第23話 ヨルズの物語⑪

 自分の機械巨人ギアハルクから降りたアルベルトは「納得できない」と眉間にシワを寄せて地面へ座り込んでいる。

 白い軍装の小柄な美少年はこれでもかと不機嫌をあらわに俺を睨んでいた。


 その背後にはマニピュレーターを粉々に破壊された愛機が膝をついている。

 ちなみに、こいつはカッコつけてコックピットの高さから飛び降りたせいで着地に失敗して捻挫した。

 痛みをカバーするための悪態なのかもしれない。


 同じ高さからジャンプしてもラインヒルデは身軽に舞い降りたことを考えると、機士としての差はこういうところに出るのだろう。

 勿論、俺は足を挫くのが嫌なのでロープを使って降りる。比べるまでもない。


「僕は貴様などに負けてない」


 先ほどからこれである。アルベルトの態度にフェリスは苛立っており、眉が吊り上っていた。

 こちらも止めておかないと噛み付きにいってしまいそうである。

 2人の面倒臭さに板挟みにされて溜息を漏らすと、アルベルトは繰り返して言い放つ。


「僕は負けていない」

「あー……分かった。それなら引き分けでいい」


 勝ち誇っても更なる面倒が待っている予感がして、俺は提案する。

 しかし、フェリスはそれを許さなかった。


「どう見てもヨルズの勝ちでしょ! 素直に負けを認められないなんて男らしくないわね!」

「この僕が男らしくないだと! チビのくせに生意気な!」

「このぉ……あたしと同じくらいの背しかないクセに!」


 確かにアルベルトは背が低い。

 年齢も14か、15といったところだがそれを差し引いても小柄である。体格的にはフェリスと同じくらいだった。

 まぁ、腕力を比べさせたら一瞬でアルベルトが負けるだろうけど。


「ふん! 自分の嫁に擁護してもらわねば勝利の弁明もできないとは情けない!」

「嫁! そ、そうよね! そう見えるわよね!」

「いや、嫁じゃなくて姉だから」


 訂正するとフェリスからお約束通りの肘鉄が飛んでくる。角度が良いせいで呼吸が止まるが、何とか我慢しておこう。

 もういっそ夫婦になってしまったほうが攻撃されなくていいのかもしれない。

 釣り合いが取れないから到底、無理だろうけど。


「見事な戦いだった」


 いつのまにか戻ってきたラインヒルデも機嫌が良さそうだった。

 彼女の姿をみたアルベルトは露骨に顔を歪める。


「では、そちらの破廉恥な女が妻か。悪趣味な男め!」


 頼む。変な刺激をしないでくれ。

 お前のようなガキは知らないのかもしれないが、女の子は機械巨人ギアハルクよりもずっと繊細で複雑なんだ。

 一見すると意に介していないラインヒルデは優しそうに俺に微笑んでくる。

 その奥に潜むものを感じ取った俺は背筋が寒くなった。


 同時にフェリスからも明確な殺意が発せられている。

 こっちはこっちで何を怒っているんだ、まったく……フォローしておかなければ。


「こんな綺麗な女性をめとれるほどの甲斐性、俺には無いよ」

「卑下はよくないぞ、ヨルズ」

「実際にそう思っているし、事実だよ」

「ふふっ……」


 あ、なんだか嬉しそう。

 その一方でフェリスの機嫌がさらに悪くなっている。


「それはそれとして、この少年を尋問にかけるが構わないな?」

「物騒なこと言わないでくれ、ラインヒルデ。だいたい、何を聞き出すつもりなんだよ……」

「色々と言われっぱなしだからな」

「……このままお帰りいただくさ」


 結構、根に持つタイプのようだ。

 やはり気をつけた方がいい。

 それとアルベルトの方も問題だ。放っておいたら金持ちの貴族から更なる恨みを買うことになる。

 もっともらしい台詞で相手を丸め込むのがいいだろう。


「激しい戦いだった。強敵とここで決着をつけるのは勿体ない。続きはアリーナでやろう」


 うん、それっぽい。

 この場でのやり取りの手間を省く。

 そのための会心の出来だった。

 アルベルトは俺以上に単純なのか、フンと鼻を鳴らして金髪を掻き上げた。

 険しかった表情はまんざらでもなさそうになっている。


「仕方あるまい。貴様がアリーナに復帰したら挑んでやろう。それまで俺以外の誰にも負けるなよ」

「はいはい、分かったよ」


 どうにも偉そうなのだが触れないでおく。自分の本懐の外にいるものが、割とどうでもいいのは性分だ。


「近くにサポートチームは待機しているんだろ?」

「当然だ。では、今回は引き分けということで下がってやる。ありがたく思うんだな」

「はいはい」


 1発くらいブン殴ってもいいだろうか。

 生身でこのお坊ちゃんと喧嘩しても負ける気はしなかったが、絶対にフェリスが割り込んでくる。


 それも止めるのではなく加勢だ。

 場合によってはラインヒルデも参戦しそう……

 案の定、女子2人はアルベルトに険悪な視線を向けている。

 そんな感情は受け取らず、挫いた足を引きずり、縄梯子を登ってコックピットまで戻っていく。

 無線を使って交信をはじめたようだが、しばらくして憮然とした顔をのぞかせる。


「おい! どういうことだ! 爺や達が無線に応じないぞ!」


 見上げる俺も、フェリスも、ラインヒルデも、呆れた顔を隠せなかった。

 いや、知りませんよそんなこと……


「まぁ、別に急かさないから修理でも何でもゆっくりやってくれ」


 流石に面倒を見きれなくなった俺たちはアルベルトと『フォージド・コロッサス3』を放置して、撤収準備にとりかかった。

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