第30話 ロボット君とおばけちゃん

 おばけちゃんは気ままなお化け。今日も気ままに散歩をしているよ。ある日、おばけちゃんが風に吹かれるままに飛んでいると、道端に捨てられている全長は30センチくらいの小さなロボットを発見する。

 玩具かなと思ったおばけちゃんは、目を輝かせながらそのロボットに近付いた。


「あれ?」


 ロボットがはっきり見えるくらいまで接近したところで、おばけちゃんは首をひねる。何故なら、そのロボットが初めて見るデザインだったからだ。おばけちゃんはそこまでオタクではなかったんだけど、ロボットに関してはかなり知識も豊富だった。

 洗練されているのに野暮ったくて、デザイン優先のようで実用性も考えられてるような絶妙な造形センスにおばけちゃんは感心する。


「すごい、このロボ……」


 初めて見るデザインのロボに興味を持ったおばけちゃんは、すぐに手を伸ばした。霊体だから実際には触れられない。だからこそ、遠慮なく手を伸ばせるのだ。

 そうしてロボのボディに手を重ねたところ、突然ロボは目を赤く光らせて再起動。勿論、偶然再起動のタイミングとおばけちゃんが触れたのが同時だっただけのかも知れないけれど。


「ガガピー!」

「うわあああ!」


 突然動き出したロボットにびっくりしたおばけちゃんは、反射的に後ずさる。ロボットは、そんなおばけちゃんの位置を正確に認識していた。視線が自分に向いてる事が分かり、おばけちゃんは彼に話しかける。


「僕が見えてるの? 初めましてロボット君。僕はおばけちゃん。よろしくね」

「ガガピー?」


 ロボット君はおばけちゃんの言葉に反応はしたものの、ちゃんとした言葉は発声出来ない。そのため、意思疎通は出来なかった。その後も色々と話しかけるものの、結果は何も変わらず。

 話しかけるネタもなくなったおばけちゃんは交流をあきらめ、この場から去る事にした。


「じゃあね」

「ガガピー!」


 おばけちゃんが手を振って別の場所に向かって飛んでいくと、ロボット君はそのまま歩き出した。おばけちゃんについてきたのだ。どこに向かっても正確に後を付いてくるので、おばけちゃんは軽くため息を吐き出すとロボット君の好きにさせる。

 おばけちゃんは普通の人には見えないけどロボット君は見えるので、たちまち街の人からの注目の的になった。


「うわ、ロボットだ」

「ピョコピョコ歩いてるの、かわいい」

「一体どこに向かってんだ、アレ」


 人々はロボット君を珍しがるものの、ずっと動き続けていたのもあって誰も彼の動きの邪魔をするものはいない。おばけちゃんは壁抜けを駆使してロボット君をまこうとするものの、一時的に離れる事は出来ても気がつくと後ろを歩いていて逃げられないと観念する。


「ンモー! なんでついてくるんだよお!」

「ガガピー!」


 そんな騒がしい一日も終わり、おばけちゃんはいつも寝ている無人の神社にやってきた。当然ロボット君も一緒だ。おばけちゃんが本殿の中でゴロンと横になると、ロボット君もぺたりと座ってスリープモードになる。

 そんな生き物のように振る舞うロボット君を見ていて、おばけちゃんもつしか愛着を持つようになっていた。


「ロボット君も夢を見るのかなぁ……」

「……」

「僕も寝よっと」


 翌日、目覚めたおばけちゃんは思っきり背伸びをして目の前のロボット君に挨拶をする。


「ふぁ~あ。おはやう」

「ガ……、ガガピー!」


 まるで話しかけられて慌てて起きたみたいなこのリアクションにおばけちゃんはクスクスと笑った。神社を出たおばけちゃんは、またいつものように気ままな散歩を始める。今日は街の方に行こうと、おばけちゃんは建物が多く建っているエリアに向かって飛び始めた。

