第50話 ミレイの憂鬱⑦
デモの喧騒の中、動き出した『ナイン・トゥエルヴ』に注意を払う者はあまりいなかった。
自治軍が遮っていて、ターミナルの中までは見通せないからである。
最初に反応したのは3機配備されていた『フォージド・コロッサス2』だった。
「くっ…… 隊長殿へ急ぎ報告しろ! 『ナイン・トゥエルヴ』が奪取されたと!」
屈辱的な指示を出し、私はタイミングを伺う。
愛機の青い
脳裏には先程の銀髪の女が浮かんでいた。
何者なのかは知らないが、単身でここまで入り込んでいる。
共和国軍の事務局が爆破テロに遭って以来、厳重な警備が敷かれていた。
建物の近辺は勿論、カラカスへ通じる高速道路には検問が敷かれ、鉄道で輸送される人間や荷物にもチェックが入る。
それはターミナルに在中しているケルベロス部隊も同じで、外から人員が増やされていた。
にも関わらず涼しい顔をして潜入してきたのである。
(もしかして、あのときのパイロットか?)
顔は見ていない。
けれど初回の交戦時に、パブリック通信で声は聞いていた。
性別は女だと思われる。
パイロットがそのまま工作員をしている可能性だってあるが、私には不思議な核心が湧いてきた。
銀髪の女は、間違いなく隊長殿と戦った相手だと。
(どういうシステムかは不明だが、『ナイン・トゥエルヴ』を起動させないロックのようなものが存在していた。あの女はそれを解除して動かした。そこまでは分かるが……)
既に半壊していた『ナイン・タイタン』がゾンビのように動いた現象。
あれがどうしても理解できない。
報告書を提出するときに「夢でも見ていたの?」と隊長殿から笑われるのは御免こうむる。
「いや、余所事を考えている場合じゃないか」
黒い騎士はターミナルに転がしておいた大盾と馬上槍を拾い、自治軍の
お互いに火器は装備していない。
接近戦になれば編組合金製のナイフしか装備していない自治軍側の3機が不利だが、数の利がある。
私が自治軍の指揮官だったなら……1機をバックアップに残し、2機で押さえにかかるだろう。
すぐ近くに民間人が腐るほどいることを考えると、街中に逃げ込まれてしまったら大惨事になる。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
『道を開けろ。街を壊すつもりはない』
覚えがある。あの声だ。やはり、隊長殿と戦ったパイロットと潜入してきた女は同一人物だ。
乗り込んだ銀髪の女が、外向きのスピーカーを通して喋っている。
通信機によるパブリック回線を使わないのは、出遅れた共和国軍にも向けての警告も含んでいるのか?
だが自治軍側は応じる気がないらしい。
ジリジリと『ナイン・トゥエルヴ』との距離を詰めている。
そして……1機が地面を揺らし、突撃していく。
姿勢を低く、下から突き上げるように編組合金製のナイフでコックピットを狙った。
あんなものは大盾で防がれて終わりだろう。
狙っているのはおそらく次の一手だ。
僅かな時間差で2機目が動き出し、スライドするように横へと回り込む。
連携ができている。1機は動かずにその場に残った。
私が頭の中でシミュレーションしたのと同じ動きをしている。
ただし、敵は伝説である。
(私の『ストロングホールド』の近くで戦うな! 離れろ!)
