第22話 ヨルズの物語⑩
外部マイクがフェリスの声を拾った。「勝て」と言っている。
いつものことだ。アリーナで試合をする度に、どこからともなく彼女の叫びが届いてくる。
それが『幻聴』なのか本物なのか俺には判断がつかなかった。
大歓声に混ざってしまえば、誰が発したものかなんて判断はつかない。
けれど今日、確信できたことがある。この場で応援してくれるのは1人だけ。
それがアリーナで聞いたものと重なる。
いつもの声援は本物だったのだ。
不意に自分の中で力強い炎が宿る。
(あ、単純だ。俺)
思わず自嘲してしまった。
手の形に磨り減った操縦桿のグリップを握る指に力が篭る。
小刻みにダンスのステップを踏むように、足元のペダルに代わる代わる体重をかけていく。
銀影団との戦闘で起こったと思しき機械的な不調を抱えており、それを庇う(つまりは余計に壊れないように気を使う)のは精神的にキツい。
おかげで押されっぱなしだった。
そんな重圧が瞬時に吹き飛んでしまう。
勝手に孤児院を飛び出した俺をフェリスは快く思っていない。
そんな俺が機士になって好き勝手しているのだ。
顔を合わせれば文句ばかり。姉弟だと言えば肘鉄を喰らう。
不出来な俺に腹を立てているに違いなかった。
そう思って割り切っていたのに……
「なぁ、フェリス!」
『何?』
敵の攻撃を弾く轟音の中で、俺はフェリスに通信する。
こんな状況だがどうしても本人に確認したくなってしまった。
「もしかして俺の試合に毎回、来てくれてたのか?」
『どうしてそうなるのよ!』
「『勝て』っていつも叫んでいただろ?」
『……今更気づいたの?』
「ごめん。でも、届いた!」
『あたしが応援にしたらダメ?』
案の定、素直ではない。
それがフェリスらしかった。
「ダメなわけないだろ。観戦したいって言ってくれればチケットくらいプレゼントしたのに!」
『うるさい! そうよ、このあたしが応援してるんだ! カッコ悪いとこ見せんな! 押されてるでしょ!』
「押されてなんかない!」
『強がりはいいから早く勝ってこい!』
急に恥ずかしくなってくる。
どんどん気持ちが昂ぶっていく。
抑えられそうにない。
心の奥に詰まっていたものが小気味良い音を立てて抜けていったみたいだ。
(フェリスがいるんだ。これ以上、カッコ悪いとこは見せたくねぇよ!)
『BOOST』と書かれたメーターの横にある赤いスイッチを拳で叩いて押し込んだ。
10秒後にはオイルジェルの圧力を示す計器の針が振り切れる。
(オーバーブースト状態は約3分間)
これはドーピングだ。ハイになる薬を打つのと一緒である。その後は身体がボロボロになってしまう。
メッサーの考えていることは手に取るように分かる。『添加剤』を使ってしまえば、シリンダーの気密を保つシール類がぶっ壊れる。
すると
当然、テンガナ・ファクトリーに依頼することになるだろう。
(ボッタくる気、満々じゃねぇか!)
力が漲ってくる。メカだけではない、俺自身もだ。
自分の集中力が具現化して『ナイン・タイタン』を覆っていった。
拡張された不可視の神経網に『フォージド・コロッサス3』が武器にしているレイピアが触れてくる。
俺は先端部分を狙い澄まし、編組合金製のナイフで斬り払う。
もともと細い切っ先は真横から無骨な塊に叩き付けられ、倍加した腕力によって押し込まれると乾いた音を立てて折れた。
『なんだと?』
はじめて、アルベルトの集中力が途切れる。
精密な攻撃ゆえに得物が壊されて長さが変われば、勝手も変わるだろう。
手を止めて『フォージド・コロッサス3』は切っ先を見つめている。
フェイスガードの奥に潜む屈折水晶の相貌は相変わらずギラついていた。
機械越しではあるが闘志が萎えてないことが伝わってくる。
『忌まわしい男だ。どうして僕の邪魔をする?』
「お互い様だろ。お前は俺の邪魔をしている」
『知ったことか。貴様を倒さない限り、前へ進めない。だから決闘を挑んだ』
「石に躓いたからって、その石を掘り返す必要なんて無いさ。気にせず前へ歩けよ」
『それでは僕自身が納得できない!』
折れたレイピアの間合いを外すのは難しくなかった。
リーチが短くなった分、相手は余計に踏み込んでくる必要がある。
そのせいで動作が大きくなり、見切るのが随分と楽になった。
しかも、こちらの運動性能は格段に向上している。
ただし油断はできない。
間違って顔面で受けてしまったら屈折水晶のレンズを破壊され、視界を失う。
おまけに時間制限もある。
頭部は小刻みに動かし、身体を軽快に振っていく。
狙いを絞れないアルベルトは徐々に動きを鈍くしていった。
(もう1発)
相手との距離は近い。今度は刀身ではなくマニピュレーターを狙い撃ちにする。
指を破壊されたら武器を握ることすらできない。
それに
俺のようなレンタルで済ませている機士相手にやったら恨まれる戦法である。
(右足を後ろへ引いて半身に)
鋭い突きを寸でのところで回避し、相手の体勢が崩れたのを確認する。
前方へ突き出した右腕へ編組合金製のナイフを振り下ろす。
本来の『フォージド・コロッサス3』は手の甲を覆うように装甲板が取り付けられている。
しかし、ハンドスピード重視で軽量化したアルベルトの機体では余計な重量物とみなされて取り外されていた。
腕の先に重りが付いていたのでは手捌きに影響が出る。それを嫌ったのだろう。
防御よりも攻撃を選んだ結果が敗着へと繋がった。
刃を受けた手の甲が粉々に破壊され、5本の指が宙を舞う。
勝負あった。
『馬鹿な……あのスピードで動く手を完璧に捉えるなんて!」
「恨もうが、根に持とうが何でもいいさ。けど、ワザと負けることはできない」
握力を失った『フォージド・タイタン3』はレイピアを地面へと落とした。
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