 ビルが立ち並ぶエリアの歩道で、おばけちゃんを見かけた男性が声を掛ける。


「よお、立派な相棒が出来たな」

「あ、おはよう道雄。勝手についてきてるんだよ」

「へぇ。面白いな」


 おばけちゃんに道雄と呼ばれたのはこの街の霊能者。おばけちゃんが見える人だ。付き合いも長いのでフランクに話す仲でもある。

 彼の他人事にような反応に、おばけちゃんは少し気を悪くした。


「面白がらないでよ! こっちは困ってんだから」

「あはは。悪い悪い」


 プクーと顔を膨らませたおばけちゃんは、そのまま道雄を無視して飛んでいく。その後を必死についてくロボット君を見つめながら、彼は顎に手を乗せた。


「霊感のあるロボ……妙だな?」


 道雄はおばけちゃんに反応するロボット君を見て突然何かを閃き、すぐに声をかけた。


「おばけちゃん、倉庫街に行ってみるといい。きっと何かあるぞ」

「え、何があるの?」

「それは分からん、勘だ」


 おばけちゃんは彼との付き合いが長い。今までそのアドバイスで何度も窮地を救われてもいた。それもあって、おばけちゃんは倉庫街に向かう事に決める。

 道雄は、ちゃんと自分の言葉を受け入れたおばけちゃんを見送った。


「おばけちゃん、気を付けんだぞ……」


 おばけちゃん達が海岸沿いの倉庫に来た時、センサーが何かを感じ取ったのかロボット君の目がピカッと光る。そうして、突然走り出してしまった。

 このリアクションに驚いたおばけちゃんは、すぐにロボット君の後を追う。


「ちょ、どうしたのー!」

「ガガガ……ガッピー!」


 その音は何かを必死に訴えているように聞こえた。おばけちゃんは大変な事が起こっていると感じ取り、必死にロボット君を追いかける。

 先行するロボット君は、立ち並ぶ倉庫と倉庫の隙間に吸い寄せられるように走っていく。


「そこに何かがあるんだね!」

「……」


 走るのに夢中になっていたロボット君は、呼びかけに答えなかった。なので、おばけちゃんも無言で追いかけていく。

 おばけちゃんが追いついた時、目に飛び込んできたのは壁にもたれかかって倒れていた1人の男性の姿。その傍らにはロボット君もいた。彼の反応を辿って急いでいたのかも知れない。


「来たのか……」


 倒れていた男性は、ロボット君が来た事に気付くとゆっくりまぶたを上げる。そうして、その頭部を優しくなでて1枚のカードをそのボディに挿入した。

 その途端、ロボット君は電源が切れたみたいに止まってしまう。


「ロボット君に何を……」

「再起動しているんだ。問題ない。すぐに動く」

「え?」


 その男性も霊能力があるみたいで、おばけちゃんの質問に答えてくれた。おばけちゃんは、このロボット君の関係者らしい男性に何か質問しようと頭を回転させ始める。


「えっと……」

「じゃあ、俺は行く」

「え? ちょ」


 彼はまるで自分の仕事は終わったみたいな雰囲気で立ち上がると、そのままどこかに去っていく。その無駄のない動きは、誰の質問も受け付けないぞと言う強い意志を感じさせた。

 こう言う雰囲気に弱いおばけちゃんは、彼が遠ざかっていくのを見送る事しか出来ない。


 男性がおばけちゃんの視界から消えたところで、ロボット君がまた動き始めた。再起動が済んだようだ。おばけちゃんが気付いて振り返った時、ロボット君は今までと明らかに違う挙動をする。


「おばけちゃん、協力してくれ!」

「ロボット君ががシャベッタアア!」


 そう、今までガガピーしか言わなかった彼が突然流暢に話し始めたのだ。そりゃあおばけちゃんでなくても驚くと言うもの。

 結構ダンディーなオジサマ声のロボット君は、そのまま話を続ける。


「私はロボのボディだが、魂は人工精霊なんだ。人工精霊がこのロボを操縦している、そう捉えてもらって構わない」

「へ、へぇ……」

「先程の彼は池内と言って、このボディの開発者の1人だ。カードには制限を解除する機能が実装されていた」

「そ、そうなんだ」


 いきなりの情報開示に、おばけちゃんは戸惑うばかり。まともに返事も出来なかった。ロボット君は話を進める。


「私のようなロボットがこの近くたくさん眠っている。今のままだとみんな悪事に加担されてしまう。おばけちゃん、彼らを開放するために協力して欲しい」

「僕、何も出来ないよ?」


 何だかスケールの大きな話になってきて、おばけちゃんは困惑する。それでもロボット君の勢いは止まらなかった。


「おばけちゃん、君は触れるだけでロボット達に施された悪の洗脳プログラムを壊せるんだ。私のように」

「ロボット君、洗脳されてたの?」

「私は洗脳されている事に気付いて逃げ出した。けれど、洗脳プログラムがウィルスのように体を蝕んで、どんどん機能を停止させられてしまった。それであの場所で倒れてしまったんだ」


