第470話麗と可奈子の浅草、下町散歩(2)

寄席を出た麗と可奈子は予定通り、老舗の洋食屋に入った。

麗はビーフシチュー、可奈子はプレインオムレツを注文。

その後は客席からキッチンが見えるので、料理人たちの動きを観察。

「キビキビと動くなあ、無駄な動きがない」

可奈子

「火の使い方も大胆で、かっこいいです」


テーブルに料理が出されると、それにも感心。

「さすが、完璧な味、これが伝統かな」

「それほど気取った店ではないけれど、味はどこにも負けない、美味しい」

可奈子

「玉子が新鮮で、火の通し方、味付けもキリッとしていて」

「関西とは違うけれど、これは好きな味です」

麗は可奈子に質問。

「京の街にも、こんな感じの店が?」

可奈子

「ある、言う話は聞きますが、うちはまだ」

「世間の目もあるのかな」

可奈子は苦笑。

「はい、その通り、簡単には外食できません」

「せめて学生なら、ごまかせますが」


麗は、それ以上は可奈子に聞かない。

可奈子が苦笑した内容は、全て自分にもあてはまる。

都内ならともかく、「九条の後継が街の洋食屋で食事をしていた」と、京の街衆の噂になれば、必ず首を傾げる人が出て来る。

「なんや、あの後継さんは、洋食がお好み?」

「和食を嫌うんか?九条様やろ?呆れるわ」

「九条様自らそうや、ほな、京の伝統はどうなる?今後が心配や」

「洋食は庶民のものや、九条様は庶民やない、わからんなあ」

「あんなお屋敷に住んでおって、料理人もまともにおらん?」

「いや、屋敷では食べられん事情があるんか?」

ざっと考えただけで、いろんな首を傾げる人の顔が浮かんで来る。

「まあ、京都では極力、お屋敷で食べよう」

「下手に外食はしない、余計な噂そのものを発生しないようにする」


麗はビーフシチューを6割ほど食べたところで、可奈子がプレインオムレツを完食したので、店を出た。

可奈子

「食欲がないのです?心配になります」

麗は、「仲見世でいろいろ食べて、食べきれなかった」とかわす。

本心は、自分だけが、ノロノロと食べ続けたくなかったということ。

少し先に食べ終えて、相手を待つほうが、気持ちは楽。

都内にいる時ぐらいは「人に見られる自分」は意識したくない。



その後は、吾妻橋まで歩いて、水上バスに乗った。

美しい夕焼けの中、水上バスは隅田川を進む。

途中、いくつも橋の下を通るたびに、可奈子の目が輝く。

「なんか、素晴らしい体験を・・・」

「麗様、ありがとうございます」

「情緒があります・・・」

「昔からの隅田川と近代的なビル、その近くに歴史ある下町」


麗は、特に何も言わない。

確かに美しい風景と思うけれど、明日からの京都のほうが気になっている、

「母の墓に置く地蔵菩薩の石像の件」

「政治家候補者との二回目の面談の件」

「俺のお披露目会の相談」

「恵理と結の屋敷跡に建てる施設の相談」

「高輪の家近くの、マンション購入の話もある」

しかし、こんなことは、自分に由来する話であって、可奈子に相談する話ではないので、考えていることは表情に出さない、つまり能面を貫く。


浜離宮で降りて、後はタクシーで高輪の家に帰った。

その後は、可奈子と混浴、そして共寝の、いつものパターン。

「全く自由がない、都内にいても京都に監視されている」

「誰に相談・・・誰にも相談できない」

「面倒と言っても、こなさないと」

「毎週京都も疲れるけれど・・・いつまで耐える?死ぬまで?」

可奈子を抱きながら、麗の心は、また憂鬱に閉ざされている。

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