25
イリスがノイを迎えにいくべく立ち上がり、グラキア神話の女神のようなドレスをきらめかせて一歩一歩歩んでいくのを、フラムは風の通る東屋で見ていた。少年の表情は明るく、それを見守る彼女の眼差しは柔らかい。それだけは、彼女がどんなに心塞ごうとも、変わらないものだった。
イリスがこちらに近付きつつあることを知りながら、フラムは最後にそちらへ差し出した手を下ろすことを決めた。伝えるべきことは伝えた。待つだけでいい。思い出を抱いて生きていけというなら、彼はそれを選ぶことができる。見守るだけでこれほどまでに心が満たされる思いをするのは初めてだった。まるで卵が孵るのを見ているようだ。孵るかもしれないし、孵られないかもしれない。卵の中に雛はいないかもしれないし、眠り続けるのかもしれない。ただその卵が美しいことは知っていて、それだけで彼の心は満ち足りた。
それを、すべてが愛おしいと言うのだろう。
「〝じじいどもが、早く来いと騒いでいるぞ〟」
だから、嫌悪し遠ざけようとしてきた父親が現れた時、彼は決して心を乱されなかった。振り返り、立ち上がる。コウイムは息子に態度に面白そうに目を光らせた。そしてその目は、少し弱くもある優しく強いイリス・カナリーを、見守る大らかな眼差しで見つめた。
「〝彼女は美しいな〟」
「〝あなたに言われずとも、知っています〟」
「〝美しいということは武器になる。一族の長の傍らに立つなら、なおさら〟」
コウイムは手を挙げたが、つかの間逡巡した。肩に触れてもいいのか悩んだのだとフラムにはすぐ分かった。この人は、いつでもこうしたサインを発していた。歩み寄らせなかったのは自分だった。
「〝父上〟」
「〝なんだ、息子よ〟」
そうおどけて答えながら、父親の内心の動揺を感じ取る。それでも表に見せないのは彼が一族の長だからか。呼びかけるだけで違和感を覚える自分は、まだまだこの人には遠い。
「〝母を……エン・エリを愛していましたか?〟」
ノイの高い笑い声が響いた。イリスが彼の頬を挟み込んで押しつぶすようにしているのだ。彼もまた彼女に手を伸ばしたが、メイクをした彼女に触れられずに「ずるい」と繰り返している。
「〝愛していた〟」
同じものを見つめながら、コウイムは答えていた。
「〝お前には、そうは思えなかっただろうが、私はエン・エリを愛していた。彼女が穏やかな死を迎えることができるように計らったつもりだったが、現実は私には辛すぎたのだ。彼女の死に向き合うことができなかった。エン・エリは恨んでいただろう。でもそれでいいと思っている。今でも私を苛むその罪悪感や後悔こそ、私がエン・エリを愛した証なのだよ〟」
「〝お前はそうはなるな〟」そう言ってコウイムは息子に微笑み、遥かな記憶を思っていた。
「〝そう言ったあなたには嫌がらせになるかもしれないが〟」
マイナスに働くかもしれない。自己満足もある。しかしまだこんなことしかできない。この人に歩み寄るための一歩として、フラムは言った。
「〝母はあなたを許していた。私に、あなたのことを『許せ』と言った〟」
コウイムは目を見張り、目を閉じ、そうか、と言った。その声に滲む哀惜や後悔に、フラムは凍った記憶が溶けていくのを感じた。この人もまた、誰かを愛した人だったのだ。
そうした今、彼が思うのはイリスのことだった。
イリス。あなたもきっと。
そう思うフラムは、彼女を待つことにした。
どんなに長くとも。
彼女の側で。
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