 ロボット君いわく、そこで出会ったのがおばけちゃんで、触られた事でプログラムが破壊されたらしい。一部の機能は失われたものの、それでも自由を取り戻せたのだとか。

 ここまで聞いたおばけちゃんはひとつの疑問を口にする。


「なんであの池内って人はここで倒れてたの?」

「彼は私の協力者だ。制限解除カードを手に入れて組織を抜ける途中で休んでいたのだろう」

「どこかに行っちゃったけど、いいの?」

「ああ、彼には彼の目的がある。私には私の目的があるように」


 おばけちゃんはロボット君の話す真相を受け入れ、ゴクリとつばを飲み込んだ。


「僕、ロボットに触るだけでいいんだよね」

「ああ、協力してくれ!」


 おばけちゃんはコクリとうなずくと、早速ロボット君が作られた組織の本部に向かう。倉庫街に立ち並ぶ倉庫のひとつに秘密の入口はあった。普通の人ならこの場所すら気付かない事だろう。

 ロボット君は、入口に施されたセキュリティを鮮やかなテクニックで解除していく。その作業を目にしたおばけちゃんは感嘆の声を上げた。


「すごい……」

「ここからが本番だ、おばけちゃん」


 ロボット君はそう言うと、組織に殴り込みをかける。おばけちゃんは緊張しながら、恐る恐る中に入っていった。あまりにも堂々とした正面突破だったので、当然のように警備のロボが迫ってくる。その容姿はロボット君と全く同じもの。つまりは人工精霊ロボットだ。

 この状況に、ロボット君は声を張り上げる。


「おばけちゃん!」

「ま、まかせてー!」


 おばけちゃんは、言われた通りに襲ってくる警備ロボにベタベタと触りまくる。すると、面白いようにロボが停止していった。

 自分の能力を自覚したおばけちゃんは率先してロボを触りまくり、あっという間に機能停止した警備ロボの山を作っていく。


「あははは、楽し~い」

「予想以上だ……おばけちゃんが来てくれて良かった」


 この光景を目にしたロボット君は予想以上の成果に感心する。そうして、彼本来の目的地である中央制御室に向かった。そこを制圧して、施設の機能を停止に追い込もうとしていたのだ。


「おばけちゃん、こっちだ」

「分かったー!」


 その頃、この状況を監視カメラで確認していた組織の幹部は、警備ロボが勝手に機能停止している状況に困惑する。


「一体何が起こっている!」

「解析中です。結果、出ました! 霊体反応確認。それがロボを止めているようです!」

「なん……だと……! すぐに確保しろ!」


 組織は人工精霊を扱う技術を持っているので、当然霊体感知センサーも監視カメラに実装している。それによって、おばけちゃんの存在はハッキリと把握されてしまった。

 感知技術があると言う事は捕獲技術も実用化していると言う事で、すぐに霊体捕獲ドローンが現場に向かって飛んでいく。その数は50を超えていた。


 ロボット君は施設の構造にはそれなりに詳しかったものの、霊体捕獲ドローンの存在とかは知らない。なので、おばけちゃんにも警戒するようには言ってなかった。その必要はないと判断していたのだ。

 そのため、突然飛んできたドローンにおばけちゃんはあっけなく捕まってしまう。


「ロボットくーん! 何これー!」

「おばけちゃん! そんな……」


 おばけちゃんはゴーストバスターズに出てくるような機械でドローンに吸い込まれた。その様子を眺めていたロボット君もまた、別の捕獲マシンに捕らわれてしまう。

 こうして、ロボット君の計画は呆気なく失敗した。


 2人は霊体でも壁抜け出来ない特殊な部屋に監禁される。自分の失態だと感じたおばけちゃんは、顔色を青くさせながらロボット君の方に顔を向ける。


「ごめん」

「おばけちゃんのせいじゃない。私の見通しが甘かったせいだ」

「僕達これからどうなっちゃうの?」

「私は再洗脳、おばけちゃんは研究材料にされるだろう……。巻き込んでしまって済まなかった」


 ロボット君はそう推測したけど、もっと厳しい未来が待ち構えていた。おばけちゃんの待遇はその通りだったものの、ロボット君は――。


「お前は破壊する。中の人工精霊も潰す。その準備に2日ほどかかるか。震えて待っていろ」

「くっ……」


 そうして、おばけちゃんが触って機能不全になったロボット達も全て廃棄処分になった。ロボット君の反乱そのものがなかった事にされたのだ。

 研究室につれてこられたおばけちゃんは、様々な装置で徹底的に研究される。霊体に対する研究なのもあって、直接接触する実験は行われない。それもあって、おばけちゃんの霊体実験は痛みを伴う事もなく、苦痛もほとんどなかった。


