第103話 複製と上書き

「マサさんの能力は相手の技のコピー。一度技を見れば、それを自分のものにし、二度見れば使いこなすと俺は前に総督に話したし、実際にマサさんはそれに似たことをやってのけていた」


「んー……確かにそうだが、少し妙な言い回しだね。似たことか……」


「そう。あれはコピーであってコピー以外の何物でもないんだよ」


「またまためんどくさい言い方だね。こんな夜更けに頭を使わせないでくれよ」


 そう言って、ハクは髪の毛をかき揚げ頭を悩ませる。


「そんなに深く考えなくてもいいよ。そのままの意味で捉えてくれればいいから」


「コピーであってコピー以外の何物でもない……ね。コピー以外の何物でもない……なるほど、そういうことか。つまりは自分がコピーしたものを下回ることも上回ることもできないってことか」


 シンは静かにうなずいた。


「俺はそうだと思ってる」


「確かに……俺の技を盗まれた時も何一つ改善点がなかったからね。だけどまあ、そこまでマサさんの能力について考えたことなかったよ」


「俺もだよ。ただまあ、焔の力について知るにはまずマサさんの力について詳しく知る必要がありそうだったからね。で、ここで焔の一つ目の能力がマサさんのコピー能力と繋がってくる」


「一つ目……ね。俺の推測は外れそうだから、もう普通に説明してくれ」


 ハクは考えるのを諦め、シンに説明を促すように掌を向ける。


「ではでは……一つ目の能力って言うのは反射神経だ」


「ハハ、やっぱり外れた」


 やはり予想は外れていたようで、ハクは苦笑いを浮かべる。


「マサさんは二回程度相手の技を見ただけでいとも簡単にマネして見せる。つまり、マサさんはたったの数回見ただけで相手の動きの全てを理解していたということだ。全てということは、相手の視線、足運び、呼吸、初動から終わりまでの流れ。マサさんはこれらを一瞬で理解するけど、焔はこの初動だけに全てのステータスを振ってるって感じかな」


「……なるほどね。焔のあの反射神経はマサさんのコピー能力の一端を更にとがらせたものってわけね。一つ目の能力は理解できた。問題は二つ目だ。焔もマサさんと同様にコピー能力を持っているんじゃないのか?」


 ハクはシンによって否定された能力について早く説明してほしいのか、急かすように話を振る。


「そうだねー……マサさんの能力がコピー、いわゆる複製だとするなら……焔の能力は上書きだ」


「複製と……上書き……か」


 ハクは興味深そうにシンの言葉を口にした。


「さっきマサさんの能力について話したと思うけど、それを焔に当てはめてみると明らかに別物だと言うのが分かると思う。確かに、焔も相手の技を真似るという点においてはマサさんと同じかもしれない。ただ、それだと焔はマサさんの劣化版になってしまう」


「確かに、マサさんが数回程度で完璧に真似るのに対し、焔は更に時間がかかるだろうね……でも、普通の人と比べるとその成長速度は尋常じゃないと思うんだけど」


「まあ、そこのところはある程度受け継いでるんだろうね。ただ、焔の真価はコピーするところにあるんじゃない。焔の真価は学んだことを自分の技にすることだ」


「……それはコピーとは違うのか?」


「そうだね……例えば、疾兎暗脚。俺が最初に焔に教えた技だ。まあ、教えたと言っても、理論と方法を数日そこら教えただけなんだけどね」


「結果は?」


「実戦じゃ使い物にならない……だけど、こっちが止まった状態だったらそれなりにビックリする程度にはものにできてたよ」


「中々の上達速度だと思うんだけどねー」


「まあ、そこは置いといて。焔の真価はここからだ。ハクたちには焔のあの加速のからくりを説明したよね」


「ああ、確かに聞いたね。疾兎暗脚に似てたけど、焔の完全オリジナル技だって……ちょっと待て……まさか、上書きって言うのは……そういうことか!」


 ハクは当時のシンの言っていた言葉と今説明していた言葉のピースを組合せた。そして、唐突に上書きという言葉の意味を理解した。


「俺はあの時、焔が見せた加速は疾兎暗脚とは少し違って見えた。それは焔が完璧に疾兎暗脚をマスターしていないからだと思ってた。シンは焔が疾兎暗脚ができると言うことを隠すために焔の完全オリジナル技だと嘘をついていたのだと思ってたんだが……まさかあの時言っていたことが全て本当だったとはね。シンから学んだ疾兎暗脚を自分が最も得意とする形に落とし込むこと……これがシンの言うところの上書きってわけか」


