第113話 前日

「さて、今日はこのぐらいで終わっとくか」


「だいぶ形になって来たんじゃないですか?」


「そうか? お前がそう言うんだから当たってんだろうな」


「8でそれだけ動けたら上等ですよ」


「よし! それじゃあ頃合い見計らって茜音に見せるか。これで戦術の幅も広がんだろ」


「そうですね」


 練習場で日課になった自称必殺技の特訓を終え、一息つく焔とAI。練習場には柱のようなものが無数に立っていた。練習場のタイルはあらゆる場を想定した造りになっている。その一つとして床のタイルを柱のように伸ばすことができるのだ。


「じゃ、元に戻しといて」


「わかりました」


 焔の一言で元の練習場へと戻る。元に戻ったことを確認した焔は汗を手で拭いながら帰路に立つ。


「そういや明日だったな」


 帰り道を歩いている途中、思い出したように焔はAIに話を振る。


「はい、明日です」


 その主語のない焔の言葉に、さも主語が何なのかわかっているように返すAI。


「やっとこさ、独り立ちってことか」


「といっても、初任務からまだ3週間。アースに配属して1か月程度ですので、『やっとこさ』というほどでもないんですけどね」


「てことはかなり早いのか」


「普通に早いですよ」


 焔たちが一体何の話をしていのか説明しよう。任務の話をしているのだ。当然、任務は普段からこなしてきた。アースに来て約1か月、これまで焔たち36班、そして35班はそれぞれ10回任務をこなした。そして、直近の任務では初めてランクBの相手を任され、見事任務を達成した。では、独り立ちとはどういうことか?


 これらの任務には全て教官が付き添いをしていた。35、36班はペトラ以外の教官がローテーションして任務の付き添い役をしていたのだ。だが、明日の任務では、初めて36班の3人のみで任務を行うことになったのだ。総督と付き添いをした教官全員の意見が合致して初めて単独での任務が許可されるのである。ちなみに35班は今日単独での任務を終え、無事帰還していた。


 茜音がどんな感じだったか聞いておきたいと言っていたため、35班と夕食を一緒に取ることとなっていた。明日の任務と今日の食事のため、焔は早めに特訓を終えたのだった。


「にしてもあいつらに先を越されるとはな」


「35班の皆さんも36班とほぼ遜色ありませんからね。たまたま任務間のインターバルの都合上35班が先になっただけですよ」


「この単独任務で過去に失敗したところとかあんの?」


「ありません。それに最初の単独任務では対象がランクCの生命体と決まっていますので、ほとんど失敗することはないですよ」


「そりゃ安心だ」


 任務の回数は10回だが、茜音の提案によりほぼ毎日ランクCからランクBまでの相手に対してのシミュレーション訓練が行われていた。そのため、焔はあまり心配をしていなかった。


 一旦部屋に戻る焔。いつもならAIの手料理のいい匂いがしているのに今日はその匂いはなかった。35班の部屋で食事を取るからだ。茜音は相変わらず部屋で今日のシミュレーションの反省点や焔、ソラのことで気づいたことでも書いているのだろう。ソラは最初、ソファーにもたれかかりながら、日本のバラエティーを見ていたが、すぐに焔の元へ駆け寄る。AIはもうすでに焔の目の前にいた。


「お帰りなさいませ」


「お帰り」


「ああ、ただいま。で、食事会ってのは何時からなんだ?」


「あと、30分後です」


「じゃ、先に風呂でも入るか。コーネリアから汚ねえって言われそうだしな」


 コーネリアの嫌そうな顔がなぜか鮮明に脳裏に浮かぶ。そんな顔を払うように焔は風呂へと直行した。ササッと風呂を済ませると、茜音とソラがソファーでテレビを見ながら待っていた。


「さ、全員揃ったし行こっか」


「オッケー」


「わかった」


 茜音は足早に部屋を後にする。その後ろをついて行くように焔たちもまた部屋を出て行く。そして、徒歩3歩ほどの向かいの部屋へ入って行った。


 早速35班の部屋に入る。物の配置や部屋の構造はほとんど同じであった。コーネリアたち三人はソファーの前で、最近出た初任給でサイモンが買ったという家庭用ゲーム機で遊んでいた。だが、なぜかコーネリアだけはテレビ画面を険しい表情で睨んでいた。そしてコントローラーを横に持ち、左右に勢いよく何度も身体を傾ける。


『ゴール!』


 テレビ画面から大き目なゴールの声が響く。その声を聞いた瞬間、コーネリアはコントローラーを床に置く。


「何よ。全然面白くないじゃない。何が神ゲーよ。クソゲーだわ、クソゲー!」


 そう文句を言いながら、コーネリアはダイニングテーブルの方へ移動していく。中々に機嫌が悪そうなコーネリアに一応『単独任務お疲れ様』と声をかけながら部屋の中へと入っていく。


