第25話 ヨルズの物語⑫

 街と街の中間地点には宿場がある。

 途中途中を繋ぐ自動車用の道路は品質がまばらで舗装されている場合もあれば、未舗装路の場合もあった。


 共和国の運輸政策で一時期はアスファルトで固めた道がどこまでも伸びていたのだが、結局は維持費の問題で地方自治体へ管理権限が丸投げされ、半ば放置されている。


 つまり『無いよりはマシ』程度のインフラに成り下がっていた。

 なお、鉄道網は要所をしっかりと整備しているのでそちらの方が安全である。

 今、俺が居るのは運送の要であるトラックのドライバーたちが休憩して食事を摂る場所だ。


 粗末な小屋のようなものもあれば、ちょっとした歓楽街のように派手なネオンを煌めかせる場所もあってランクは様々。

 女の子を2人も連れているので、気まずくならないように後者のような宿場に寄った。


 寂れていて人が少ない施設である。地味な看板を暖色の灯りが照らし、立ち寄っているクルマも数台だけ。

 機械巨人ギアハルクのような大物を運搬しているのは俺たちしかいない。

 レストランは既に閉まっていて、宿泊できる建物も3箇所のみだ。

 仕方ないので今夜も缶詰食で済ませている。

 もともとは電素列車が通っていたらしく、線路が敷かれていたが駅舎はどこにも見当たらなかった。

 廃線にでもなったのだろうか?


(ま、娼館がズラッと並んでいるようなトコに寝泊まりするよりはいいけど)


 女性陣への配慮が逆効果になった可能性もある。

 ただただ不便だった。

 アルベルトとの決闘を終え、帰還を始めてから1日目の夜のこと。


 機械巨人ギアハルク輸送用のトレーラーのキャパシティを限界まで使って、俺はレンタル品の『ナイン・タイタン』とラインヒルデの『ナイン・トゥエルヴ』を積み込んだ。お互いに抱き合うような格好となった機械巨人ギアハルクの見てくれは悪い。


 だがどちらか片方でもモルビディオ廃坑に放置するわけにはいかなった。

 登録番号のない『ナイン・トゥエルヴ』をリノの街に運び込むためには検問を通る必要がある。

 役人は機械巨人ギアハルクそのものに興味に無い。書類さえ揃っていればどうとでもなる。

 そのために、俺は宿場からテンガナ・ファクトリーに電話をかけていた。

 受話器は耳に当てず、少し話しておく。向こうにいる相手が五月蝿うるさいからだ。


『信じられるわけないだろ!』


 頼れるメカニックこと、メッサーである。電話の向こうで、ただでさえ厳つい顔をさらに険しくしているのが目に浮かんだ。

 事前にラインヒルデに相談して、どこまで話して良いかを確認してある。

 彼女曰く「判断は任せる」とのこと。

 俺はとりあえず最低限の内容だけを伝えることにした。


「本当だって。廃坑の奥で見つけたんだ」

『そんなバカな話、絶対に信じないぞ。いいか? ナイン・トゥエルヴってのは50年以上も前に1機だけ製造されたんだ。現存しているわけがないし、そもそもそんな古い機械巨人がメンテナンスも無しに動くわけないだろ!』

「整備の履歴云々については俺も分からん。だが稼動する状態で見つけた。実物を見ればお前も納得するよ」

『だから登録番号を偽装しろってか? 書類屋を懐柔するのに幾らかかると思っているんだ?』

「いざとなったら売っ払うよ。欲しがるコレクターはごまんといるだろ」


 持ち主が許可をくれるとは思えないが、この場ではそう告げておく。

 でないと話が進まない。

 メッサーに書類を偽造してもらい、ただの拾得物としてリノの街に運び入れるというプランは悪くないはずだ。


 ヤツの言う通り、誰も本物だなんて信じないだろう。

 型式番号さえ既存の機械巨人ギアハルクと同じにしておけば、それをもとに造ったレプリカとして扱われる。


『……本物だと証明できなきゃ部品取りにしかならねぇぞ』

「それが困ってるんだよ。製造番号を示したプレートも無いし、機体データそのものが存在しない。ざっと調べた感じじゃ『ナイン・タイタン』をベースにした改造機だ。客觀的に本物だと調べる方法が無い」

『おいおい、大丈夫なのかそれは……本格的に部品取り以外の用途が思い浮かばないぜ?』

「メッサー、お前のアイデアで何とかならないか?」


 これは勿論、ジョークだった。

 本物だと証明されてしまうと困るのは俺の方だ。よく出来た偽物と認識されているのがベストである。

 多分、実物を目の当たりにすればメッサーを誤魔化すことはできない。そのときは別の口封じの手段を考える必要が出てくる。物騒な意味ではなく、金を渡すとかそういう感じだ。

