ヘクセ・ヴィーダーシュプルフ!~ヘンゼルとグレーテルの矛盾した、つまり、ツンでデレな継母の話~

針間有年

第1話 カジノに売られたヘンゼルとグレーテル。べ、別に助けに行くとかじゃないんだからね!


ハロー、読者よ。

私はヘンゼルとグレーテルの継母だ。

グラマラスな美女である。


そんな、私の正体は約300歳の魔女だ。


私は悪い魔女なので、10歳の兄ヘンゼル、7歳の妹グレーテルをいつも屋根裏に押し込めている。

どうだ悪いだろう?


さて、そんな私の目的は、結婚した男からすべてを奪いつくすことである。

金、名誉、命。そう、全てだ。


だが、今回の男は何も持ってなかった。

顔だけだった。

最高に駄目な奴だった。

ギャンブル、酒、暴力。


ひどい。

早々に別れたいし、食ってしまってもいい。

だが、子供がいるのだ。いや別に心配とかじゃないし。


私は本当に男運がない。


ログハウスと言えば聞こえのいい、このボロ小屋の、ボロ机に突っ伏す。


こっちを見るな。泣いてなんかいないもん。


「ただいま」


今日、珍しく子供を連れて外に出かけていった夫。

ちょっと見直した。彼が扉を開ける。


金髪碧眼。お出掛け着。

カッターシャツにスラックス。

似合う。顔がいい。子持ちとは思えない。


私は良妻を気取り、夫に尋ねる。


「お帰り、どこへ行ってたの?」

「カジノ」

「子連れで⁉」


私は気づく。

帰ってきているのはこいつだけ。


「…ヘンゼルとグレーテルは?」

「いやぁ、今日すっげぇ負けてさぁ。金なくなったって言ったら子供置いてけって―」


ボロ棚に置いてあった『完全版家庭の医学事典』を手に取り、その重厚感のある角をクズに向け、ダイナミックに腕を振り下ろした。

頭をカチ割るつもりだ。


クズは気絶して、床に倒れた。


ちょっとだけ溜飲りゅういん下った。


***   


子供を迎えに行こう。


別に心配とかじゃないから。

奴からすべて奪うためだから。

子供もその一部だから。


子供の肉は美味しいらしい。

魔女界では有名な話だ。


…。


食べたことないけど。

成人の肉は食べたことがあるが子供の肉は食べたことがない。


え?なんでかって?

なんか食べづらいし。

そ、そう、脂身が少なすぎて私の口には合わないんだ‼

…?脂身多いのかな?


徒歩十分で、カジノに着く。

なんでこんな森の中にカジノ建てた。

めっちゃ不釣り合いじゃないか。


ぎらぎらとうるさいくらいの光を放つカジノの入り口。


ふと思う。

今の超グラマラス美女継母の姿で行ったら子供たちはどう思うだろう。

助けに来たとか思っちゃう?


悪い魔女としてそれはヤダ。ヤダもん。


私は自らの魔法を解き、私、本来の姿に戻った。

銀髪のショートヘアー、端正で中性的な顔立ち、美脚。


カジノってドレスコードあるっけ。

一応、黒いドレスを身にまとってみたりする。


今どこ見た。平面な胸だと?

素直でよろしい。放課後、体育館裏へ来い。

 

カジノに一歩、足を踏み入れれば、人間たちの欲にあふれた声が耳をつんざく。

うるさい。

人間は嫌なんだ。

私も元人間だけど。


さて、子供たち…私の食材はどこだ。


カジノの真ん中にステージが設けられている。人だかり。

なんか見えた。目をぱちぱちする。

きっと見間違え。

目を開く。


ああ、嘘だろ。


ヘンゼルとグレーテルが檻に入れられている。

可愛らしい服を着せられている。

しかもセリにかけられている。


にやついた客たちが二人を値踏みするように見ている。

美少年、美少女だ。

買ってそして―

わぁぁぁぁ‼ヤなこと考えた!最悪だ、私‼

そんなことダメ!絶対ダメ‼

とりあえず助けなきゃ!違う、食材として買い取るのだ!


人間の相場なんてわからない。

私は叫んだ。


「一千万!」


会場がざわめいた。

なんかやらかしたらしい。


檻の横にいるスーツの狐顔の男は一瞬目を見開いたが、何事もなかったように言った。


「これ以上の方は」


狐顔のこの男。

あいつたぶん人間じゃない。化け物。

私と同じ。元人間の。


魔女だと悟られたのだろう。


誰も答えなかった。

男は私を手招きする。

そして、笑顔で言った。


「ここでお支払いいただきます」

「え」

「ここで、払って、ください」

「わんもあ?」

「払えるんだろ?」


なぜ知ってる、お前。


私は魔法を使い、異空間にある金庫から金貨をこの場に転送させる。

雷のような光を放ち、何もない空間から湧きだす金貨。


あああ…へそくり…。


「これでいいか?」


私の魔法に会場はパニックに陥る。

まあ、そうだろう。

魔女って嫌われてるし。


だが、男はまったく動じない。


「お支払い、ありがとうございました」

 

にっこりと笑う。


「それではここにサインを」


男はシャーペンを差し出した。


「おい、サインにシャーペンはないだろ」

「お前ほどの魔女が人間を買ったと知れ渡ったら、いろいろ厄介だろ」


男は辺りを忍んで小声で言った。


だから、なんで知っている。


だが、確かにそうだ。

人間を買いとったとなれば、殺して喰って、力をつけると思われる。

私は魔女集会に行くことを渋る、はみ出し者だから、やっかみを受けそうだ。

そうなると子供たちも危ない。

食材として奪われる可能性があるからな!


男がウインクする。


「ポーズだけのサインお願いします。あとで、改ざんしときますので」

「…。信用できないが、背に腹は代えられない。任せよう」

「ええ。任せてください。どうか、お幸せに」

「騙したら殺しに来るからな」

「騙しませんよ。あなたのことは。誓います」

「…お前、何者だ?」


男は困ったように笑った。

どこかで覚えがある笑い方。あまり嬉しくない笑み。


なんか、ヤなヤツ。

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