「……正解。ま、完全オリジナルって言うのはちょっと言いすぎだ部分はあるけど、あれは俺の疾兎暗脚を自分なりの形で再現したものだ。そして、これの怖いところはまだ発展途上だと言うこと。コピーならコピーした相手の上限が必然的に自分の上限となる。それに対して、焔は自分なりに考えて工夫して技を再現する。そしてドンドンドンドン上書きしていく。これがマサさんと焔の能力の違いだ」


「……なるほどね」


 最後まで説明を聞いたハクは苦笑いを浮かべながら、大きなため息を吐いた。その後、茶をすすりもう一度大きく息を吹く。


「シン……嘘をつくなら、徹底的についてくれよ。真実と嘘をごちゃまぜにしたせいで余計頭を使わされたよ」


「ハハハ! やっぱり慣れないことはしないに限るね」


 そう言って、シンは悪びれる様子もなく笑った。そして、頭を掻きながら困った顔を見せた。


「にしても、ハクにここまで嗅ぎまわられるとはねー……こりゃ、総督にもバレてるっぽいかな」


「あの人は鋭いからね。もうバレてるんじゃないかな」


「説明した後はすぐにレオの方に話題を振ってそれとなく流したつもりなんだけど……やっぱり無理か」


 そして、二人の間にはしばしの沈黙が流れる。シンはもう話は終わったと思い、その場から少し離れようとした時だった。


「シン……こっちはまだ重要なことを聞いてないよ」


「え? 焔の能力についてまだ聞きたいことがあるの? もう全部話したと思うけど……」


「ああ、聞いたね。すごいと思ったよ。マサさん以上とは言えないが、上達スピードがとんでもなく速く、しかも自分のやりやすい形に落とし込み、技の上限を更に跳ね上げる……捉えようによってはマサさんの能力よりもすごいんじゃないかと思うほどに。だからこそだ。なぜ……焔にその能力を自覚させてあげない? なぜもっとたくさんの技を教えてあげなかった? 今までの話を聞いていれば、強くなることは自明の理だ。なのに、お前は……敢えて焔を強くしない道を選んだ……なぜだ?」


 ハクは問い詰めるような口調でシンに答えを求めた。それは本当に知りたかったからなのか、それとも……なにかを確認したかったからなのか……。シンは少しの間固まった。だが、


「いやー、まあ確かに焔の能力はすごいと思うよ、俺も。ただ、そういっぺんに詰め込んだら、焔もパンクしちゃうと思ったんだよ。それに焔には技を覚えるよりも先に実戦に慣れてほしかったからね。あと、リミッターの制御にも集中してほしかったから」


「リミッターの制御ね……普通出来ないと思うけど、これも焔の上書きの能力か」


「そうそう。あと、焔は本当に不器用なんだよ。マサさんはコピーした能力全て臨機応変に使い分けてたけど、焔にそんな芸当は出来ない。だから、あの時は教えないほうがいいかなーと」


 そうやって、焔に本来の能力を教えない理由について笑いながら答えたシンであったが、ハクの目はごまかせなかった。


「シン……本当のことを言え。その答えだと、今教えない理由にはならない」


 飄々とした顔で笑っていたシンであったが、ハクの真剣な眼差しに観念したらしく頭をポリポリ掻いて、少し寂しげな笑みを浮かべた。


「自己で完結した強さを持った人間はいずれ……自分自身で己の身を亡ぼす」


「……」


「それに……焔は良い仲間に恵まれた。だから……このままみんなと一緒に強くなっていけばいいさ」


「……そっか」


 本当の理由を知ったハクは残った茶を一気に飲み込むとおもむろに立ち上がった。


「いやー、こんな遅くにすまなかったね。でも、お前の考えはわかった。これからは焔のことに関して、余計な干渉はしないでおこう。なんせ師はお前なんだからな」


「……助かる」


 その後、ハクは笑顔でシンの部屋を後にした……だが、部屋への帰り道の途中、立ち止まり少し苦い顔を見せた。


「自己で完結した強さを持った人間はいずれ自分自身で己の身を亡ぼす……か。もし、その言葉を本心で言ってるとするなら、シン……お前もいつか……」


 ハクは喉元まで出てきかけた言葉を必死に飲み込み、何もなかったかのように再び歩き始めた。

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