天衣夢縫のクロスバディ

黄鱗きいろ

プロローグ 少年はドレスに恋をした

 星の光を紡いで織り込んだ布には力が宿る。


 楕円形に切り取られた演舞場フィールドに、観客は一様に見入っていた。


 城塞都市であるこのステラシアの中心近く、公営ドームで行われている都市対抗戦コレクションバトル。神秘の布をまとった彼女たちはそこで『踊って』いる。


 決戦兵器『バトルドレス』をまとった戦姫ドレッサー。それが彼女たちの名称だ。


 彼方かなた、対戦国オーストンが最高位プリマドンナ、ライラック。紫色のフリルがふんだんに縫い込まれた、彼女のドレスの裾が翻る。


 此方こなた、我が国ステラシアの最高位プリマドンナ、エヴァンジェリン。花嫁衣装を模した純白のドレスが風になびく。


 ライラックは目に見えて消耗していた。しかしプリマであるというプライドからだろう。その両足はしっかりと地につき、決して膝をつくまいという意思を感じさせた。対するエヴァンジェリンの表情は涼しいものだった。


 エヴァンジェリンは長手袋をはめた右腕を、勢いよく横に薙いだ。すると後方の技師席から糸が飛来して、彼女の腕へと巻きついた。黒の糸が触れた箇所は形状を変え、まるで蝶の尾翅のように複雑にひらめき始める。


 見つめ合うこと数秒。何の前触れもなく、二人は動き始めた。


 先に仕掛けたのはライラックだった。大きく切れ込みが入ったパスルスタイルのスカートが揺らめくと、その裾から無数のリボンがまるで鞭のように出現する。彼女はリボンたちが地面を蹴った勢いのまま、たったの一歩でエヴァンジェリンへと距離を詰めた。


 迎え撃つエヴァンジェリン。反射的に動いたフリルに身を任せ、優美なステップでそれを避けて右腕を刺突剣の形にする。


 紫と白。暴風と潔癖。互いに互いの領域に踏み込んでは離れていく。


 五歳の少年は最前席でそれに見入っていた。ドレスとドレスがぶつかるたびに、その威力が歌のように吹き付け、フリルの隙間から星の光がきらめき落ちる。


 なんて綺麗なんだろう。なんて美しいんだろう。幼い少年は彼女たちに触れてみたいという一心で、手を伸ばした。


 手すりに掴まり、フェンスから身を乗り出し、そして――会場を揺らす振動に、その体はふっと宙に浮いた。


 それはライラックが最後に放った苛烈な一撃だった。エヴァンジェリンはそれを避け、返す体でライラックに攻撃を叩き込もうとしている。


 落ちていく少年は、何が起こったのかわからないまま、背後で響いた両親の悲鳴を呆然と聞いていた。観客席からフィールドまでおおよそ十メートル。助かる術は、ない。


 ぐんっと近づいてくる地面を見つめて、フィールドに落ちていく少年。遠くで鳴った、地面を蹴る音。少年はぎゅっと目をつぶり――次の瞬間、柔らかな感覚に身を包まれた。


「……大丈夫?」


 恐る恐る目を開けると、そこには真っ白なフリルの海と金髪を風になびかせた美しい女性の顔があった。女性は汗ひとつない美しい顔で、静かに微笑んだ。


「そんなに私たちのダンスに見とれちゃったのね。光栄だわ」


 ゆっくりと地面に降ろされ、彼女を見上げる。胸が高鳴り、彼女に触れられた奇跡に足が震える。


 エヴァンジェリンはスカートをつまみ上げて腰を折り、まだことの道理も分かっていない幼い少年に、戦姫ドレッサーとして最上の礼をした。


「今度は同じ舞台で踊りましょう、小さな紳士さん?」


 会場中から割れんばかりの拍手と歓声が湧き上がり、それを背負って微笑む彼女に、少年は見惚れながらこくりと頷いた。

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