第318話葵の不安と麗の気遣い

葵は麗に手を握ってもらい、ホロッとなるけれど、やはり不安で強めに握り返す。

まさか麗が高橋麻央と恋愛をするなどとは考えられないけれど、やはり麗が自分以外の人とスムーズに話をしているのを目の前にするのは、気持ちが萎える。


「麗様は、京都人と東京人と、接し方も話し方も違う?」

「麗様も高橋麻央も、実に率直で裏がない」

「それは東京文化圏やからかなあ・・・」

「麗様も東海地方と言っても、東京から100キロ圏内」

「まあ、東京は忙しい街やから、一々裏を考えていれば、仕事は進まんけど」


葵はそこまで思って、育った京都社会を思う。

「まあ、何でもかんでも、言葉は二重三重や」

「裏がない言葉はない」

「身分をわきまえて。その場をわきまえて、他人さんのご機嫌を壊さんように」

「つまり少しでも偉そうなこと、でしゃばった真似をすると、一生嫌われる」


「京ことばの『偉い』は偉そうに、つまり皮肉や、反感や」


「京ことばの『しっかり』は、テキパキとか頼りがいがあるだけやない」

「手強いとかしつこい、抜け目がなく立ち回る、ひどくなるとずるいとか、自分勝手とか、ちゃっかりまで入る」


そこまで京ことばと京都社会を思い出して、高橋麻央と麗の会話を実にうらやましく思う。

「裏がない、腹の探り合いも、京とは比べ物にならんほどない」


新宿を過ぎて、麗はあっさりと葵の手を離した。

「申し訳ない、葵さんが辛そうな顔をしていたので」

「混んできたので一旦離します」


葵は手を離されて、実に寂しい。

ずっと握ってもらいたいのが本音。

それでも、都内にいるから、手を握ってもらったのだと思う。

京都なら、誰が見ているかわからない。

見られてしまって、どんな噂になるのか。恐ろしくてならない。

それが。他の関係筋の娘、つまり麗の嫁候補の耳に入ったなら、どれほど怨嗟の声が寄せられるのか、本当に恐ろしい。


「抜け駆けや、自由勝手やとか」

「京ことばの、しっかりしとる、なんて言われたら・・・」

「顔も合わせてくれんようになる」

「そして修復は不可能、いつまででも嫌われる」

「自分の代だけでは、おさまらんかも」


ますます沈み込む葵に、麗が声をかけた。

「もう少しで神保町」

「ご気分がすぐれないのですか?」

「大切なお嬢様ですので、無理はなさらないように」


葵は、この言葉で足が震えた。

「うちは・・・無理やり、佐藤先生の話を聴くのに同席をせがんで」

「それやのに、こんな暗い顔をして、心配かけて」

「しんきくさいわぁ・・・」


それでも、葵は絶対に麗から離れたくない。

「大丈夫です、麗様」

と、そろそろと手を握ろうとするけれど、麗はまたしてもスキを見せない。


そんな、麗は次元の違う話をはじめた。

「佐藤先生の話は、今日は原則ヴァロア朝の話」

「その最終局面で、カトリーヌ・ド・メディシス」

「フィレンツェのメディチ家からフランス国王の妻に」

「様々、波乱の人生ですが」


葵は、真面目な話に目をぱちくり。

「はぁ・・・昨晩、ご紹介された本を読みましたけれど」

「都会のフィレンツェから当時は野卑だったフランスに」

「食事の作法、調理法を伝え、文化も伝え」

「アイスクリームやマカロンも、お抱えの調理師ともに伝えたとか」

ますます目を丸くする葵の手を麗がやさしく握る。

「今日は、東京も京都も関係なく、日本人として話を聴くんです」


葵は麗の言葉で、またハッとした。

高橋麻央と麗の会話と麗の会話で、「落ち込んでいる」のを「読まれていた」ことを感じ取る。

「恥ずかしいけれど、麗様は気をつこうてくれた、やっと安心や」

葵は、ようやく歩きに、力を戻している。

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