第39話 ミレイの憂鬱④
出撃直前に共和国軍・カラカス事務局の局長殿から、たまたま近くにいた貴族の子供に
怒り心頭のそいつは責任者を出せと喚いているらしい。
おかげでパイロットを務めていた隊長殿が呼び出しをくらった。
もともとケルベロス部隊は間借りしているだけで、カラカス事務局とは指揮系統が違うし関係も無い。
むしろ、まともな軍備を持たずに加勢も期待できない事務局の連中に協力する気など起きなかった。
彼らの役割はカラカス自治防衛部隊との連絡が主であって、戦闘ではない。
だから隊長殿も私も「知ったことではない。そちらで善処してくれ」と返しておいた。
最優先事項は『コード912』である。優先して補給を受けられたものの増援は無かった。
戦力を逐次送り込むのは阿呆のすることだがそういう命令が出ている以上、私たちは従うしかない。
些細なクレームに付き合っている時間など無いのだ。
(軍の上の連中が『ナイン・トゥエルヴ』の件を真剣に考えているのか疑わしくなってくる。あまりに場当たり的だ)
あるいは、何らかの意図があるのか。
まさかとは思うが真偽以上の性能をケルベロス部隊に確かめさせようとしているのではないだろうか。
共和国が統治しきれない混乱の時代だ。
戦争の一線から
共和国軍は
破壊命令ではあるものの、本音は『ナイン・トゥエルヴ』を鹵獲してリバースエンジニアリングしたいのだろう。
あの謎だらけの史上最強(眉唾モノの評価だが)の機体を解析すれば、何らかの技術革新があるかもしれない。
だが、皇帝を逃してしまったという戦争の汚点を思い出してしまい、プライドがそれを許さなかったに違いない。
(いや、憶測も無い物ねだりは愚かしい)
輸送用の車輌は新たに用意し(正確にはカラカス自治防衛部隊から貸与されたものだ)、電素列車に積み込まれた『オンスロート』と『ストロングホールド』の2機は起動状態のまま待機している。
列車の接近を感知されれば、先に『ナイン・トゥエルヴ』が仕掛けてきてもおかしくはないのだ。
出発時点では偵察兵から「動きなし」と連絡を受けている。
このまま狙撃予定ポイントの近くまで移動し、その後は電素列車から
隊長殿の『オンスロート』が仕留めるのだが、万が一の場合を考えて私の『ストロングホールド』も護衛機として同行している。
ブリーフィングを受けて、何度も作戦を頭の中で繰り返す。落ち度は無い。
これまでの訓練も十分に積んでいる。
先の戦闘ではアリーナ仕様の『ナイン・タイタン』にしてやられたが、今回で汚名を雪ぐ。
そのせいだろう。
ふと、捕らえたパイロットのことが気になった。
(ヨルズ・レイ・ノーランドか。過去に孤児院で会ったことがある)
私は……ミレイ・ジル・ノーランドは到着までの束の間で余所事を考えることにした。
ベルトで腰と肩をホールドされ、座席に押し付けられた姿勢で屈折水晶のディスプレイへ目を遣る。
こちらと同じポーズで真っ赤な機械巨人が腰を落としていた。
(戦闘技術を仕込まれた卒院性で間違いない。専攻は
私がノーランド孤児院を出たのは12歳の時だ。もう17年近く前になる。
ほんの僅かな期間ではあるが、子供の頃のヨルズを見たことがあった。
同時に忌まわしい院長の顔が浮かんでしまったので、頭を振って消し去っておく。
あの老女は身寄りのない子供を寄り集めては反政府思想を持つ兵士に仕立て上げる『リノの魔女』だ。
しかし、一応は命の恩人でもあるので刃を向けるような真似はしていない。
根に持つ性格の人だから、私が軍に存在を密告でもすれば必ず報復してくるだろう。それは避けたい。
どういうわけかこれまで数十年に渡って、院長は国家に仇なす行為をしてきたのに追われる身にすらなってなかった。
余程、手厚く匿われているのだろうか。
(傭兵として売り払われた先で水が合わずに逃げ出し、よりにもよって共和国軍に入ってしまった私のような出来損ないの院生もいるからね)
