ver.5.0.17 大倉ツカサ

 トオル兄の魂が込められたスピリットメタルを嵌める。

 すると、体中で響く激痛が吹き飛んだ。

 傷だらけの手負いだったというのに、今では全回復していた。



〈すごい……これが若さ。龍道川くんの生命エネルギーが遥かに凄まじくて、大倉くんを限界突破させたんだわ〉

「負ける気がしなくなってきた。何もかもが輝いて見える」



 幻覚とかそういう類のものではない。

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感が冴え渡り、加えて未知の感覚が機能している気がした。

 意識が洗い流された気分だ。

 正面の村雨は、とうとう正気を失っていた。

 文章にならない声を喚きながら、突進してくる。

 しかし、その走りは信じられないくらい遅く感じた。

 神速が目で追えたというよりは、自分が先に未来を生きているみたいだ。

 全ての軌跡を知っている。

 だから、村雨が右ストレートを放った後、回し蹴りを決めてくることを知っていた。

 俺は頭を軽く傾けて、右ストレートを避けた。

 次の回し蹴りの動作に移行する前に、鳩尾を殴る。



「出力20%! 『ソウルブロー』!」



 俺は、いつもの出力20%をイメージして打ったが、想像を凌駕する威力だった。

 ヒットさせた拳から解放されたのは、出力80%に相当するオーラ量。

 それは、胸の中心を喰い破った。

 感染度100%の感染者の皮膚を、いとも容易く貫通したのである。

 怪物はぽっかりと空いた空洞をしばし見つめると、次に連続パンチで襲ってきた。

 リーチの長い腕が、嵐のようなラッシュで突いてくる。

 普通なら見切れず、全てが叩き込まれてしまうだろう。

 だが、体はそのラッシュを超える速度で反応する。

 軽いフットワークを繰り返すことで、猛攻撃を簡単にあしらえた。

 このまま避け続けても、感染者は疲弊しない。

 スタミナ無限の化け物だ。

 けれど、今なら超えられる。



 ゆっくりと接近してくる拳をいなして、ノーガードの胴体に数発、鉄拳を突き通した。

 例え出力5%の殴打でも、威力は至近距離で徹甲弾を撃ち込まれるより強力なはずだ。

 人間対怪物という構造とは程遠い。

 強いて形容するなら、戦艦VS戦艦というべきか。

 規格外の人間同士による命を懸けた死闘だ。

 怪物は勢力を失い、倒れないよう踏ん張っている。

 俺は拳を握りこんで、オーラを集中させる。



「出力50%! 『ソウルスマッシュ』!」



 蒼い輝きに包まれた腕を、隙だらけの胴体に叩きつける。

 胸の穴に加えて、もう一つ風穴ができあがった。

 既に70%以上のオーラを消費したが、それでもオーラが内から沸騰してくる。

 限りがない、正に無限なのだ。

 体力無限の怪物に対して、こちらはオーラ無限のヒーロー。



「出力80%……『ソウルデストロイ』!」



 他の穴と比べて、大きな穴を完成させる。

 三上の場合は圧倒的オーラで魂を吹っ飛ばせたが、村雨の魂はこれでも壊れなかった。

 改めて、相手の脅威を思い知らされた。

 放った右腕に、激痛が反動として返ってくる。

 歯を食いしばっても、苦悶の呻きを漏らしてしまう。

 魔物に堕落した村雨のしぶとさからは、凄まじいほどの未練を体現していた。

 何が何でも、大倉ツカサを殺してやるという気迫を肌で感じ取る。

 殺気そのものが凶器となるほど、執念深さだ。

 でもな、俺も執念深い!

