第53話 ヨルズの戦い②
片腕を破壊された状態で膝をついていた。
眼前には赤い
ライフルはST8というタイプで正規の共和国軍だけでなく、傭兵の
かつて銀影団からの接収品として使ったことがあったが、遠い昔のことのようだ。
俺とフェリスの乗る『ナイン・トゥエルヴ』の装甲でどのくらい耐えられるかは分からない。
最初の1発か2発なら余裕だろう。
しかし、連射されるうちに弾が貫通するのは目に見えている。
思い出す。
あの場所は火器厳禁だから相手の得物はライフルではなかったし、頭部のカメラアイを壊せば決着するのでコックピットなど狙わない。
咄嗟に切り抜けるルートが幾つも頭に浮かぶ。
22戦20勝1敗1分。
そんな自分の戦績は無駄じゃなかった。
ランスを手放して残った右腕で地面を突き、それを軸とする。
アクロバティックに右脚と左脚で『オンスロート』の膝を挟み込んでやった。
この間、ST8の斉射に晒されてコックピットの中に甲高い金属音が響く。
自分の足も手も薬で痛みを誤魔化している。
生身じゃギリギリ歩けるか否かといった最悪のコンディションだ。
けれど泣き言なんて口にできない。
今の俺の手脚は鋼鉄で、血はオイルだ。
軍属の
「倒れろ!」
真ん中のペダルから足の裏を離し、右端のペダルへ。
左はもう使い物にならないから両手で右の操縦桿を倒して捻る。
地面で転がるように回転した『ナイン・トゥエルヴ』は、敵機の脚部を巻き込んでその場で転倒させる。
基本的に
それがシングルサブアームを背中に備えた『オンスロート』ならよりバランスが悪い。
『うおっ!?』
余裕の態度から一変し、敵の驚愕の声が通信機越しに聞こえてくる。
俺は『ナイン・トゥエルヴ』を素早く立ち上がらせ、倒れた敵の背を踏み付ける。
足払いするために右のランスを手放しているし、刺突を受けて左腕は大盾ごと失っていた。
まともな攻撃手段は無い。
かといってマニピュレーターで殴りかかるなんて愚は犯さなかった。
編組合金製のナイフを握ったシングルサブアームを右腕で抱き抱え、そのまま敵機の上に倒れ込んでやる。
関節が稼働限界を超えた第3の腕は耳障りな金属の悲鳴を上げた。
間も無くしてオイルジェルが漏れ出し、力を失ってナイフを落とす。
『痛てて……やるなぁ、ヨルズ君よぉ』
倒れた敵の上に乗っているだけで更なる攻撃は加えられない。
少なくともランスを拾わなければ敵のコックピットを貫くことができなかった。
俺は離脱際に『オンスロート』の膝裏を踏み抜き、落とした得物の方へと走る。
破壊まではいかなくとも大きな衝撃を受けた関節部品はトラブルを起こし易い。
これで少しは動きが鈍ってくれるといいが。
流石に敵も起き上がるのが早い。
しかし、右膝で電素がバチバチと帯電している。
先ほどの踏み抜きが意外と効いたようだ。
「ヨルズ、左腕が……」
「大丈夫。まだ戦える!」
自信を込めた声でフェリスの不安を払拭してやる。
本当なら嘔吐してもおかしくないくらいの衝撃を何度も受けている。
(俺も長く持たない……)
左腕を失った機体の左右のバランスは狂っており、注意しなければランスを振るった瞬間に倒れてしまうだろう。
その補正を頭の中で組み立てて得物を回収し、『オンスロート』へと向き直る。
無骨な直線で構成されているくせに、塗装だけはド派手な赤だ。
距離は近い。
少し踏み込めば攻撃できる。
向こうは射撃武器を2丁持っていた。
離れようとする相手を追うのは得意だ。
散々、『ナイン・タイタン』に乗っていたときにトライしている。
幸いなことにこの機体は……伝説の
操縦系はほぼ同じでありながら、全ての動作がスムーズで力強い。
淀みない動作から突きを繰り出すと、相手は読んでいたかのように回避する。
だらんと垂れた第3の腕はオイル塗れで沈黙していた。
(シングルサブアームは破壊した。サソリの尻尾みたいな奇襲はもう出来ない。それでもまだ接近戦をする気か!)
再び密着状態に持ってきた。
おそらく、こちらが使う『
『ナイン・トゥエルヴ』にも決め手が無いのは事実だが、離れてしまえば撤退という選択肢を与えてしまう。
そう考えている筈だ。
突きを回避し、こちらの引き手を払って体勢を崩す。
コンマ数秒の間に極めて精密な作業をこなしている!
(けどな、同じ技を2回も見せたのは悪手だ)
集中が高まるのを感じる。
回避されたランスにライフルのグリップが叩き付けられた瞬間、俺はマニピュレーターから力を抜いた。
本来であれば『逸らす』ことしか頭になかったのに、『吹っ飛ぶ』ランスを見た敵は一瞬だけ動きを止めた。
困惑が手に取るように伝わってくる。
俺は重量物を放棄した右手で敵の銃身を掴む。
向こうは突っ込む勢いを殺せていない。
そこから腕を引き、重心を崩してやった。
反射的に立て直そうとする『オンスロート』の爪先に荷重がかかり、上体が前のめりになる。
ブレーキが間に合わない2機は勢いよく激突して互いに弾かれた。
その間に宙を待って回転していたランスが地面へ突き刺さるが、そちらへ注意は向けない。
むしろ敵の方が注視してしまっている。
(敵が武器を落とせば、そりゃ気になるよな!)
今度はこちらから接近する。
ここがアリーナならばさぞ盛り上がっただろう。
片腕を失った状態からの徒手空拳だ。
まずは蹴りから入る。
正面からのストンピングを、敵は腕を交差させて受け止めた。
片足の浮いた不安定な体勢を嫌った俺は広がった間を詰め、さらに前へ。
よろめく『オンスロート』も同じく前へ出た。
三度、巨躯と巨躯がぶつかり火花を散らす。
『これじゃ子供の喧嘩だねぇ』
「そうでもないさ」
『さっさと倒れてくれるとありがたいんだけどさぁ』
軽口を聞き流す。
敵はこちらの掴もうとする手をスルリと避け、隙あらばゼロ距離で弾を叩き込もうとしてくる。
その度に体を入れ替え、腕の内側へ潜り込み、俺は殴打を重ねていく。
歴史家やマニアならば悲鳴を上げているだろう。
伝説の
大して通用しないのは分かっている。
肝心なのは位置だ。
ここまでで『オンスロート』の武装やパイロットの傾向は把握できた。
構えるときのスタンスは左足が前で、重心は真っ直ぐ腰の下。
接近戦の回避行動は距離によってダッキングとスウェーを使い分ける。
射撃の腕は一級品で、絶妙にこちらの動きを縛ってきた。
高性能機を非常に技量の高い人間が扱っている。
だから前回は……ただ突っ込んで負けた。
今回は『ナイン・トゥエルヴ』の性能に頼れば、早い段階で相討ちに持っていけたかもしれない。
俺の両親を殺した奴をさっさと地獄へ送れただろう。
けれど、それではダメなのだ。
タンデムシートの前方には姉が座っている。
預けてもらった命は、捨てずに返す。
然るべき場所に帰すのだ。
「フェリス、そろそろ出番だ!」
「分かった!」
ディスプレイのすぐ右手に湖が見える。
誘導はほぼ完了していた。
あとは切り札を使うのみ。
水面に右脚が浸かった刹那、黒い
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