院長がこちらを野放しにしてくれるのなら敢えて干渉するつもりも無い。
それなのに心がざわつく。
(いい歳をして嫉妬とは我ながら情けないわね……)
私も
華やかなアリーナとは縁遠い。
一介の傭兵として戦ってきて、実績も無ければ称賛されることも無かった。
それに嫌気が差して軍に入ったはいいが、私を手篭めにしようとしたクズ上官を撃ち殺している。
死罪を免れるための取引として汚れ仕事を押し付けられるようになり、今はケルベロス部隊の一員だ。
大した転落人生に自重してしまう。
『ミレイちゃん、あんまり張り詰めていてもお仕事にならないよ?』
隊長殿からプライベート回線で通信が入ってくる。
右の壁面に埋め込まれたコントローラのつまみを捻り、少しボリュームを上げた。
「隊長殿が一撃で『ナイン・トゥエルヴ』を仕留めてくだされば、私のコンディションなんて関係ないまま終わりますよ」
『プレッシャーだなぁ。おじさん、手が震えちゃうよ』
本当に不可視の力場を形成する敵だったとして、隊長殿の指摘通り起動前であれば楽に倒せるだろう。
「気を遣っているのではなく、ご自身が緊張しているのでしょう?」
『やっぱ鋭いねぇ、ミレイちゃん』
「……何年、あなたに付き合っているとお思いですか。それに最初、私のメンタルを言い当ててきたのはそちらですよ」
5年もこの人の下で働いているのだ。
それに一緒に飲みに行く程度には仲が良い。
私が『上官殺し』だと最初から知っていながら馴れ馴れしいのだ。
『ミレイちゃんはポーカーフェイス苦手だよね。ヨルズ君と会ってからなんだかピリピリしてるからさぁ。本当に何も知らない?』
「知り合いではありませんよ。ただの同郷です」
『もしかしてミレイちゃんもヨルズ村出身なの?』
「なんですか、その変な名前の村は。私はジュネイロの出身です。親に捨てられた後で拾われたのがノーランド孤児院というだけですよ」
『つまりは、たまたま同じ孤児院にいたことがあるってワケね。それならいいんだけど』
「?」
妙な引っ掛かりを感じる。通信機の向こうにいる隊長殿が一瞬、殺気立ったように思える。
そういえばヨルズ村の出身者を物騒だとも言っていた。
しばしの間、気まずくなって会話は途切れた。
(こんなところで余計な緊張をしてどうするのよ)
伝説の
むしろ余所事で筋肉が硬直するような事態は避けたかった。
赤い
だからか、音声オンリーで顔が見えないのをいいことに余計なことを喋ってしまう。
「今度は真偽の確認ではなく、破壊命令ですよね」
『ん? そうだね。最初とはベクトルが違うねぇ』
「死ぬかもしれませんよ」
『今更だよぉ。そんな些細なことに構っていられないって』
「隊長殿の背中でも正面でも『ストロングホールド』の盾は、黒い悪魔を通したりはしませんから」
『おっ?』
初撃で仕留められなかったとして、2機のコンビネーションがあれば十分に戦える。
それだけの修練は積んできた。
隊長殿に拾ってもらったおかげで、上官殺しのクズとして死ぬよりもずっとマシな人生を過ごしている。
出世も何もあったものではないが食っていけるのだから文句は言うまい。
『急にどうしたのよ、ミレイちゃん』
明らかに、呆れた様子である。
私は紅潮していく頬を自分の手のひらで冷やし、なんてバカなことを言ってしまったのだと後悔した。
しばらくして隊長殿が声をあげて笑う。
『嬉しいこと言ってくれるねぇ。おじさん涙が出てきちゃったよ』
「忘れてください。速やかに忘れてください」
『一生の思い出にするから大丈夫』
「ホントやめてください!」
結局、私の懇願は届かなかったらしい。
これから一生、ネタにされるのかと思うと気が重かった。
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