 だが今はそれよりも前の段階を心配すべきだろう。


『本物かどうか確かめたいなら、殲滅光砲アニヒレーターに突っ込ませるのはどうだ?』


 唐突なアイデアに絶句する。よくもまぁ、そんなことを思いつくものだ。

 少しだけメッサーの頭脳に感心してしまう。


『戦争の最終局面、帝都包囲戦で10,000の軍勢を相手にたった1機で脱出した機械巨人ギアハルクだからな。どういう理屈かは分からないが、光電子砲が全く効かないか、あるいは光すら回避できるかのどちらかだ』

「大したモンだ。流石の俺でもそれは思い付かなかったよ。でも殲滅光砲アニヒレーターは完全に軍事用途だろ? 持っているのは共和国軍だけだ」

『ま、軍にケンカ売る阿呆はいないよな』

「それは置いておく。書類の件、どうか頼むよ」

『……仕方ねぇな。この先もまだまだお前から金を搾り取らないと、俺の給料も上がらねぇからな』

「もう少しオブラートに包めよ。どうせ、帰ったら全バラ整備を依頼するつもりなんだ」

『まさか、添加剤使っちまったのか?』

「アルベルトの奴が絡んできてさ」


 報告がてら銀影団と貴族のお坊ちゃんの話をしてやると、大いにウケた。

 気の置けない間柄だから内容は特盛にしてやる。

 然りげ無く行き届いた整備のことも褒めて、俺は何とかメッサーに書類の作成の依頼を受けさせた。


 完成は5日後。

 リノの街から離れた場所で合流して、受け取る約束を取り付ける。


「あまりサービス産業ばかりするなよ?」

『気持ち悪い心配するなよ。今の時間は、俺が勝手に引き受けた個人的な依頼を勝手に工場の設備使ってやってるだけさ』

「解雇されても知らないぞ」


 笑い飛ばして電話を切る。

 受話器を置くと辺りには静けさが戻った。

 レストランの通話スペースに設けられた一角にはいつのまにか、見覚えのない男が2人いる。


 既に営業を終えているため、電話の上の裸電球しか灯りは無い。

 照明のせいか相手は迫力があるように見える。

 体格は俺よりも大きく、片方は刈り上げていて、片方は燻んだ金髪だ。容姿はイケメンから程遠い。

 どうにもフレンドリーな様子ではないし、ニヤついた顔からは嫌な雰囲気しか漂ってこない。


「電話が空くの待ってた? 長くて悪かったな」


 ヒラヒラと手を振って2人の間を抜けようとすると、肩を掴んで止められる。

 これはマズイ予感がした。

 有りっ丈の敵意と共に、鼻の前に拳銃が突き付けられる。刈り上げの方がグリップを握っていた。

 金髪の方は肩を掴んだまま離してくれない。


「安全装置は?」

「外してある」


 トリガーに指をかけてもいない。

 俺の親切心が無駄になったようだ。ここはなるべく、穏便に済ますべきだろう。

 両手を挙げた俺は溜息を漏らしてから正直に告げる。


「手持ちの金なんて大した額じゃないぞ」

「外の機械巨人ギアハルク、お前のだろ? トレーラーのイグニッションキーごと渡しな」

「俺のものじゃなくてレンタル品と、他人の持ち物だよ。それに持ち出したところで登録済みの機体だ。すぐに足がつくぞ」

「バラして部品単位で売れば問題ねぇよ。そのスジの買い手に心当たりはある」


 なるほど、初犯ではないか。

 機械巨人ギアハルクはそのものが高価だし、部品だって値段がつく。

 賑わっている宿場の方がこういったトラブルは逆に少ないものだが今回は素直に失敗だった。


(我ながら情けない。打開方法は任せっきりだ)


 あとは時間稼ぎさえしておけばクリアだ。

 スモールトークは苦手だったが仕方あるまい。


「思ったよりもずっと早かった。悪いことは言わないからやめておけ。機械巨人ギアハルクなんて盗んだってロクなことにならない」

「黙ってキーを渡せ。脳天ブチ抜くぞ」

「もう1度だけ警告する。やめておけ。五体満足でこの建物から出られなくなるぞ」

「何を言って……」

「破ッ!」


 ゴロツキどもには稲妻が走ったようにしか見えなかっただろう。

 それくらいのスピードで滑らかな金髪を揺らし、エプロンドレスの女性が駆ける。

 気付かれないように接近した状態からの急加速……それも助走すら付けず瞬時にトップスピードに達したフェリスは低い姿勢で俺の背後から刈り上げの方へと飛び掛った。

 突き出した右の掌で相手の顎を下から打ち抜き、流れるような動作でもう一歩踏み込んで左手を打ち下ろして拳銃をはたき落とす。


(ホント、察知能力も恐ろしい。それに身体能力が桁違いだもんな)


