■文章の書き出しからインスパイアされてみる 2
『書き出し』の一文には、小説家の魂がこもる。
そう語るのは、かのホラーの帝王スティーブン・キング。
彼は新作に取りかかる時には、真っ暗の部屋の中ベッドに入って『書き出し』をひたすら考えるそうです。
長いときでは数年がかり書き出しに悩んだとの話しですが、一度満足のいくものが出てくると、一気に最後まで書き進められるとか。小説の『書き出し』は読者にとってストーリーの入口でありますが、書き手にとっても一番力を持っている部分と語っています。
『書き出し』は作者の繰り出す『先制パンチ』であり、「すごい話しを聞いてくれ」「こんな話を知っているかい」などと読者に問いかける『ドア』でなければならないとも言います。
実際に公募等では、この『書き出し』を重視。ここに魂がこもっていなければ、あとは読む必要はないと、最初の数ページで判断されると聞きます。
『書き出し』にはどれくらいの種類があるでしょうか。
わたしなりにいくつかのパターンを調べてみました。
■ドラマティックなシーンが現在進行形のなかに読者を飛び込ませるパターン
メロスは激怒した 「走れメロス」太宰治
私は正午頃干し草を運んでいるトラックから外に投げ出された「郵便配達は二度ベルを鳴らす」ジェームズ・M・ケイン
■不条理的な内容を問いかけることで、ワールドをまず展開するパターン
白く凍った海の中に沈んでいくくじらを見たことがあるだろうか。「凍りのくじら」辻村 深月
さびしさは鳴る。「蹴りたい背中」綿矢 りさ
■ショッキングな内容で読み手の興味を鷲掴みにするパターン
桜の樹の下には死体が埋まっている!「桜の樹の下には」梶井基次郎
四十歳になったら死のうと思っていた。「ダーク」桐野 夏生
死体の数をいくつにするか。まず、それから考え始める 「推理小説」 秦 建日子
■語り部によって世界観や人物像を乱暴に切り取って興味をひくパターン
腹上死であった、と記載されている。「後宮小説 」酒見 賢一
私は生前の彼女を知らない。「ブラック・ダリア」ジェイムズ エルロイ
まだまだパターンを分析すればいろいろでてきますが、ここは分析をする場所ではないので、この辺で。
書き出し小説大賞 なるものがあって、魅力的な書き出しを募集しているものがあるが、これらを読むだけでもインスパイアされるものもあると思うし、これに沿って書き出しだけを考えるだけで、ストーリーが浮かんでくることがあると思う。
こういう一種の「大喜利」的な訓練をすることで、地頭は確実に鍛えられるだろう。
ただ実際には、出だしからインパイアされても、ストーリーをそこから動きださせるのは難しい。
まずどんな話を書こうかを頭に浮かべてから、その話や世界観に読者をどうスムーズに引き込むかという導入部として「書き出し」を考えねば実践的とは言えないだろう。
ということで、『書き出し』からインスパイアされてみる。若干前にやった「ジャンルからインスパイアされてみる」とかぶりますが、どうかお付き合いを。
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異世界ものを書きたいと思ったとき、主人公をどうやって、異世界にスムーズに溶け込ませるか、というところに心を砕いて「書き出し」を考えてみよう。
■語り部によって世界観や人物像を乱暴に切り取って興味をひくパターン
○きみの想像する異世界と、ぼくが体験した異世界は、まったく違うものだ。賭けてもいい。
○異世界に飛ばされたとき、与えられるスキルはたいてい「最強」か「最弱」もしくは「平均」と相場がきまっている。だが、ぼくに与えられたスキルは「最猛」といういささかややこしいものだった。
○想像してみてほしい。21世紀の日本でせっかくアルバイトリーダーになったのに、いきなり元の世界に引き戻されて、また最強勇者をやらされる男のつまらない日常を。
○青春異世界切符で旅にでたぼくは、有効期限切れを理由に、まったく見知らぬ異世界で途中下車させられた。
■ドラマティックなシーンが現在進行形のなかに読者を飛び込ませるパターン
○「今からこの蘇りの剣で、あなたの頭を落とします。よいですね」
そうアシュトバーンは言ったが、ぼくはすぐに断った。その方法で元の世界に戻ったヤツの話を聞いたことがなかったからだ。
○目が覚めるやいなや、ぼくは一番最初に自分の右手があるかを確認した。
ぼくは勇者アシュトバーン。ふたつ名は『絶対剣士』
だが、それはこの右手以外に与えられた称号だ。
そして、今、その右手はなかった。
■ショッキングな内容で読み手の興味を鷲掴みにするパターン
○21世紀には23世紀にはない憧れのものがたくさんあった。『生身の足』もそのひとつだ。
○異世界スイーパー(掃除人)としての初仕事は、ゴブリンに根絶やしにされた1万人もの人々の埋葬だった。
適当に書き連ねてみただけなので、すごい。というものにはならないですが、すくなくともそのあとどう続くんだろうと想像の翼が生えてきてくれれば、いいですね。
最後に、わたしが究極だと思っている『書き出し』はルース・レンデルの「ロウフィールド館の惨劇 」。ミステリファンなら、あまりにも有名すぎて、諳んじることができる人もいるだろう。わたしもその一人だ。完全に諳んじることができる。
『ユーニス・パーチマンがカヴァデイル一家を殺したのは、読み書きができなかったためである』
信じられない冒頭です。この一文でもう長編一本分まるまるネタバレしています。犯人も被害者も、動機も、事件のあらましも、結末も語っています。この小説のすごいのは、読者は全部知っているのに、読むことをとめられなくなることです。本来のミステリの構造なら
「WHY DONE IT?(なぜ殺したか)」
「WHO DONE IT?(だれが殺したか)」
をいかに隠して、ラストで読者に披瀝するのが常套です。いえ、ミステリというのはそういう文学です。ところが本作はすべてをさらけ出した上で、ほんのすこしの、思いやりの、善意の、プライドの、掛け違いで、なぜ最悪の結末に至ったかを、ひたひたと語っていきます。
ところで、この冒頭の一文。
ラノベのタイトルに似ていませんか。レベルや意識の差は大きく違いますが、レトリック自体はおそらくこれに近い構造ですよね。
いつか、ここからもインスパイアされてみたいと思います。
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