第112話 努力

 転送された焔たちはAIが待つ36班の部屋に到着した。部屋に着くなり、焔はソファーにもたれかかり、ソラはその隣を陣取る。だが、茜音はそそくさと自分の部屋へと入って行った。


「なあ、思ったんだけどさ、茜音って妙に俺たちの長所というか、強み見たいなもの知ってたよな?」


 何気なく疑問に思ったのか、茜音がいなくなったのを確認した焔はふとソラに話を持ち掛ける。


「確かに知ってた。でも、ソラは茜音に教えたことはない。それに、自分でもソラの強みなんて何かわからない」


「だよな。何で知ってたんだろうな?」


 答えの出ないまま、少しの間焔とソラは頭を悩ませる。


「そんなの簡単ですよ」


 すると、後ろからAIがさも答えを知っている風な口ぶりで焔の疑問に答えを差し出す。


「茜音さんはここ一週間の焔さんとソラさんの訓練風景、そして第一から第三試験の映像を全て確認してお二人の長所や短所、癖や考えなどを書きだしているからわかるのですよ」


「は!?」


 思わず大きな声が出る。茜音がなぜ自分たちのことを自分たちより詳しく把握しているのかは分かったが、そんな莫大な時間がかかることをやっていることなど全く知らなかったからだ。だが、焔には思い当たる節があった。


「なるほど……最近、やけに部屋にこもってるとは思ったけどそんなことやってたのか」


「そういうことです。茜音さんが隊長になることはもうすでに決まっていたのです」


「そうだな。こりゃ適任だわ。で、今もその最中ってわけか」


 茜音の部屋に目を向けた後、焔は勢いよくソファーから立ち上がる。


「これは負けてられんな。ソラ、俺たちももうちょっと特訓してこうぜ」


「うん」


 任務終わりであったが、そこまで疲れていないということと、茜音が誰も見ていないところで努力していることに触発されたのだろう。焔はソラを連れて駆け足で部屋を出て行った。


 自分の行動が焔たちに影響していることなど知る由もない茜音は机に座り、今回の任務での映像を見ながら、何やらノートに書きこんでいる。それは焔の癖やソラの手際、そして自身の反省点などなど。


(やっぱり焔ってなんか唇舐める癖があるのよねー。これって緊張してるってことかな。ソラちゃんは相変わらずすごいわね。狙った箇所に的確な角度、力で斬る能力はずば抜けてる。私は今回、ただ遠くで一発撃っただけ。あの二人の仕事量に比べれば、全然足りない。でも……)


 茜音は目を閉じ、あの10秒にも満たない戦闘風景を鮮明に頭の中に思い浮かべる。


(すごく楽しかった……いや、楽しかったってのはちょっと語弊があるか。あれは嬉しいとか気持ちいいって感覚かな。私の戦術がうまく起動して、それに焔とソラちゃんが120%の力で応えてくれたことがすごくワクワクした。今までは一人で戦ってきたけど、あの二人と協力すればあそこまでのパフォーマンスが出来るんだ。もっと色々なことをしてみたい。色んな戦術を試してみたい。あの二人とだったらそれができる)


 茜音は目を輝かせながら、筆を走らせる。



―――「さて、そろそろお開きにするか」


「……うん」


 約3時間ほど特訓をした焔とソラ。顔には見せていなかったが、ソラはかなり疲れていた。それを見越して焔は特訓を切り上げた。当然のように帰ろうと出口を目指すソラだったが、なぜか焔はそこから動こうとしない。不思議に思い、ソラは焔の方へと振り返る。その視線に気づいた焔は、


「ああ、俺はもうちょっと残るから先帰っといてくれ」


「……うん」


 頷くまで少しの間があった。焔の言ったことに首を横に振ったことなどないが、本当はもう少しいたかったのだ。そんな葛藤が垣間見えた。ソラの本心を見抜き、心を救い上げた焔であったが、そんな葛藤にはなぜか気づかないのであった。