 自分よりも30センチ以上も背の高い男ですら、一切の対応を許さず沈黙させる。

 俺に敵意を向けたせいでフェリスに察知されたのだ。部屋で休んでいただろうに、律儀にも駆けつけてくれたのである。


「なっ……」


 もう1人のゴロツキは絶句していたが、肩を叩かれて背後を振り返ってしまった。

 ボロ切れのようなマントを羽織った銀髪の女性が鋭い目を向けている。


「こんばんは」

「ひぃっ!」


 もうパニックに陥っていたのだろう。かわいそうに。

 挨拶も返さず(というか、この状況で返す奴がいるなら見てみたい)に懐からナイフを取り出し、ラインヒルデに襲いかかっていく。


「挨拶を返さないとは、失礼だな貴様」


 半身になって斬撃をかわし、男の側頭部を目掛けて蹴りを放つ。

 ゴツゴツしたプロテクターの覆われた爪先がどれだけ重いのか想像しかできなかったが、鋭い一撃は見事に突き刺さった。


 回避できずに昏倒させられてゴロツキの身体は崩れ落ちる。

 うーん……接敵から20秒も経たずに制圧してしまうとは。


「大丈夫か、ヨルズ」

「あぁ、大丈夫だ」


 真顔を少し崩したラインヒルデに心配されると、なんだか気恥ずかしい。

 この3人の中で、もっとも生身の戦闘力が低いことを痛感させられる。

 一方でアッサリと討ち取った割にフェリスは不満そうだった。

 気絶したままの2人組の前でしゃがみ、指でツンツンと突いて反応を確かめている。


「こいつら、どうするの?」

「どうもしないよ。こんな規模の宿場じゃ警察組織も何もあったもんじゃない。念のため縛って朝まで転がしておくさ」

「骨とか折っておかなくていい?」


 もう考え方が怖い。いや、完全に戦意喪失させるのには有効な方法だとは思うけど。

 げっそりとうな垂れる俺を他所に、ラインヒルデは宥めるようにフェリスへ声をかける。


「フェリス、あまりやり過ぎるのもよくありません」

「うーん、だってこいつらヨルズのことを撃とうとしたんだよ? もう少し、痛い目に遭ってもいいと思わない?」

「それならば衣類を全て剥ぎ取ってメインストリートで磔にしておきましょう。首からは『私は敗北主義者です』という看板を下げさせます」

「それもやめてくれ……」


 女子という生き物には情けが無いのでは……そんな風に疑ってしまいそうだ。

 手近に荷造り用のロープがあったのでそれを使ってゴロツキを後ろ手に縛り、柱に括り付けておく。

 持ち物もチェックしておき、手足の届く範囲に刃物になりそうな鋭利な道具がないことも確認した。


「すまない、思ったよりも物騒な宿場みたいだ」

「そうみたいね。親指の1本くらいなら折ってもいい?」

「お前の方が物騒だ」


 相当、頭に来ているようだ。不機嫌のベクトルが全然違う。

 銀影団に襲われたときもこんな感じではあったが……


「別々に泊まったのは失策かもしれない。3人で同じ部屋にいるべきだ。私が見張りをする」

「俺はいいよ。1人で何とかなる」

「この中で1番弱いのに?」

「うっ」


 ストレートに言われてしまうと傷付く。

 ラインヒルデは容赦が無い。

 その横でフェリスもうんうんと頷いていた。

 実際は襲撃の懸念ではなく、もっと別のところに問題を感じているのだが。


「男と同じ部屋に泊まるのは抵抗あるだろ、2人とも」

「あたしはヨルズなら全然平気だけど」

「私も大丈夫だ」

「俺が平常心でいられるか自信が無いんだよ、言わせないでくれ」


 ポロッと本音が出てしまう。

 道中の車中泊ですら、フェリスにはキャビンで寝てもらって俺は荷台にテントを張っていた。

 旅先の開放感から失敗を犯すなどというのはよく聞く話だ。こういうのは芽から詰んでおかなければならない。


「同じベッドで寝るのが嫌なら、私は床でも構わないぞ?」


 完全に心配するポイントがズレている。

 それがまぁ、ラインヒルデらしいと言えばラインヒルデらしい。

 どうして部屋どころかベッドまで一緒だと考えたのか……そもそもシングルサイズでは2人で寝るのすら窮屈だろうに。


「悲しいくらいに男として意識されていないのが分かったよ」


 確かに安全を考えれば得策だ。

 説得は無理だと判断した俺は渋々、ラインヒルデの提案を呑む。

 酒でも入らない限りは間違いなんて起こらないだろう。

 そう信じていたのに……

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