乗り込むタイミングが無いまま、私は固唾を呑む。
ここで自治軍に『ナイン・トゥエルヴ』を押さえられてしまった場合、即座に私の手で取り返さなければならない。
逆に『ナイン・トゥエルヴ』がこの場を突破してしまった場合、私はそれを追わなければならない。
どのみち、内臓を押し上げられるようなプレッシャーが待っている。
いっそ相打ちしてくれれば楽なのに。
つまらない祈りなど吹き飛ばし、巨躯と巨躯がぶつかって轟音が響く。
鼓膜が破れるかと思うほどの金属音に顔をしかめ、私は目を半分閉じて奴らを見据えた。
そこから数秒ズレて、1機目の『フォージド・コロッサス2』が崩れ落ちる。
何が起こったのか分からず混乱していると、私の後ろに
黒い騎士はいとも容易く、槍の一突きで頭部を切り落としたのである。
2機目の『フォージド・コロッサス2』も状況を把握できていなかったのだろう。
予想よりも遥かに早く向きを変えた『ナイン・トゥエルヴ』を前に狼狽しているようだった。
獲物のリーチを呪う暇があったのかは分からない。
破れかぶれで振るった編組合金製のナイフは宙を切り、大勢が前のめりになったところへ大盾の先端が突き刺さる。
単純な重量物にコックピットハッチを潰され、2機目も動きが止まった。
3機目が戦意喪失したのは空気で伝わってきた。
それでも任務遂行の意志が勝ったのか、あらためて1対1で飛びかかる。
アッサリとあしらわれ、脚部を槍で突かれて決着するまで1分とかからない。
(動きにまるで無駄がない)
洗練されている。
私は、トリッキーな動きをみせたヨルズ・レイ・ノーランドの
奴が奇襲性を重視した戦法だとすると、こいつはひとつひとつの判断や動作を極限まで緻密にした戦法だと感じる。
そもそも、動く
ボクシングではあるまいし、近接格闘であってももっと大雑把に狙うのがセオリーである。
シリンダーとオイルジェルで駆動する機械は人間ほど運動精度が高くない。
パイロットが操縦桿を引き、ペダルを踏み込む。その信号で制御されているのだからたかが知れている。
それなのにこいつは……『ナイン・トゥエルヴ』は、人間がそのまま動いているような精密動作をしている。
得体の知れない恐怖に鳥肌が立った。
『そこに隠れている、赤髪の女』
勘付かれている。私のことだ。
銀髪の女に呼びかけられ、冷や汗が出る。
人間が生身で
私は、共和国軍のために命を捨てるなど馬鹿らしいと思っている。
だから両手を上げてゆっくりと物陰から出た。
赤い十字輝のカメラアイが、こちらを見下ろしている。
とうに滅びた帝国の亡霊め。
『この赤い
忌まわしい亡霊は槍を振り上げ、私の『ストロングホールド』のコックピットへと突き刺す。
ハッチに穴が開き、装甲の破片が砕け散る。
あれでは操縦系が全てダメになっただろう。
修理は1日や2日で終わるものではない。
ようやく、銀髪の女の意図が分かった。
こいつは隊長殿と決闘するつもりである。
私に邪魔されないように『ストロングホールド』をわざわざ破壊したのだ。
理由は知らないが、なんとバカバカしいのだろう。
無傷のまま『オンスロート』を残したのだから。
湧き出てきた感情は怒りだ。
こんな舐めた真似をする奴に振り回されている。
私が肩を震わせている間に、『ナイン・トゥエルヴ』は線路に沿って西へと進んでいく。
レールを潰し、架線と電柱を薙ぎ倒し、カラカスの街中からは無数の悲鳴が上がる。
確かに線路の上を逃走すれば人死は出ないだろう。
(完全に舐められている!)
私は……いっそ『オンスロート』を駆ってやろうかと考えた。
『ストロングホールド』の兄弟機だから操縦系は殆ど同じで、差異はシングルサブアームの存在だけだろう。
完全に冷静さを欠いていた。
走り出そうとした私を引き止めたのは聞き慣れた呑気な声である。
「いやぁ、ご招待されちゃったねぇ」
慌てて振り向くと、ランニング姿の中年男が困ったように首を傾げていた。
我らがケルベロス部隊の隊長殿である。
「聞いていたのですか?」
「うん。バッチリとねぇ。それに『フォージド・コロッサス2』が全滅するトコも見てたよぉ」
こんなときまでマイペースなのは褒めるべきだろうか。
頭に血が登っている私よりも兵士としては優れていることに間違い無さそうだが。
「ちょっと行ってくるねぇ」
「上からの出撃命令が出ていません!」
嫌な予感がして、私は隊長殿を止めようとした。
咄嗟に正論が出てきたことに彼は驚いた様子である。
「ここで追わないと共和国軍は『ナイン・トゥエルヴ』を失っちゃうよぉ」
「湖の畔で待ち伏せされている可能性があります」
「それはナイかなぁ。ただ逃げるだけなら『オンスロート』も破壊しておくでしょ?」
「それはそうですが……」
「あの機体は電素探知機に反応しないから、目視で見失ったらおしまいさ。それにカラカスの自治軍が動き出して、持ち去られてしまうことも考えられるし~」
「つまりは、隊長殿は現場判断で出撃しなければならないと?」
「そういうこと」
ヒラヒラと手を振って、私に背中を向ける。
機体の整備は行き届いているが、前回のように
隊長殿は、あんな化物と一騎打ちするつもりだ。
「せめて増援が到着するまで待って下さい」
「いやいや、この街にいる共和国軍の戦力ってケルベロス部隊だけじゃない~? まさか自治軍に要請なんてできないし、窓口通すだけで30分なんてあっという間だよぉ」
「ならば!」
私の言葉では止められないだろう。
だから……せめて……その背中を守れないのなら。
「どうか、ご武運を!!」
「あいよ。嬉しいねぇ、優しい部下がいてくれて」
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