 ソラが練習場を後にしたのを確認した焔は、ニヤリと笑いある人物、というか耳に付けている通信機に向かって話始める。


「さて、アースに来て約一週間。シンさんの元で修業を約二年間。そろそろ必殺技の一つや二つ身に着けてもいいと思わないか?」


「いいんじゃないですか?」


「だよな。だからちょっと付き合え。今から必殺技の特訓だ! あと、これは茜音には内緒にしといてくれよ。なんか恥ずいから」


「承知しました」


「よし! そんじゃあ、やるか!」



―――「はあ……本当に人使いが荒いねー、総督は」


 ため息を吐きながら、廊下を歩くシン。その溜め息の意味は焔たちの初任務が終わったすぐに自分も任務へと行かされたことが原因だ。


「さて、今日はゆっくりと休もうか」


 自分の部屋の前まで行き、ドアに手を触れようとしてシンはその手を止める。


「あれ? 今日ってお客さん来る予定あったっけ? 誰がいるの、AI?」


「ヴァネッサさんです」


「あー、なるほどね。茜音ちゃんのことかな」


 部屋に入る前にヴァネッサの存在に気づいたシンは改めてドアに触れ扉を開く。そこにはAIの言った通り、ヴァネッサが椅子に座り、紅茶を飲んでいた。


「やっと来たか」


「もうちょい、ねぎらいの言葉をかけてくれてもいいんじゃない?」


「いいから座れ」


「ここ俺の部屋なんだけど……」


 愚痴をこぼしながら対面するように席に着くシン。そんなシンの前にはまだ湯気が立っている日本茶が置かれていた。フッとヴァネッサの顔を見ると、少し照れ臭そうに目をそらしてきた。慣れない手つきで入れてくれたのだろう。そんなことは流石のシンでも理解できた。


「よっこいしょ」


 椅子に腰を掛けると、早速湯呑みに手を伸ばす。


「ホッ」


 一口飲むと心温まるような笑みを浮かべるシン。まさに、疲れが取れていくようだった。その緩んだ顔を見て少し微笑むヴァネッサ。だが、シンが自身の顔に視線を向けたのを察知し、すぐに表情を作り直す。


「おほん。で、私がなぜここに来たのかはわかってるだろう? お前からみて茜音はどうだ?」


 わかりやすい咳払いをした後、無理やり話を進める。シンはもう一口茶をすすると、


「そうだね……君にとても似ていると思ったよ。真面目で一生懸命で賢くて、自分のことよりも他人のことを優先して考えてるところとかね」


 そういうことではなく、能力的なことを聞きたかったのだが、いかんせんヴァネッサにはシンの言葉を止めることはできなかった。それは間接的に自分のことを誉めていることと同義だから。


「お、おう、そうか」


「今回だって、俺が帰ってくることを見越して温かいお茶を直前に入れてくれたところとか、勝手の違う日本茶をわざわざ慣れない手つきで入れてくれたところとか、そういう分かりづらい優しさや努力なんかも似てるかな」


 自分の行動を冷静に分析され、照れが頂点に達したのか、ヴァネッサは無言でシンの顔めがけて蹴りを入れる。


「グハッ!」


「お前は! 何でそう……もういい」


「何が……?」


「もう私との類似点はいい。能力的なことを聞いていたんだよ。私は」


「あ……そうなのね」


 仕切り直して、再びシンはヴァネッサの問いかけに答える。


「まず、銃の技術についてはヴァネッサが教えてるんだから時間が経てばどうとでもなるかな。後の印象は頭がものすごく回るってことかな。直前に出された条件を一気にクリアするような作戦とオーグの動きを完璧に予測した見事な戦術。これは中々できはしないよ。あの子と一緒なら焔やソラはもっと強くなれる。そう確信したね。というか、ヴァネッサも分かってたからあんな条件を出したんじゃないの?」


「半分は確信していた。だが、普通条件を出すならもっと前だろ。私は考える時間を十分にすれば、できると思ったんだ。なのにお前というやつは! しかも、隊長を決めるのも直前だったじゃないか! 何を考えてるんだ!」


「え? バレてたの?」


「AIが全て教えてくれたぞ」


「AIさん。ちょっとそれは勘弁してよ」


「自業自得です」


「お前は教官としての責任感がなさすぎる! 今日という今日は許さんぞ!」


「いや、今日は疲れてるんだ……また今度にしてよ」


「問答無用!」


 その後、2時間に及ぶ説教を受けた。


「ここシンさんの部屋か? すごい悲鳴だな。何してんだ?」


 後に焔がこの部屋を通り過ぎ、部屋に帰宅する最中、なぜシンの悲鳴が聞こえてきたのか、わかる日は来ないのであった。


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