第30話 ミレイの憂鬱②

「ターゲットは未起動。護衛と思われる『ナイン・タイタン』のみこちらへ向かってきます」

『う〜ん、アテが外れちゃったかな?』


 右手・左手・背面手と、3丁ものMTC(携帯式対拠点用ロケット弾発射機)を構えた隊長殿の『オンスロート』は間の抜けた声とは裏腹に射撃を続ける。

 背中にシングルサブアームを備えた真紅の機械巨人ギアハルクは元来、こういう使い方をするためのものではない。


 3本目の腕を取り付けているのには別の理由がある。

 そもそも腕が増えるというのは操縦が複雑になるし、機体のバランスを保つのすら難しくなるのだ。

 今はメリットを活かせていない状況である。


(隊長殿が器用なのは分かるが……)


 だいたい、1丁で狙いをつけるような武器を3つも持って何をやっているのやら……

 私は自機である『ストロングホールド』のコックピットから敵影を捉えている。

 過去の情報を信じるならば『ナイン・トゥエルヴ』は電素探知機に引っかからない。


 目視するしかないという圧倒的な面倒臭さに、私は頭を痛めた。

 物資を運搬してきた電素列車からは十分に離れた位置に陣取り、武器コンテナを背にしている。

 このポジショニングならばトレーラーに積まれた『ナイン・トゥエルヴ』が動き出してもすぐに気付けるだろう。


(民間人のいる宿場町に砲撃して機械巨人ギアハルクだけを誘き寄せるだなんて、正気じゃない)


 逃走したなら逃走したで追撃プランもあったが、反撃してきてくれる方が遥かに楽だった。

 しかし、非戦闘員に死傷者が出るのはいつまで経っても心が痛む。

 痛むだけで、今夜もグッスリ寝て明日は何の差し支えもなくトーストをかじって朝食を摂るだろう。

 隊長殿も、私もだ。


(そんなことは分かっている)


 私たちケルベロス部隊の立場がどんなものか。

 それにしたって汚れ仕事の度がすぎる。

 共和国軍の所属を示すマークは機体にも、私が着ているジャケットにも、持ち込んだ武器コンテナにも入っていない。

 今の私と隊長殿は野盗とか傭兵とか、そういった立場の人間になりすましていた。

 こんな詭弁のような誤魔化しを強要されることには強いストレスがある。


『ミレイちゃん、あの敵機どう思う?』

「カスタムされているようですが所詮は『ナイン・タイタン』に過ぎません」

『もしかして感じない?』

「また下品なジョークですか」

『違う違う。あいつ、すごいなんだけど』

「オーラが視えるとか、気配が分かるとか、そういうアレですね。生憎とその手のオカルトには明るくないので」

『いやぁ……それならそれでいいんだ。アレが視えないなら』


 随分と勿体ぶった言い方である。

 機士という人種はこの手の表現をする奴が多い。相手が強いと大きく見えるという思い込みに似ている。

 隊長殿のナーバスな面も知っているが、今回は違うようだ。


『まるで悪魔だ』

「神も悪魔も、この世にはいませんよ」

『クールでいいねぇ。好きだよ、そういうの』


 珍しく声のトーンから緊張が伝わってくる。

 からかい半分の中にもベクトルの違う感情が混じっているに違いない。


『各個撃破が基本なんだけど、囮の可能性が高いね。ミレイちゃんはターゲットの方に集中しておいてくれ。こいつはコッチで処理するから』

「了解」


 指示を出すなり左手と背面手のMTCを捨てた。

 隊長殿の『オンスロート』は大味な攻撃をやめて、一本で狙いを絞る。

 拠点用のロケット弾は直撃すれば機械巨人ギアハルクに十分なダメージを与えられるのだ。

 遮蔽物のない平地を走ってくる敵など、七面鳥撃ちに等しい。

 難点を言えばライフル系よりも弾速が遅いことだが……


(どのみち『ナイン・タイタン』程度の装甲では1発で沈む)


 基本設計が50年以上も前の機械巨人だ。いくら改造を施しても限度がある。

 だが放たれたMTCのロケット弾を目の当たりにしても、敵の『ナイン・タイタン』は怯まない。


 それどころか正面から弾頭へ向かっていく。

 私の目には自殺志願者にしか見えなかった。

 しかし次の瞬間、が私の精神を貫く。


(えっ?)