 そうだ、トオル兄から学んだ負けず嫌いを貫き通してやれ。



「『ソウルブロー』! 『ソウルブロー』! 『ソウルブロー』!」



 一撃一撃に、復讐の私怨を足し算して拳を振り抜く。

 隊員が虐殺された恨み、俺を巻き込んだ恨み、そのためにトオル兄を失った悲哀、熊谷隊長の痛み、人間マルウェア開発への憎悪。

 それら全てを、トオル兄のオーラと共に叩き打つ。

 肩に放てば、肩肉は千切れ飛び。

 胴体に放てば、皮膚を裂き、肉は消し飛ぶ。

 怪物は両膝をついて、上半身は脱力したように存在感がなかった。

 だらしなく垂れる左腕は、簡単にもげそうなほど弱々しい。

 あれほど猛威を振るった人物は、肉体を潰されている。



 そんな状態でも、怪物は死にそうになかった。

 朧げな生命の鼓動は、未だ脈打っている。

 人間マルウェアは、不死身をも可能にした代物だというのか。

 これ以上、攻撃しようが内臓をかき混ぜようが、脳味噌をぐちゃぐちゃに潰そうが、無駄に時間を消費するだけで終わりそうだった。

 この世と怪物の魂が結びついている。

 世界を滅ぼさないと、この男は死なない。

 どうすればいいのかと悩んでいると、黒崎さんが何かに気付いた。



〈おい、穴が塞がってないか? 切り離した右腕も、生えてきとるで〉

「まさか……再生しているのか!?」



 肉体の空洞が泡立ち、徐々に塞がっていく。

 結城博士も、驚いたトーンで答える。



〈驚異的な自己修復力で、回復しているんだわ! 記憶された通りに、細胞が細胞を……生んでいる?〉

「じゃあ、本当に不死身ってことか!」

〈待て、ツカサくん〉



 黒崎さんは場違いに思えるほど、冷静に努めていた。



〈こういうのは、再生を上回るほどの攻撃をすればいいんだ。回復できないほどの出力で、止めを刺すんだ!〉

〈黒崎さん、残念だけど不可能に近いわ〉

〈なんでや、博士〉



 二人の会話に傾聴する。

 黒崎さんは努めて冷静な態度だが、繰り出す言葉に焦りを感じた。



〈この前、三上を倒した大技以上のものを、村雨にぶつけてやったら……!〉

〈あの時、反作用で大倉くんが失神したでしょ。今の飛び抜けたオーラを秘めた状態で全てを解放すれば、ソウルスーツが耐えきれなくなって、逆流したオーラで自爆する。あまり言いたくないけど、辺り一帯を吹き飛ばす爆発になるわ〉

〈そうなれば、村雨だけじゃ済まないってわけか。いや、最悪なのは村雨が食らっても生き残ることか。くそ、ここまできて終わりかよ〉



 黒崎さんから、拳を叩きつけた音が聞こえた。

 俺も悔しくなって、唇を噛み締める。

 この気持ちは、皆同じだろう。

 瞬きをするたびに、胴体の貫かれた穴が小さくなっていく。

 自爆する以外、他に方法はないのか。







『そんなことないぜ、ツカサ。俺と一緒に考えてみるか!』



 トオル、兄?

 トオル兄の声が聞こえた瞬間、周りの時間が止まった。

 怪物の再生、空気の流れですら停止している。

 振り返っても、周りを見渡してもトオル兄はいない。

 幻聴にしては、あまりにも現実味を帯びている。



「ど、どうなっているんだ!? 時間が止まって……いる?」

『まあまあ、細かいことは気にしない。簡単に言えば、ここは死後の世界ってわけだ。死後の世界に、時間はないんだよ』

「そんな馬鹿な」

『終わった後で、結城博士に説明してもらえばいいさ。そしたら、丁寧に教えてくれるはずだぜ』



 トオル兄の声だけが直接、響いてくる。



「どこにいるんだ、トオル兄!?」

『答えている暇なんてないぞ。頭を切り替えろ。さてと、出力全開で倒さなきゃならねぇ状況だ。絶体絶命のピンチかもな。けど、ツカサは既に答えを知っている』

「こんな時にもったいぶるのかよ。早く、答えを教えてくれ」

『最近、全力でオーラを解放した時があったはずだ。思い出せ』

「もしかして、三上の時か?」



 間違った回答をすると、トオル兄は呆れたように長く息を吐く癖がある。



『はぁー……ちげぇよ。もっと前だ。ツカサに答えてもらわないと、元に戻った時に忘れるんだよ』



 いつの話だ。

 最初に戦った時か。

 あの時は、出力44%の『ソウルスマッシュ』だった。

 その次は、デパートで感染者が。



 いや、その前に一度、スピリットメタルを消費していた。

 あれは。



「……記者会見で、岩を破壊した時?」

『そうだ! それだよそれ! 細部まで思い出せ!』



 そういえば、気楽に出力100%で放つことができた。

 あの時はまだ、出力80%以上になると反動が来ることを知らない。

 だから、なんの戸惑いもなく、巨岩に100%をぶつけることができた。

 なら、なぜ反動がなかったんだ。

 確か、岩に向かって小指でデコピンを。

 ……デコピン?



