みらい少女

真乃晴花

みらい少女

 私は未来から来た。ある組織から指令を受けて行動している。今は、日本の私立高校へと潜入し、任務遂行に勤しんでいる。安心していい。遥か未来にも、日本という国は存在する。私が所属しているのは、時空を管理する国際機関の日本支部だ。生粋の日本人は存在しているし、今私がいる二〇十四年とほとんど人口は変わらない。未来の日本国は移民が増えてはいるものの、領土が増している。世界地図は大きく変わっているようだと、地理の授業でこの間認識した。

 指令は〝森下ナナエが秋山ヒトシから消しゴムを借りるのを阻止せよ〟というものだ。

 これを達成すれば、未来に起こる大きな戦争を防ぐことができる。

 森下ナナエと秋山ヒトシは、この消しゴムの貸し借りを通じて親しくなり、後に婚姻する。未来では彼らの子孫が、大量殺戮兵器を開発することで、戦争が大きくなり、多大な被害が出ることになる。私たちの機関はそれを防ぐために過去へと渡り、ファクターを取り除く。

 未来を変える方法はいくらでもあるように思うだろう。例えば、森下ナナエではなく、その子孫である開発者本人を抹殺するといったことだ。可能ではあるが、時空間移動法にてそれは禁止されている。例えば、私が未来のことをペラペラしゃべったりしてはいけないということも同じ法律によって制限されているのだ。つまり、私たちの組織において、未来可変ポイントというのはこの消しゴムの貸し借りにおいてしかないのだった。

 ちなみに、森下さんは前日に自宅で勉強した際に消しゴムをペンケースにしまい忘れている。本当なら、森下さんに消しゴムを忘れないように言づけたりできたら良いのだけれど、そんなシチュエーションへ持っていくのは難しかった。仕方がないので、私は、秋山くんの消しゴムの存在を一時的に喪失させる方法を取ることにしたのだった。

 消しゴムの貸し借りはこの後の授業中に行われる。その前に、私は秋山くんの消しゴムを拝借しなくてはならない。つまり、今の体育の授業を抜け出さなくてはならなかった。

「先生! おなかが痛いので、トイレに行ってきます!」

 教師が少し離れたところにいたので、挙手をして大声で許可を取る。教師は怪訝そうな顔をしたけれど、私は構わずにさっさとトイレではなく、教室へと向かった。

 授業中の教室が並ぶ廊下を私は進む。廊下には、誰もいないと、そう思っていた。もう少しで私や森下さんが在籍するクラスの教室というところで、柱の影からひとりの男子生徒が現れた。

「佐々木くん」

 私は彼の名をつぶやいた。

 彼の口元には笑みが張り付いている。

「秋山の消しゴムに用があるんだろ?」

 佐々木くんが何気なしに持っていたものを見せる。

 それは、秋山くんのペンケースだった。無印良品のメッシュ状の黒い円筒のペンケースを、彼は回転させながら上へ投げてキャッチして見せる。

 佐々木くんは、私の所属する組織と敵対する組織に所属する人間だった。戦争を起こすことで人口統制を行うのが目的らしい。自分たちがまず死ねばいいのにと、私は思うのだけど、彼らの人口統制計画の中に、自分たち組織の人間が滅びる未来はないようだ。そして、戦争を仕掛けることで莫大な利益を得ようとしている。そして、時空間移動法を完全に無視して動いている犯罪組織でもある。そう、彼も未来の人間だった。時空間移動法違反で逮捕したいところだが、残念ながら、私にはその逮捕権がない。また、時空移動中に逮捕することはできない。容疑者が生まれた時代でなければいけなかった。でないと、時空にゆがみが生じてしまう。

「悪いけど、このペンケースは渡せないな」

 私は唇を噛む。

 おそらく、この後の授業の開始直前にペンケースを秋山くんに返すのだろう。「落ちてた」とかなんとか言いながら。

 奪い返したいところだが、ここで戦闘を繰り広げるわけにはいかない。もっとも、いくら未来から来たとは言え、私に戦闘スキルはないので、ラノベのような展開にはなるはずもない。だから、そうハンカチを噛んだりするしかないのだった。



 三時限目前の休み時間。体操着から着替えたため、教室へ戻れたのは三時限目が始まる三分前だった。佐々木くんは案の定、秋山くんに「落ちてた」と言ってペンケースを返していた。それを見ていた私に、佐々木くんは勝ち誇ったような捻くれた笑みをよこす。まもなくして、チャイムが鳴り、数学教諭が教室に入ってきて、授業が始まる。なんとしても、森下さんが秋山くんに消しゴムを借りる前に秋山くんの消しゴムをどうにかしなくてはならない。いつ借りるのか分からない以上、早めに行動した方がいい。秋山くんの右隣の席が森下さんだ。私の席は、秋山くんの左ななめ後ろ。ちなみに佐々木くんは森下さんの後ろの後ろの席だ。少々不自然だが、致し方ない。私は、秋山くんに声をかける。

「秋山くん、消しゴムを貸して下さい!」

 秋山くんは少し遅れて私を振り返る。そして、クラス中が私に注目した。「は?」「なんで?」といった声が聞こえてくる。

「消しゴムを貸してくれませんか?」

「あ、まあいいけど……」

 秋山くんは消しゴムを私に手渡す。

「ありがとう」

 こうして、私は秋山くんの消しゴムを入手することに成功した。

 私は佐々木くんの方を見て、笑う。佐々木くんは変な顔をしていた。きっと、任務を失敗したから落ち込んでいるのだろう。

「あの、消しゴム、返してくれないかな……」

 おずおずと秋山くんが言ってきて、私は消しゴムを返した。

 その後、森下さんが秋山くんから消しゴムを借りることはなく、そうして未来の平和は保たれた。



 私はうきうきして、指令本部へと帰る。指令本部は二階建てアパートの一階の一室だ。こちらの拠点として借りている。特に近未来的な装置などはない。白のタンクトップに短パンという姿で私を迎えたのは指令代理の村上さんだ。村上さんは私の行動のすべてを把握している。

「任務完了しました!」

 敬礼して報告する私に、村上さんはぷるぷると拳をふるわせる。

「こんのおおばかものおおぉぉっ」

 私はびくりと肩をゆらして後ずさった。

「お前が森下さんに消しゴムを半分切って、あげればいいハナシだろうが! なんで秋山の消しゴムを奪うことにつながるんだ大馬鹿者!」

 瞬間、私は雷に打たれた。

 その手があったかと。

「ご、ごめんなさい」

 私は謝る。

「もういい。結果的に、未来は保たれたからな。でも、後始末けっこう大変なんだぞ!」

「うう……」

「今後は決して目立たずに行動すること!」

「はい……」

 私はうなだれて反省するしかなかった。

 私がこの時代を去る際、私に関わった人間から私に関する記憶の消去という仕事をするのが、指令代理の仕事だった。

「どうも、すみません……」

「今度ガリガリくん買ってきて」

「はい……」

 そうして、今日も明日も未来の平和は守られている。


              みらい少女  おわり

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