 ジャケットの袖の下で皮膚が粟立った。隊長殿のボヤいていた殺意が何なのかを肌で感じてしまう。

 敵の『ナイン・タイタン』はロケット弾が直撃する瞬間にその場でクルリと横に回転し、前へ突進する勢いを殆ど殺さずに攻撃を回避してみせた。

 機体のはるか遠くで着弾して爆風が巻き起こるが、敵に届くはずも無い。

 魔法でも見ているのかと思って目を擦ってしまう。


 避けるか?

 いや、避けられるのか?

 そんな風にロケット弾を?

 タイミングひとつ間違えば直撃なのに?


 隊長殿の『オンスロート』はMTCを全て捨てる。

 もともと砲撃戦をメインに想定したタイプの機械巨人ギアハルクだから接近戦は不得手だ。それを承知して後ろへ下がっていく。


(弾切れ!)


 私は慌てて援護に入る。

 この『ストロングホールド』は『オンスロート』との連携を前提に設計されていた。

 遠距離攻撃用の機械巨人ギアハルクを、接近戦の防御に特化した機械巨人ギアハルクが護衛するというチーム思想である。それもアニヒレイターの前では古臭くて唾棄されるものではあったが、あてがわれた戦力を使うしかない立場だから文句は言うまい。


 離れた位置から前進用のペダルが床に付くまで踏み込み、左右の操縦桿を中立位置から前へと押し出した。

 青い巨躯を唸らせた『ストロングホールド』は両腕の殴打補助装甲を突き出しながら駆ける。


 ようは分割式の巨大な盾で、体積力率に優れた躯体があって初めて実行可能な戦法だ。

 勿論、重いものを振り回すのだからバランス感覚に注意を払わないとコケてしまう。


『ミレイちゃん!』


 隊長殿の声は1度、外に置いておく。

 敵は走りながら手にしたライフルを構えている。姿勢を固定しなければどうせ当たりはしない。

 もっとも、ST8程度の威力では何千発撃とうとこちらの防御を抜くことはできないだろう。


 私の『ストロングホールド』の右腕と左腕を胸部の前で合わせると殴打補助装甲は1枚の巨大な盾となった。

 隊長殿への射線は完全に遮っている。

 敵の弾丸がぶつかる無数の音がしたが、当然のようにビクともしない。


 前方の視界が塞がることはネックだったが火力を通すために相手は側面へ回り込まなければならなかった。その動きも当然のように読めている。

 読めている筈だったのに。


 屈折水晶のディスプレイが突然、


 太陽の光が何かに遮られたのである。機体のカメラを上に向けると、自分の口から間抜けな声が漏れた。

 跳躍した『ナイン・タイタン』が、私の頭上を飛び越えたのである。


「そんなバカな!」


 これでも機士きしとして食っている。

 だから最新の(といっても基本設計は10年も前だが)機械巨人ギアハルクまで運動性を把握しているつもりだった。

 例えば『フォージド・コロッサス3』であれば助走をつけて10メートル程度の高さまでジャンプすることができる。これは外装の軽量化とシリンダーの高効率化と電素制御の賜物だ。


 しかし、戦前の帝国機が……その倍以上の高さを跳べる筈なんて無い!