 茜音は一人になったコーネリアと対面するように座り、色々と話を始める。焔とソラはコーネリアはスルーし、サイモンとリンリンの元へ駆け寄り、何があったのか事情を聞く。


「それはねー」


 普通のトーンで話始めようとするリンリンの口を内容に入る間一髪のところでサイモンが塞いだ。すぐにコーネリアの顔を確認し、安堵のため息を吐く。そして、小声で事の経緯を説明し始める。


「実は今回の任務で初任給を貰ったから僕が前から欲しいと思ってた日本の家庭用ゲーム機を買ったんだよ」


「ほおほお。ソフトは?」


「マ〇オカート」


「なるほど。まあ、無難なところだよな」


「三人でやってたんだけど、どうやらコーネリアちゃんはかなりのゲーム音痴らしくてね。ずっと最下位だったから機嫌悪いんだよ」


「コーネリアちゃんはプライド高いからネ」


 こそっとリンリンも付け加える。


「何回ぐらい最下位だったんだ?」


「えーっと20回ぐらい。しかも、50㏄」


「あらら、こりゃ下手に言葉かけたら逆にヤバいかもな。コーネリアは茜音に任せて俺たちは飯が出来るまでゲームしてようぜ」


「さんせーい」


 サイモン、リンリンの二人は手を上げ、焔の案に乗っかる。こうして、焔たちがゲームを楽しんでいる間、総督や教官たちは明日の焔たちの任務について話をしているのであった。



―――一つの円形の大きな机に総督、ペトラを含めた教官全員が集まり、明日の焔たち36班の単独任務について話をしていた。


「あいつらなら大丈夫だろ。例え、一人でもランクCの相手に遅れは取らないだろ。何ら問題はないね」


 そう意見を述べるレオ。だが、総督はなぜか浮かない表情をしている。


「シン、お前の印象を聞かせろ」


 話を振られたシンは、一瞬考えるしぐさを見せるが、すぐにいつもの笑みを張り付けると、


「そうですねー。36班は一人でも欠ければその時点でアウト。そんな感じですかね」


シンのこの物言いに少しざわつきだすが、総督はニヤリと笑う。


「よし。続けろ」


 シンの言葉の真意を聞くべく、再び静寂に包まれる。だが、教官の中でヴァネッサだけはシンの言動の意味を知っているのか、顔を背けていた。


「まあ、レオの言った通り、ランクCやランクBの相手だったら全然大丈夫だと思うんだけど、それ以上の相手となると、少し不安なんですよね。正直言って、36班は35班よりも低リスクかつ迅速に任務を遂行することが出来る。だけど、そこで一人、その中でも特に茜音ちゃんが欠けてしまえばこの二つは破綻する。だよね、ヴァネッサ」


 急に話を振られたにも関わらず、ヴァネッサは即座にシンに代わって説明を請け負う。


「35班はコーネリアを隊長としたかなり前衛的な班だ。コーネリアは他の二人より頭は回るし、賢いが茜音のような分析力と立案能力はない。作戦は立てるが、茜音のような綿密さはない。そして、35班の三人は皆パラメータは少し異なるが、レベルが高く、しかも似たような実力だ。だからこそ、皆どの役割でもこなせるし、思考も似ている。ゆえに例え一人が欠けたとしてもそこまで慌てることなく緊急の事態でも対処可能だろう」


 ここまでの説明を聞き、他の教官たちも納得しているように、頷いて見せる。


「だが! 36班はそうではない。36班はほとんど茜音が仕切っているようなものだ。作戦は茜音が考える。その作戦は低リスクかつ焔とソラの二人にドンピシャの役割を与えるようなすばらしい作戦だ。だからこそ、一人でも欠ければ作戦は破綻する。適材適所という言葉があるが、茜音が与える役割はその域をはるかに超えている。替えが効かない。あの二人しかできない。そしてまた、自分の役割も茜音自身にしかできない。三人そろえば、無類の強さを発揮するが、もし万が一戦闘で一人でもフェードアウトすれば、その時点で茜音の作戦は崩れる。そして、茜音がいなくなれば、あの二人がどんなリスクを負うのかわからん」


「別に茜音ちゃんの作戦が悪いとは微塵も思ってないよ。でも、もう少し焔たちを信頼してもいいんじゃないかなと思うんだよね。まあ、信頼はしていると思うんだけど、少しがんじがらめにしすぎているんじゃないかと思うんだよね」


 ヴァネッサの説明の後、シンが少し自分の意見を付け足す。静かになった教官たちに総督が最後の総括を述べる。


「まあ、こればかりはすぐに解決できるようなことでもないか。緊急時の行動もこれから特訓していけばいい。今回の任務では少なくとも支障はなさそうだしな。ということで、明日の任務は前回決めた通り、36班のみで任せることとしよう」


