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「〝おいでになるとは聞いておりませんでした〟」厳しい顔つきでスウが言う。「〝出迎えにも参らずに申し訳ありません。いったいどうなさったのです?〟」

「〝フー・ラムに用があったんだが……〟」コウイムは顎を撫でた。「〝どうしたものかな。恋人がいるとは聞いていなかった〟」

「〝そういう話はなさらない方ですから〟」

「〝長老たちがせっついているのは知っているだろう? 早く決めろ、見せろとうるさいんだ。強硬手段に出るぞ、あの死に損ないたちは〟」口悪く言って、コウイムが自分の言葉にくつくつ笑っていると、扉が開いた。玄関に現れたフラムは、スウの前に立ってにやにや笑っている男が誰なのかを知り、憎しみともつかない怒りの表情を見せて近付いた。

「〝こんなところで何をしているんです?〟」

「〝ご挨拶だな、父親に。手紙を送ったろう?〟」

「〝知りません。忙しかったもので〟」本当は知っていた。読んでいないだけだ。

 コウイムは嬉しそうににやついた。「〝女を口説くのに必死で? 堅物のお前が!〟」

 本人は親しみのつもりかもしれないが、その顔はフラムを苛立たせるだけだ。しかし気付く。

「〝彼女に会ったのか〟」

「〝綺麗な子だな。天使か女神かと思ったよ〟」

 トゥート・サワンかテープテター。それを聞いた彼女は口説くなと言ったのだろうか、いや、そもそもトゥイ語はそれほど得意ではないはずだ。意味が分からなかったことを祈るばかりだと、昼間彼女に言わせてみればひどいいたずらを仕掛けたフラムは思った。

「〝彼女への賛美は私がします。用件をうかがいましょう〟」

「〝結婚しろだとさ〟」

 シンプルすぎる言葉に、フラムはまた冗談かとうんざりする。

「〝おいおい、冗談だと思うなよ。長老たちが決めたんだ。占星術師を呼んでな〟」鋭い息子の目つきに、参った、と彼は両手を上げた。「〝この前の占術の御言葉、あれの相手と出会ってるはずだからさっさと来い、だとさ〟」

「〝さっさと連れて行けたらこんなに苦労はしていない〟」

「〝めずらしく慎重だな。素性も明かしてないようだし〟」コウイムは理解できないと首を傾げた。「〝異国人というのに躊躇してるのか? トゥンイラン一族はそんな了見の狭いことは言わないぞ。お前のひいばあさんはグラキア人の血を引いてるからな〟」

 フラムは顔を背けた。そんなことを父親に言う必要はない。自分がどんなに彼女を手に入れたくて、しかし大切にしたくて、その相反する思いに頭を悩ませているかなど。

「〝息子よ、お前は恋をしているよ。そして彼女もお前を愛してる〟」

「〝本当にそうなら、彼女は言うはずでしょう。愛していると〟」

「〝遠ざけるのもまた愛だ。彼女はかつて大きな愛を失ったんだろう。そこを精霊に突かれたんだ。魔法をかけられるのも仕方がない〟」コウイムは残念そうに肩を落とした。「〝お前は、精霊の悪戯も解けないのか?〟」

 フラムは、そこで初めて、父が本気で〝精霊〟や〝魔法〟という言葉を使っていることに気付いた。トゥイの土地に、その民の血に染み付いた、神秘が残っていて、ここに、彼らに関わっているのだと。

「〝本気で言っていますか? 精霊が、彼女に悪さをしたと〟」

「〝おやおや、おかしいとは思わなかったのか。頑なすぎるとは思わなかったかね? 彼女はとらわれている。心の中に箱を用意され、そこに大切なものを封じ込められているのだよ〟」

 心当たりがないわけではなかった。イリスはまるで、目が見えないように、耳を塞ぐように、彼の踏み込みを拒否している。しかし、科学の大国からやってきた女性には、精霊の悪戯などとはいささかおとぎ話じみていないだろうか。

 疑わしい目つきになったのだろう、コウイムはいかにも父親らしく分別のある言葉を口にする。

「〝信じる信じないはお前次第だがね。どちらにしろ、そんな魔法など、お前には解けてしかるべきなのだし〟」

 父はふと気付いたように呟いた。「〝爺婆どもが焦った理由が分かったな。もうすぐ精霊の仮面祭りがある。彼女を連れて行かれない内に結婚しろと、そういうわけか〟」

「〝精霊なんかに彼女を連れて行かせるか〟」フラムは呻くように言った。「〝まだ何もしてないのに〟」

「〝その意気だ息子よ〟」

「〝どうすれば魔法は解けるんです〟」

 この分野に関して、彼はお手上げだった。仕方なしに、渋々父を頼る。

「〝そんなのは簡単だ〟」彼の父は片目をつぶった。「〝彼女に言わせればいい。呪文となる言葉をな〟」

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