 呆気にとられていると『ナイン・タイタン』は膝を深く沈めて着地し、右手首を肩越しにこちらへ向けてくる。手にはST8が握られたままだ。


「しまった……!」


 こちらを振り向かず、銃身だけを向けてきた。ノールックで放たれた弾丸は『ストロングホールド』の背面に直撃する。

 そこは盾もなく、代わりにスリットとその下の熱交換器がある場所だ。

 排熱機構を壊された私の機体は一気にオイルジェルの温度が上昇していく。


 この状態で許されたアクションは限られていて、もし交戦でもしようものならあっという間に油温が上がって電素による制御ができなくなる。

 両腕から圧が抜けて殴打補助装甲ごと垂れ下がると、『ストロングホールド』の前方には1本の槍が突き刺さっていた。


『何が起こったのか分からなかったと思うから解説してあげるけど』


 隊長殿からの投げやりな通信はいつものこと。しかし、そこに滲む感情は驚嘆に満ちていた。


『そいつさ、自分の槍で棒高跳びみたいにジャンプしやがった』


 有り得ない。そんな動き、出来るわけがない。

 否定の言葉が次々と並ぶ中で、頭の上を飛び越えられたという事実は揺るぎそうになかった。


『いやぁ、面白い。おじさん久々に興奮しちゃったよ』


 あとの私は諦観するしかなかった。

 隊長殿の『オンスロート』は武器コンテナまで下がって、ST8を手に取った。

 ハンガーが連なる内部の面には他にも何種類かライフルが吊り下げられている。

 便利な箱の中から最もオーソドックスなものを選んだのには理由があろうのだろう。


 一方の『ナイン・タイタン』は弾切れを起こしたライフルを投げ捨てた。

 敵は間髪入れず腰に保持していた2丁目へと手を伸ばして反対側の腕でシールドを突き出す。防御している箇所はコックピットだけ。


 全く同じ武器だが隊長殿は盾を持っていない。

 ここで私の『ストロングホールド』が動けば……一瞬だけで構わない。どうせすぐオーバーヒートするのだ。

 それでも敵の注意がこちらへ向けば隊長殿の優位は確実なものになる。

 ボーッと見ているより何万倍もマシだ。


『おっと、ミレイちゃんは手を出さないようにね』

「しかし……!」

『迂闊に近寄ると刺されちゃうよ』


 戯けた中に強い警告を混じえている。

 私は上官の言うことに従った。

 その間にも敵機は射撃を開始する。走りながらでは命中率が劇的に下がると分かっているだろうに。


 『オンスロート』はその場に留まっているから正確な射撃が可能である。

 撃ち合いが始まって数秒でその差が顕著に現れた。

 緑色のペイントがみるみるうちに剥げて、銀色の地金を晒したのは『ナイン・タイタン』の方である。

 防護すべきシリンダーにも穴が空いたようで赤黒いオイルジェルが吹き出していた。


 あのパイロットは腕は立つが頭は弱いのか?

 満身創痍になってもなお、止まらなかった。

 ライフルを持った右手は下がり、完全に制御を失っている。

 一方的な攻撃に晒されてなお何故、前へ進むのか。


(死ぬのが怖くない?)


 その手の意気込みを持った輩は多い。

 多いが、怖いだけで強くは無かった。

 真正面から撃ち合うという愚を犯した代価を今まさに払っているではないか。


 オイルリークした機械巨人ギアハルクなど放っておけば動けなくなるのだ。

 モジュール設計故にパイロットの任意で手脚を切り離して『止血』することも可能だが、この状況でそれを行えば機動力も火力もさらに半減する。

 脚の回路を切断すればロケット弾を回避したような神業はできないし、腕の回路を切断すれば銃は撃てない。


 それが分かっていて隊長殿は丁寧に下がりながらST8での攻撃を当てていく。

 気圧された様子などなく、どこまでもクレバーである。

 敵の『ナイン・タイタン』はバチバチと電素が漏れ出していった。

 それでも執念深く歩を進め、『オンスロート』の眼前まで迫る。


『いいガッツだねぇ』


 呆れたような、嘲るような、あるいは両方を含んだ声音だった。

 隊長殿はほぼゼロ距離で『ナイン・タイタン』の四肢を撃ち抜く。

 最後にトドメと言わんばかりに腰の辺りを蹴り飛ばしてやると、敵機は仰向けになって倒れた。


 地面へオイル溜まりが広がるとついには動きを止める。

 安堵のあまり私は脱力してしまう。

 こちらも冷却機構を壊されているので派手には動けない。しかし帰投くらいはできる筈だ。


『あ〜…… ミレイちゃん、ゴメン。ホッとしているのは分かるんだけど本命が来ちゃったよ』

「本命?」


 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 それくらいのインパクトがこの『ナイン・タイタン』にはある。

 しかし、私たちケルベロス部隊のターゲットはこいつではない。

 目を離している間に奴は動き出していた。


『これは当たりっぽいなぁ。電素探知機に引っかからないや』


 呑気な隊長殿の台詞でようやく自分の失態に気付く。

 弾切れのカバーに入ることで頭がいっぱいになって『ナイン・トゥエルヴ』から目を離してしまったのだ。


 漆黒の躯体に、真っ赤な十字輝のカメラアイ。

 右手には長大なランス、左手には重厚なシールド。


『伝説のお出ましだ』


 ナイン・トゥエルヴ・ブラックナイトモデル。

 帝国最後の機械巨人ギアハルクが、私たちの元へ向かってきた。

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