「もしかして、オーラ放出を縮小すればするほど、反動が小さくなるのか」

『答えが出たな……!』



 ふふ、と笑う声が聞こえる。



『俺も側で戦っている。生き抜けよ』



 「生き抜け」は、トオル兄の口癖。

 アドバイスされた後、いつも言っていた。

 耳に残るほど、何度も聴いてきた。

 それでも、何度も言ってほしい。

 俺を励ましてほしい。



「もう……会えないのか」

『そんなことないさ。会いたくなったら、いつでも会いに来い。そん時は、笑って迎えてやる』



 不意に、背中を押される。



『自分で出した答え、忘れるなよ!』







 世界に時間が戻る。

 トオル兄の気配は消えた。

 手のひらを見つめ、そっと閉じる。

 そして、トオル兄と一緒に出した答えを思い出す。

 俺は確信を持った瞳で、村雨を射抜いた。

 結城博士はそんな俺に逸早く気付いて、柔らかな声をかけた。



〈倒せるんだね〉



 俺は、勝ち誇った口調で発した。



「ああ!」

〈ツカサくん! 奴が回復する前に、決めるんや!〉



 右腕を前方に伸ばし、左手を右手首に添える。

 右手の親指と人差し指を開いて、指鉄砲の形にした。

 子供がやるようなお遊びではない、こっちは至って真剣だ。

 いよいよ首を回し始めた怪物に、人差し指の銃身で狙いを絞る。

 指先に全オーラが集中するイメージをすると、あっという間に視界を埋め尽くすほどのオーラの球体が出現する。

 あとは、これを縮小させるだけだ。



 しかし、怪物もまた動き始めようとしていた。

 阻止しようと、苛立っているように見える。

 あと少し、時間ができれば。

 すっかり元通りとなった怪物は片膝をついて、体を重そうに起こしていた。

 鬼のような右手をおもむろに持ち上げ、天高く突き上げる。

 顔も見上げて、憤激の咆哮で足元を揺らした。

 雄叫びを上げながら、握り拳を引く。

 数秒後には、俺は殺されているだろう。

 だから、躱しながら、オーラを小さくすればいいのだが、その場に釘付けされたように足が動かなかった。

 つまり、完全な無防備で格好の的というわけだ。

 精神的に追い詰められている。

 くっ、このままでは!



 ドゴン、という腹を震わせる大砲の音が一発、鳴り響いた。

 デザートイーグルの先端から、硝煙が昇っている。

 上半身だけを起こした体勢で、熊谷が射撃したのだ。



「いけぇ! ツカサァ!」



 隊長の叫び声が、胸を高鳴らせた。

 熊谷の上半身を支える力が今ので尽き、拳銃と共に再び仰向けになる。

 五十口径弾は完璧に、怪物の手を撃ち抜いていた。

 それによって、一瞬の隙が生じる。

 ほんの数秒だが、その数秒こそ命運を決定付けた。



「食らえ……!」



 指先のオーラは、飴玉ぐらいに縮小されていた。

 見た目は小さくとも、そのオーラ量は桁違いだ。

 目を見開いて、全身全霊で叫んだ。

 博士が仮に付けた出力100%の技名。



「『ハート・アンド・ソウル』!」



 オーラの弾丸を指先から放つと、超高速で村雨に到達した。

 トオル兄の全て、想い出と魂の詰まったオーラだ。

 胸に命中したオーラは、すっと魂に侵入。

 村雨の魂を、死後の世界に解き放った。

 除霊された人のように、ゆっくりと前のめりに倒れた。

 身も心も失い、崩れ落ちた死者は床に倒れ込む。

 もう、動くことはなかった。

 傷は再生できても、消え去った魂は再生できない。

 発見された技術、未発見の技術を以てしても死者を蘇らせるのは不可能だろう。



 だから、あの世で安らかに眠ってくれ。

 俺は目を瞑って、静かに祈りを捧げる。

 同時に、意識が途絶えた。

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