ver.5.0.13 T天閣

 六月、中旬の土曜日。

 数年前まで地球温暖化が叫ばれていたというのに、いつの間にか地球寒冷化が大問題となっていた。

 六月といっても少し肌寒い。

 太陽活動も、NASAが予想していたより減衰しているそうだ。

 イギリスにある大学の教授は、2030年代にはミニ氷河期に突入すると述べていたが、それも現実となりつつある気温だ。

 太陽活動が低下することで、地球への宇宙線到達量が増加。

 宇宙線が増加すれば、雲が増える。

 今日も雨が降りそうな黒い空模様だ。

 太陽の熱も届かない。

 だから、中年の男がスーツの上に黒のコートを着ていても問題ない。

 眼鏡のブリッジを押して、かけ直す。



「三上ハルト。命の犠牲、決して無駄にはしない。私が彼らの意志を直接、伝えてやる。ご苦労だった……ゆっくり休むといい」



 コートの男はT天閣の屋外展望台から、自分のアパートを見下ろしていた。

 自身の作戦のために犠牲となってくれた三上に追悼する。

 三上ハルトは、あらゆるコネクションを利用して探し出した自分のドッペルゲンガー。

 意外と近くにいて、立派な経歴も持っていた。

 そのため、作戦に幅が広がり、より成功率を上げることができた。

 ドッペルゲンガーを見ることは、同時に死期も近づいているという伝承があるが、それは正しい。

 彼もまた死のうとしているのだから。



「黙って、死ぬ気はない。やることやってから、死んでやる。じゃないと、地獄で後悔することになるからな」



 コートが強風に煽られ、バサバサと羽ばたいているようだった。

 内ポケットから、スマホを取り出す。

 画面に現れたのは、T天閣の全貌だった。







 2025年日本国際博覧会、通称O阪万博は成功を収める。

 経済波及効果、各研究機関が出した約二兆円を軽く上回り、O阪は悪く言えば外国化、良く言えば国際ローカル化した。

 反発の声も多いが、O阪府知事は大成功と捉え、次の計画を発表した。

 それが、O阪ユートピア構想。

 O阪を日本から切り離し、世界の聖地にしようとするものだ。

 しかし、実質は超が付くほどの大金持ちしか住めない楽園にするということだ。

 加えて、O阪を宙に浮かせようとする巨大な計画だ。

 ガリバー旅行記に出てくる空飛ぶ島の王国ラピュータというよりは、どちらかというと同名の人気アニメーション作品をイメージしているだろう。



 まず、知事は世界の象徴が必要だと宣言した。

 2032年始動、T天閣は改造され始める。

 全高はドバイのブルジュ・ハリファを超える1000メートル。

 塔の外観は、アブラージュ・アル・ベイト・タワーズのように、頂上部に巨大な時計台が設置される。

 今はまだ建設途中ですっからかんだが、内部にはホテルや巨大なショッピングモールに加え、大型の共同住宅も入る予定だ。







 今日は、そんな所でイベントが開催されていた。

 内部公開を含め、O阪府知事と内閣総理大臣のスピーチが披露される。

 それだけでは退屈だからと、食事会と称して何人かの資産家と一般人を招き入れた。

 塔の現段階での評価を対価としている。



「総理大臣と府知事が来たな。そろそろ、決着をつけるとするか」



 スマホの画面が変わる。

 画面のT天閣が透明色に変化し、外枠だけが黒くなっている。

 T天閣の一部分にある赤い印が点滅していた。

 爆弾の位置と起動していることを表しているのだ。

 あとはスイッチを押せば、起爆する。

 次に電話アプリを開いて、スマホを耳に当てた。



〈はい、110番O阪府警察です。事故ですか、事件ですか?〉

「……事件だ。全国指名手配中の村雨マサムネを、T天閣で発見した。爆弾も仕掛けられている。すぐに来てくれ」

〈え、村雨マサム……〉



 オペレーターが何かを言い終わる前に、スマホを耳から外す。

 通話も切る。

 スラックスのポケットにスマホを突っ込んで、コートの内側から拳銃を取り出した。

 弾倉を挿入し、スライドを引く。

 安全装置を解除して、コートのポケットに入れる。

 そのまま無表情で、屋内へと進入していった。

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