 その言葉に全員が頷き、ここで会議は終了した。そんな会議があったことなど全く知らない焔たちはマ〇オカードで白熱していた。


「なんでこんなに速いんだ!? レンジ!?」


「年季の差だ」


「焔の独走ネ。なんか悔しいヨ」


「もう一回だ!」


 声を荒げるサイモン。余裕そうに受け答えをする焔にサイモンは更にコントローラーに力を入れる。レースが始まり、序盤で焔が堂々首位をマークする。その後ろをサイモンがピッタリマークする。


「どうしたら焔みたいに速く走れるの?」


 6~8位をウロチョロしているソラは焔に速く走れるコツを伝授願おうとする。


「コーナーで差をつけろ」


「わかった」


(何が分かったネ!? ソラちゃん)


 同じように6~8位をウロチョロしているリンリンはあまりの返答の早さに思わずツッコみそうになる。だが、焔から全くアドバイスぽくないアドバイスをもらったソラはなぜか速く走ることに成功し、順位を上げていく。


「何でやねん!」


 中国人にもかかわらず、思わず心の関西人が顔を出すリンリン。リンリンが疑問を持つのも当然だが、ソラは別に焔のアドバイスで速くなったわけではない。ただ単純に焔のコントロール裁きを真似しただけだった。真似するのに5試合分かかったが。


「焔、この青い甲羅は何?」


 ソラの操作画面を見て焔は目を見開く。それは1位の座が奪われかねない危険なアイテムであるから。しかも、もうレースも終盤。今ソラがそのアイテムを放てば一巻の終わりである。


 チラッと横目でサイモンを見る。


(よし。まだこいつは気付いてないな。さて、このまま俺がゴールするまでソラに持っておいてもらうか? いや、もっと面白い方法があった)


 ニヤリと口角を上げる焔。何を考えたのか、次第に焔が動かすキャラのスピードが落ちていき、ついには止まってしまった。チャンスとばかりにサイモンは追い抜いていく。ゴールまで一直線だ。


「ハハハッ! これで僕の勝ちだ!」


 勝利を確信したサイモンは立ち上がり、コントローラーのボタンを押したまま陽気に踊りだす。


「ソラ! 今だ!」


 こくりと頷くと、ソラはアイテムを放つ。


『ドカーン』


 その爆発音でテレビ画面へと振り返るサイモン。自分が動かしているキャラがなぜか横転してるではないか。


「あれ!? なんでなんで!?」


「おっさきー」


「ちょ、ちょ待てよ」


『ゴール!』


 焔は普通に勝つよりもより多くの快感を。サイモンは普通に負けるよりもより多くの敗北感を味わうのだった。


「何してんのよあんたは!」


 悲壮感に打ちのめされているサイモンに追い打ちをかけるようにいつの間にか後ろで見ていたコーネリアに思いっきりビンタされる。


「どうして!」


 そんなセリフを吐きながら、ビンタされるサイモン。


「あんた何で普通に抜かしたのよ。ソラちゃんが青甲羅持ってたでしょ。それにあの焔が考えなしに止まるわけないでしょ。ガミガミガミガミ」


 そうやって、怒るコーネリアを遠目で茜音は冷静に分析していた。


(あっ……コーネリアちゃんって自分はプレイ下手だけど、他人のプレイにはめっちゃ口挟む人だ)


 その後、料理が出来たことも相まって、一旦ゲームを中断する。コーネリアたち35班、茜音たち36班が横並びで席に着く。コーネリアと茜音がキッチン側、リンリンとソラが真ん中、サイモンと焔が一番端に追いやられる席順となった。


「今日はシチューです」


 AIは鍋ごとシチューを運んでくる。そして、焔、茜音、リンリンには白米。コーネリア、ソラ、サイモンにはパンが用意された。


「いただきまーす」


 賑やかな食卓を囲む六人。


「ちょっとサラダとって」


「シチューおかわり」


「タバスコをおくれ」


「米おかわりネ」


 そんなやり取りをする中、焔と茜音は時々、任務のことについて話を聞く。どれもが答えの想像できる答えであった。緊張はしたか? どんな感じだったか? 不測の事態とかなかったか? 相手は強かったか? 弱かったか?


 そんなことを聞いても何にもならない。おそらく現場で実際に体験しないとわからない感覚だろう。分かっていたが、敢えて聞く理由は一つしかない。少しでも不安を和らげたかったのだ。


 食事を終えると、少しゲームの続きをして焔たちは部屋に帰って行った。明日は万全の状態で挑むため、それぞれ寝る準備をすると、すぐに自室へと入って行った。


 明日起こることなど何も知らずに。


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