第321話麗は葵の「名前呼び捨てのお願い」に難儀、そして妥協

麗は葵の「名前呼び捨てのお願い」に難儀する。

いくら何でも、「早過ぎる」と思う。

それに今の自分は、九条家後継になっているけれど、それになる以前は葵から見れば地下の立場。

とても声をかけることもできないほどの、ゴミ屑だったのだから。

また、他の関係筋のお嬢様たちと、本格的に交際をしてもいないのに、いきなり葵だけが親密感を持つのも、怨嗟、嫉妬の対象になるのは必定。

それが、九条家関係筋の中で、不要な争いを招く原因にもなりえる。


麗は、姿勢を正した。

そして、可哀想と思うけれど、はっきりと拒絶。

「葵様、それは無理です」

案の定、ガクンと肩を落とす葵に、言葉を続ける。

「葵様に対して、好き嫌いの感情ではありません」

「もう少し、周囲を考えないと、葵様にも迷惑がかかります」


葵は、この時点で涙目。

余計な出過ぎたことを、つい言ってしまい、麗に呆れられ、嫌われたのかと思う。

ただ、麗の言うことは、正論なのは間違いがない。


コロンビア珈琲とカフェオレが運ばれてきたので、話は一旦中断。

麗はコロンビアを一口飲む。

葵は、まだ顔を下に向けたまま。


麗は、また葵に声をかける。

しかし、冷たい響きの声ではない。

「ありがとう、葵様、本物の珈琲、久々に飲みました」

「素晴らしいお店を紹介してくれて」


葵も、いつまでも下を向いてはいられない。

カフェオレを一口、含む。

「はい、ほんま・・・」

葵としては、自分が麗にこの喫茶店を紹介した以上、これ以上不愉快にさせるようなことを、したくはない。


麗は、葵の顔をじっと見る。

「無粋なので、上手に表現できなくて、ごめんなさい」

葵は、謝られる理由がわからないので、言葉が返せない。


麗は、恥ずかしそうな顔。

「あの・・・女性を呼び捨てって、ほとんど、したことがなくて」

「あるとしたら蘭だけ」

「それを、こんなきれいな葵様にするのは、心苦しい」


葵は、また頭も心も混乱する。

「悪い感情は持たれていない・・・のかな」

「麗様の顔には、少なくとも、うちを嫌う雰囲気はないけれど」

「きれい・・・は、お世辞?本気?」


麗は混乱する葵を見抜いていた。

そっと、葵の手を握る。


葵は、その時点で、ようやく言葉が出た。

「もう・・・麗様・・・ドキドキしました」

「嫌われたかと・・・意地悪です」

「呼び捨ては・・・残念やけど・・・」


麗は、葵の「意地悪」と「残念」に反応した。

「意地悪とか、残念と言われても・・・うーん・・・」

と少し考えて、また葵の顔をじっと見る。


そして、今度は顔を赤くする葵に、妥協の提案。

「まずは都内限定で・・・それが約束できるなら」

「葵様を葵さんにでは?」

「ただ、そうする場合に麗様を麗君に」

「まあ、葵君だと・・・変と思うから」


もともと丸い葵の目が、ますます丸くなった。

「え?麗君?葵さん?・・・葵君?」

本当に予想外の提案に、混乱する以上に、おかしくなってしまった。


そして涙目は笑顔に変わる。

「もーーー!心配かけて!麗君と葵君でどう?面白いです」

葵は、力を込めて麗の手を握り返す。

そして、ますます心は麗の虜になっている。

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