三.不揃いの双子たち
ジーナの背後、開けっ放しの戸口から、やっぱり麻の、全身を覆う黒い服を着た男の子が入ってきた。髪は短く、顔は泥だか油だかで汚れている。
それより目立つのは、眼鏡みたいなものが掛けてるところだ。レンズの代わりに、木の板に溝が刻まれている奴を目の前に固定している。これはあれだ。北極圏の狩人が使っていた、遮光眼鏡っぽい。
「お、目え覚ました!」
あ、可愛い声。女の子だったか。
遮光眼鏡を頭にあげると、人懐っこい目が現れた。ちょっと赤くなってるけど。
その子も身をかがめて、俺の方を覗き込んできた。
「うちはミラルネ・ミランド・クリエンテいうんや。ミーナって呼んでや」
この子が話すのはケルキュラ方言か。俺の脳内では、関西弁に聞こえる。
「あ、ああ」
俺はまた自己紹介したが、一言付け加えないではいられなかった。
「二人とも、訛りがきついな」
二人は顔を見合わせて噴き出した。ジーナが意地の悪い笑顔で、
「アルスこそ、タマルカ訛りがきつかよ! 田舎もんやー」
……まじか。
ミーナは寝不足らしく、赤い目をこすりながら説明してくれた。
彼女は工神ガルヴァ神殿の神装技師見習いだという。
え?神装技師? 記憶を探す。
ええと、神術で動く道具の技術者であり、同時に神職でもある。その道具の一番大きなものが、神装馬や神装鳥だ。他に騎士・戦士が身につける、腕を強化する神装具もある。なにそれかっこいい。
「ジーナを助けてくれて、ほんまありがとうなー」
俺の無事な左手を掴んでぶんぶん振る。
「ジーナも、ほんまに感謝しとるんよ。直るまで付き添う言うて聞かへんかったんや。あんな、食事」「いけん! 余計な事言うたら!」
ジーナが真っ赤になって怒った。
「ホンマの事やんかー」
女の子二人がじゃれ合ってる。可愛い。
そんな事で癒されていたら。
ポト。
頭上から、音がした。
ポト。ポト。
ポト。ポト。ポト。ポト。ポト。ポト。
ザーッ!
窓の外を見ると、薄暗くなった世界が滝のような雨に洗われていた。
「雨や!」
「待っとった!」
二人が部屋を飛び出していった。なんか、服を脱ぎかけていたような気がする。
飛び出していった先が中庭らしい。
二人のはしゃぐ声が聞こえてくる。表からも歓声が。
あー、空島って事は、川だの泉だのが無いんだから、水は貴重だよなあ。多分雨水を甕に貯めたりしてるんだろうけど。
暫くすると雨音は止み、窓の外に陽の光が戻ってきた。二人が共に部屋に戻ってくる。肌着みたいな薄物だけで、布で髪を拭いている。
俺の目は二人に釘付けになった。水を浴びた二人が魅力的だったからじゃない。いや、ある。あるにはある。肌着がちょっと透けてるし。そこは全力で見ないようにして、首から上に視線と意識を集中する。もっと大事な事があった。
ジーナは短いポニテに、ミーナは首の後ろで見えなかったが、それぞれ束ねていた髪を解いていた。ミーナは保護眼鏡も外していた。肌のペインティングも油汚れもきれいに洗い流されて。
そうして談笑している二人は――なんで気が付かなかったんだ――そっくりだった。
「お前らって……」
言いかけた俺に、二人は視線を合わせてにっこりした。
「やっと気づいた?」
「私達」「うちら」
「「双子」」
「なんや」「なんやで」
そこは声を揃えろよ。
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