プロジェクト・ナイン・トゥエルヴ
恵満
第1話 とある砲兵の回顧
あいつの名前を知ったのは戦争が終わってからだ。
それまでは部隊の誰もが『黒いの』とか『悪魔』とか呼んでいたよ。
小洒落たインテリ野郎がみっともなく震えながら『光を閉ざすもの』と漏らしたときにはバカバカしくて笑いそうになったさ。
けれど俺たちにとっては……帝国の首都を包囲していた共和国の軍人からすれば、あいつは言葉で言い表せるような生易しい存在じゃなかった。
知っているか?
当時の
それまでのさばっていた
けれど戦場の景色を一変させた兵器って事実は揺るがない。なにせ、金属であればどんな分厚い装甲だってバターみたいにぶった斬れるんだ。
それだけすごい移動式砲台を量産したんだから共和国が負ける道理なんて無かったのさ。
しかし……だ。
あいつだけは違っていた。
旧帝暦956年(敢えて滅びた国の年号を使っているのは敬意だと思ってくれ)の春のこと。
共和国軍は首都陥落を目前にして堅牢な包囲網を形成していた。
真っさらな荒原にはネズミ1匹通さないほどの兵器や兵士がひしめき合っている。
時代遅れの
間抜けな鉄の塊が雁首そろえて頭を出したところで、
退屈な日が続いたよ。戦闘なんか全くなくて、本当に戦争中なのか疑いたくなってくるくらいに。
そんなとき、敵影発見の知らせが入った。
俺は照準器越しに『光を閉ざすもの』を見たよ。そうさ、
全身がツヤのない黒い鎧に覆われていて、頭部のカメラアイは赤い十字輝の形をしていた。忌まわしい皇帝親衛隊のマークさ。
今まで見たことのないタイプだったよ。
やけに装飾に手が込んでいたから戦闘用じゃなくて儀礼用の
そんなガワよりも驚いたのが距離だ。
かなり接近されていたのさ。
どうしてあんなデカブツが電素探知機に引っかからなかったのか不思議だった。
……違うな、認めよう。
電素を反射しない装甲があるなんて当時は想像すらできなかったんだ。
反射波を拾えなきゃ探知機は役に立たない。
あいつは目視する以外に発見する方法が無いんだ。
まさしく悪夢さ。
そのときは「そろそろ戦争も終わるだろう」と兵士の間で囁かれていた時期だったな。
だから、俺が最後に撃つのはこいつだろうという予感がした。
そんな緊張感を他所に、距離もバッチリなのに相手は呑気に歩きながら接近してきやがる。
たった1機だぜ?
自殺志願者かと思ったね。
あるいは散発的に起こる自爆攻撃かな。
でも全然、違っていた。
あいつは数万という共和国の軍勢を前に『吠えた』んだ。
あの場にいた人間ならみんな聞いただろうに。
地面が揺れているのかと勘違いしそうだった。そもそも咆哮をあげる
あのときはそう……大型の肉食獣を目の前にしたかのような恐怖が背筋を駆け昇ってきた。ハッキリと覚えている。
こいつは俺たちの包囲網を突破する気でやって来た。
その強い意志が具現化したかのようだった……
砲撃の命令が下されたのは直後だった。俺は『光を閉ざすもの』目掛けて
照準はバッチリ。
青白い弾道が僅かな弧を描いて敵を呑み込む。
――その前に光が逸れた――
観測手からも外れたという通信が入って俺は耳を疑ったよ。
間違いなく当たる筈だった。なのに当たらなかった。
ひどく混乱している間に
別の場所からも同じように砲撃があった。
けれど光は『光を閉ざすもの』から逸れていく。俺はスコープを覗いていたから確信した。
あいつには
どういう原理なのか皆目見当が付かない。だってそうだろう?
光が逸れる?
どうしてだ?
まさか光の通り道を空間ごと捻じ曲げているのか?
共和国の最新兵器が通用しない
所詮は鉄の塊なのに!
驚愕していると『光を閉ざすもの』が走り出してあっという間に悪夢の時間が訪れた。
あれほど……旧式でもいいから、自軍に戦闘用の
ボクシングでもプロレスでも何でもいい。あいつを止めてくれ!
けどいたのは工作用のポンコツだけで格闘なんてできる筈もなかった。
上層部は既に
あっという間に懐に潜り込まれて、『光を閉ざすもの』が手にしたランスでアニヒレイターの砲身が潰されていく。
馬上槍だぞ?
いつの時代だ?
これだけ爆弾や銃がある時代なのに。
七面鳥撃ちだとタカを括っていたら逆だった。
懐に潜り込まれてしまったら、兵士の何十倍も背丈のある巨人に対抗する術は無い。
俺が座っていた砲台も潰されて倒壊した。
それでも歪んだ鉄骨の中から何とか這い出る。
頭から出血していたが意識はハッキリしていて、見上げると黒い機械巨人がいた。
思い出す。どうして『光を閉ざすもの』なんて呼ばれたのか、今なら分かる。
真っ暗だ。艶ひとつない。闇がヒトの形をしている。
恐怖のあまり嫁の名前を呼んじまう。故郷で俺の帰りを待ってくれている。家族がいる。家族がいるんだ。
また会いたい。こんなところで死にたくない。
俺は近くに転がっていたライフルを拾い上げていた。
こんな豆鉄砲じゃ、敵の装甲にまともな傷をつけることすらできない。
そんなことは十分に分かっていた。
けど、十字輝の形をした真っ赤なカメラアイに向かって撃ったよ。
通用するわけなんてない。
騒乱の中でも自分の撃ったタマが弾かれる音が聞こえた。
けれどもし、神様がいて、奇跡が起きて、なんでもいいんだ。
間違いなく俺は機械巨人と目が合った。
その奥にいる悪魔みたいなパイロットと目が合ったんだ。
あいつは……俺を殺さず、次のアニヒレイターを破壊しに去っていった。
『ナイン・トゥエルヴ・ブラックナイトモデル』
運良く生き残った俺が知った、あいつの名前だ。
帝国の量産型機械巨人である『ナイン・タイタン』をベースに改修を施した機体だったらしいが、ガワはまるで違う。
お飾りのプレートメイルに彫刻を施したみたいな黒騎士だった。
該当機体の関係資料は終戦直前に全て破棄されていて詳細不明。
開発に関わった連中も逃げたか、死んだかのどちらかだ。
あの後すぐ、首都を陥落させた共和国は戦争に勝利した。
帝国は解体されて混乱の時代が訪れたのは誰だって知っている。
敗戦間近で、どうして『ナイン・トゥエルヴ』が包囲網を抜け出そうとしたのかはすぐに知れ渡った。
あいつは複座式の
1人は若きエースパイロットが乗っていた。
ラインヒルデ=シャヘルとかいう、20歳の女だったらしい。
もう1人は帝国最後の皇帝が乗っていた。
そうだ。黒い悪魔は皇帝を逃がすために戦ったのさ。
このとき亡命した皇帝も、包囲網を突破した『ナイン・トゥエルヴ』の行方も戦後50年に渡って誰もわからないままだ。
だから、帝都包囲戦のすぐに発令された極秘命令『コード912』は今でも共和国軍の中では有効だという。
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