「ここから出せっ……まぶしっ! 早く出せっ……やかましっ!」

「光と音の反応は普通ですね」

「よし、続けろ!」


 光に音に熱に冷気に、特殊な波動にオーラ測定。様々な検査と実験で得られた結論は――。


「こんなの有り得ません。解析不能です!」

「バカな! 最新の霊体実験装置だぞ!」

「だからこそ興味深いです! 研究者魂に火がつきます!」

「いや、現時点で分からんのなら封印だ。効率を考えろ」


 上層部の判断により、ロボット君は破壊、おばけちゃんは封印と言う処分に決まる。おばけちゃんの封印もまた、ロボット君の破壊と同じ日、同じ時間に行われる事になった。

 そうして2日が経ち、お互いの処分の日がやってくる。おばけちゃんとロボット君は同じ部屋に集められた。


「これからお前達を同時に処分する。お互いの姿を見ながら処分される気持ちはどうだ?」

「悪趣味だぞ!」

「それが狙いだ。この異常な状況に霊体がどんな反応をするのか。データを取らせてもらう」


 組織の幹部がそう言いながら処分開始のスイッチを押そうとしたところで、廃棄したはずのロボット達が一斉に処分施設に押し寄せる。

 この想定外のアクシデントに、組織幹部達も混乱し始めた。


「一体どう言う事だ!」

「早く対処しろ!」

「無駄ですよ。システムはとっくに俺が掌握してますんで」


 幹部の怒号が飛ぶ中で現れたのは、ロボット君にカードを挿したあの男性。つまり、廃棄ロボット達を全て修理して正常化させたと言う事なのだろう。そして、施設の内情についても詳しく知っている。

 そう、彼はこの施設を潰すために潜入していたスパイだったのだ。


「貴様、池内! 何故生きている!」

「俺、死んだふりが得意なんす。ククク……見事に騙されてやんの」

「何をしている、早く殺せ!」


 幹部は施設に残っているロボットとドローン全てを使って、池内と彼が連れてきたロボットを破壊しようと総攻撃をかける。しかし、制限を解除されたロボット達は、カタログスペック以上の能力を発揮して次々に敵を撃破していった。

 池内はその技術でおばけちゃん達が閉じ込められている部屋に入り、2人を開放する。


「ちょっと遅くなった。よく頑張ったな」

「ああ、貴様が来ると信じていた」

「おじさん、有難う」

「クク……おじさんか。まあいい。それより2人に提案があるんだが」


 彼はおばけちゃんたちに作戦を耳打ちする。それを聞いた2人はお互いの顔を見つめ合い、軽くうなずいた。


「やってみよう、おばけちゃん」

「うん。ワクワクするね」

「「合体!」」


 その掛け声を合図に、ロボット君のボディにおばけちゃんが入っていく。おばけちゃんの霊力が融合した事で、ロボット君のパワーは数百倍にも膨れ上がった。


「「これはすごい!!」」


 スーパーロボット君と化したロボット君はそのパワーで施設を破壊。こうして、ロボット達を悪用していた組織はその計画を潰されたのだった。

 組織も池内の活躍で壊滅。残りの洗脳ロボット達も無事開放された。スーパーロボット君は施設の崩壊と共に自然に解除される。


「戻っちゃった……」

「アレ以上は私のボディが持たなかったようだ」

「でも楽しかった」


 その後、ロボット達は池内が指揮する政府の治安維持部隊の預かりになる。ロボット君もおばけちゃんと別れる事になった。


「これでお別れだ。今まで有難うおばけちゃん」

「僕も楽しかった、またいつでも遊びに来てね」


 ロボット君はこれからも歴史の裏側で秘密裏に世界を守っていくのだろう。おばけちゃんはそんなロボット君の活躍を祈りつつ、日々を気ままに過ごすのだった。



(おしまい)

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