第447話隆の退院と結婚の話 

麗と葵が、午前中の講義を受け、キャンパスを歩き始めると、麗のスマホに、京都の香料店の晃から電話が入った。

「麗様、ほんま、お忙しいと思いますが」

「お体は、お変わりございませんか」


麗は、前置きが長い晃なので、「はい」とだけ、応える。


その晃の声が湿る。

「ほんま、ご心配かけて、ありがたくて」

麗は、ここでも我慢、隣の葵も立ち止まっている。


晃の声が、また揺れる。

「隆が・・・・ようやく退院の運びに」

「ほんま、麗様のおかげです、もう死ぬかと思うていた隆が生き返って」

「真っ暗闇から、ほんまに明るくなって」

麗は、ようやく事態を察した。

「それは、まずはおめでとうございます」

「ただ、隆さんの力です、私だけではなくて」

「恵子さんも、お喜びでしょう」


晃の声に少し張りが戻る。

「はい、恵子さんが、隆のリハビリを熱心に」

「隆も、京都御苑を一周できるくらいに」

麗は、肩の荷がおりたような感覚。

「そうですか、また土日のいずれか、一緒に散歩したいと思います」


晃の声がうれしそうに変わる。

「麗様、祝言の時には是非、隆と恵子からも、連絡が行くと思いますが」

麗は、断る理由がない。

「はい、喜んで出席させていただきます」と、即応諾。

「近々、香料店にも出向きます」として、電話を終えた。


葵は、隣で聞き取りながら、事情を察していた。

「おめでたい話が?」

麗の顔がやわらぐ。

「隆さんの退院の話、恵子さんって彼女と結婚式の招待まで」

葵は笑顔。

「麗様はスピーチとか、ピアノも?」


麗は考えて、答えた。

「それは、香料店で相談する、ピアノは・・・不明」

「弾くとしても、ごく内輪の二次会程度」

大勢の関係筋、京の街衆の前で、あまり派手なことをして、余計な話題にはなりたくないのが本音。

ピアノを弾くことは、あくまでもプライベートに留めるべきと考えている。


葵は、そんな麗が慎重過ぎるとも思うし、失敗には結びつかない考え方とも思うので、複雑。

しかし、「京における九条家後継の立場」を考えれば、失敗がないことが一番大事。

そして、そんな制約を感じ、感情も行動も抑え続ける麗が、可哀相に思う。


麗が、口を開いた。

「だから、特に大学のキャンパスにいる時だけが、フリータイムに」

「京都では、周囲を相当見切らないと、動くのは難しい」

「たまたま、石仏調査を受け入れてくれたから、いいけれど」

「政治家との面談でも、言い過ぎたかと、実に心配になって」


葵は懸命に考える。

「麗様、そこまで思わんでも」

「麗様のおっしゃられること、どんどん共感の輪が広がっとります」

「筋が通っていて、目が覚めるようやとか」

「石仏調査も、みな始めたくて、楽しみにしています」

「他にも何か、麗様のもとに集まって何かしたいとか、そんな声も強く」


麗は、少し笑い、葵の言葉をおさえる。

「あまり、ほめ過ぎ」

「背中がかゆくなるので、先に食事を」

「混雑しても困るので」

葵は感づいた。

「もしかして学食ですか?」

麗は頷く。

「味はともかく、誰にも気を使わないから」

葵も全く同感。

「はい、今は自由な大学生なので」

麗と葵は、珍しく混雑する学食に入って行く。


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