第319話麗は歴史の碩学と話が盛り上がる。

麗と葵は、神保町駅の階段をのぼり、いつもの雑踏、靖国通りを横目に見ながら、山本古書店に入った。

麗が「よろしくお願いいたします」と頭を下げると、店主山本保は相好を崩す。

「はい、お待ちしておりました、先生はあと数分で」

「今日はご学友を?」

麗は隣の葵を紹介する。

「はい、大学の学友で、京極葵、親戚関係にあります」

葵は少し緊張気味に、頭を下げる。


山本保は、相好を崩したまま、麗と葵を奥の部屋、六畳間程に案内。

部屋の中には年代物のソファセットと小さなテーブル、小さなキッチンと冷蔵庫のみ。

山本保は、苦笑い。

「相当手狭ですが、使いやすくて」

麗は、何より使い込んだ歴史のある部屋、そんな部屋を見て、気に入った。

「こじゃれた部屋より、よほどいい」

「何でもすぐに手が届くところに、物がある」

ただ、葵はお嬢様育ち、きょろきょろとするばかりになっている。


さて、そんな状態の時に、佐藤先生が来店したようだ。

何しろ狭い店内、勝手知った店内らしい、そのまま店舗部分を通り抜けて、麗と葵の待つ部屋に入って来た。


麗と葵は立ち上がって深くお辞儀。

「九条麗と申します、こちらは学友の京極葵」

佐藤先生は、微笑。

「いやいや、店主の保さんから、本学の一年生で面白い子がいるって聞いてね」

「一度、話をしてみたいなあと」

「日本の古典から、西洋史まで、興味があって」

「とても大学一年生とは思えないほど、知識が深いとか」


店主山本保がいつものインスタント珈琲を入れて、テーブルの上に置いた。

そして、佐藤先生と麗、葵が座り、話が始まった。


佐藤

「ところで、麗君は西洋史の中で、特に話を聴きたい人は?」


麗の目が、輝いた。

「はい、言い切れないのですが、今はカトリーヌ・ド・メディシス」

「実に数奇な運命を背負った女性で」

「もちろん、その前のロレンツィオ・ディ・メディチも、興味があります」


佐藤は目を閉じた。

「うん、実に面白い時代」

「東からは、オスマン・トルコの脅威がヨーロッパに迫り」

「イタリアでは、ルネサンスの花が開き始め」

「ミケランジェロ、ダヴィンチ、ラファエロ・・・」

「それから宗教革命、ルター、カルヴァン・・・」

「ヨーロッパでは宗教戦争があちこちでか」


麗も、佐藤の話にしっかり対応。

「その中で、マキャベリ氏が好きで」

「古代ローマ法から歴史」

「スッラやカエサル、アウグストゥスからも、しっかりと学び、実に的確な政治論、君主論」

「彼にも興味があって、もちろん、彼を学ぶとなると、ギリシャ、ローマから学ばないと意味がない」

「シャルル・マーニュから、カペー朝」

「十字軍とか騎士団も、そんな全ての経過の中に、ヴァロア朝が生まれ、その最後にカトリーヌ・ド・メディシス」

「その前にロレンツィオ・ディ・メディチがフィレンツェを救わなかったら、フランス史もヨーロッパ史も、どうなったのか、そんなことまで興味があって」


佐藤の目が開いた。

「実に面白いねえ、よく読んでいるし、考えている」

「まだ一年生が待ち遠しい、早いところ三年生になってもらってゼミに入れたい」


その後は、佐藤と麗の「コアな話」が長く続く。

麗が何か地名や名前、事件を質問するたびに、佐藤が即座に「その背景と考え方」を述べる、麗は納得して、一つ一つメモに取り、また質問。

その質問に対して、佐藤が同じように即座に答える、それの繰り返しとなった。


とにかく驚くほどの内容の深い話が連続した。

この展開には、古書店主山本保も舌を巻いた。

「麗君は・・・将来は歴史学者に?話のレベルが高いよ、すごく」

「あんな面白そうな佐藤先生の顔を見たことがない、はしゃいでいるもの」


途中から葵は、全くついていけない。

それでも、熱心に質問をして、丁寧にメモを取る麗を、とても好ましいと思う。

「なんか・・・こういう麗様も大好きや、ずっと見ていたい」

「となると・・・嫁になる?・・・してくれるやろか?」

葵は、少しずつ麗にすり寄っている。

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