

 公安を足止めするため、幻想洲に繋がる一本の橋を塞ぐ感染者を用意したのだ。



 結果は成功。

 感染者騒動は公安を引き返させ、ID銃は豊富に手に入った。

 その後、三上の手によって武器洗浄され、村雨に託された。

 ただ、龍道川にとって誤算だったことがある。

 ソーシャルヒーローの存在だ。

 何も知らない大倉ツカサが敵になる。

 龍道川は村雨と三上に、大倉の情報を伝え、更に龍道川を尊敬しているとも伝えた。

 村雨は「それでも計画を遂行するためだ、非情になるしかない。邪魔者は始末するんだ」と諭した。



 葛藤が龍道川の理性を蝕んでいく。

 だから、大倉が病室を去っていった後は情動に駆られ、全身を強張らせながら、激しく掻きむしった。

 血管を破裂させ、何度も出血する。

 自身の復讐心に、自分が殺されそうになっていた。

 それでも、復讐は続けることにした。



 密かにO阪府知事と連絡を取り、龍道川を信じてもらえるようにしていた。

 傷付いた自分は自分にさえ見せず、淡々と事を運ぶ。

 里見府知事はO阪に訪問する首相を、どこへ連れて行けばいいか悩んでいた。

 T天閣に誘導するため、話術を巧みに駆使し、説得させることに成功する。



 村雨は、新たなマルウェアを作成した。

 ARを強化し、見るだけで感染するウイルスだ。

 これを試す絶好のチャンスがあった。

 支援打ち切りを推し進めたとされる国連職員や官僚等が、百貨店に集まると小耳に挟んだ。

 それが五月の感染者だ。

 仕留めきれなかった獲物を始末するため、もう一回、感染者をつくった。

 これで、海外支援を制止する提案者が減った。



 同時期、龍道川はある決断をした。

 ソーシャルヒーローの意志を確認する。

 それで大倉に隙があれば、説得して逃げてもらう。

 確立した意志を持っていたなら、ソーシャルヒーローを支える。

 人間マルウェアのニュースを見るたび、罪悪感に胸が締め付けられていった。

 龍道川は、少しでも救済されたかった。

 罪の意識から逃れるため思いついたのが、村雨を倒すことだった。

 村雨が、最終兵器として用意したウイルスは凶悪だ。

 細胞の自己修復力を極限まで高めた人間マルウェア。

 村雨の説明を聞いて、三上も龍道川も絶句する。

 ソーシャルヒーローでも敵わないと思ったが、来月結城博士を問い詰めようと決めた。

 もはや村雨は、復讐を超えた暴走状態になっていた。

 ヒーローが止められないとなると、この国は終わりだ。



 六月、上旬。

 龍道川は、警察が村雨を特定したことを伝える。

 村雨は逆に仕掛けることにした。

 ソーシャルヒーローを弱らせるため、村雨に似せた三上を利用し、偽物に仕立てけしかけた。

 三上は満更でもなく「これで悔いなく死ねる」と呟く。

 大倉ツカサは、スピリットメタルをほとんど消費して勝利した。

 これで村雨は、万全の状態で戦える。

 だから、覚悟できた。

 今にも消えそうな灯のように、龍道川の命は弱まっている。

 自身も三上に倣って、悔いなく死にたいと願った。

 それが大倉ツカサにする、最期の償いだ。







 読み終わって、俺はしばらく放心状態になっていた。

 天井をボーっと眺める。

 不意に、トオル兄と交わした最後の言葉が脳裏に浮かんだ。



『だから、ごめん。お前に託したぜ、無敵のソーシャルヒーロー』



 そういうことで……謝ったのか。

 一筋の涙がこぼれ落ちていく。

 今思えば、四月からのトオル兄はどこかおかしかった。

 いや、事故で入院した時からだ。

 落ち着きがなかった、という感じ。

 常に、手を動かしていた。

 トオル兄は、俺に止めてほしかったのかもしれない。

 気付いてほしかったのかもしれない。

 この告白にも記していたように、とても苦しんでいたはずだ。

 今は何も考えず、安らかに眠ってほしい。



 俺はノートパソコンを閉じて、外出する支度を始めた。

 とにかく、身体を動かそうと思い立ったのだ。

 今だったら、言いたいこと全部言える。

 まだ、小泉さんを食事に誘えたことは報告していない。

 トオル兄の雑なアドバイスが役に立ったことも感謝したい。

 それに、悩みも聞いてもらおう。

 これから、どうすればいいとかなんとか。

 トオル兄のいる場所は少し市から離れるが、会いに行くよ。

 会いたくなったら、会いに来い、って言ってくれたんだ。

 じゃあ、会いに行くか!

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