第254話湯葉献立から話は弾むけれど

夕食は、湯葉を中心にした、献立。

「きりあげ湯葉」や、「牡丹湯葉」、「樋湯葉(湯葉のから揚げ)」、「鯛と色紙かぶらと生湯葉の蓋物」が食卓に乗っている。


麗は、どれも口に合うようで、珍しく食が進む。

その麗に注目したのは、五月。

「麗ちゃんは、湯葉がお気に入り?」


麗は素直に頷く。

「はい、京都では食べますが、田舎でも都内でも食べることがなくて」

「湯葉は重たくなくて、好きです」

「おそらく、京都ならではの美味しい水と気候から来る傑作と思います」


大旦那は、その麗に満足そうな顔。

「そやなあ・・・」

「京都盆地は、桂川と賀茂川、高野川という三つの川が運んできた土から成り立っとる」

「その砂礫質の土が、それをくぐり抜ける地下水を清浄に磨く」

「また、取水も土の質から容易」

「雨もよう降るし、それが地下水や湧水の多さにつながる」


「それと・・・耐え難いほどの夏の酷暑、冬の底冷え」

「決して楽とは言えない京の気候風土と、それに耐えきる精神、細かな神経」

「それが、伝統を支えとる」


麗は、大旦那の長話を当然と聞く。

確かに水質についても納得、厳しい寒暖の差は、野菜の質を高めると思う。


茜も麗の食欲に、ホッとしている。

そのホッとしたついでに、麗に聞いてみた。

麗なら、何か面白いことを言うかもしれない、と思ったようだ。

「なあ、麗ちゃん、ここにあるのは、完全に伝統的な湯葉メニューや」

「麗ちゃんは、違う活用とか、思いつく?」


麗は、考えるのは少しだけ。

珍しく、口に出すのが早い。

「卵とじを、宇治で食べたことがあります,丼だったかな」

「でも、それは一般的、湯葉のチーズグラタンもそうかな」

「グラタンの素材で、上にブラウンソースと挽肉」

「庶民的に考えれば・・・」

「丼メニューなら、関東でも受けるかもしれない」

「中華風でもカレー味でも」

「淡泊で滋味あふれる味なので、刺激的な餡を組み合わせるのも」


大旦那は笑い出した。

「おもろいなあ、一度試してみたいな」

五月も、手を打って笑い出す。

「湯葉丼試食会ですか?」

茜も目が輝く。

「お屋敷の料理人を使って・・・喜んで作るやろ」


そんな三人の反応に麗のほうが驚いた。

「今まで、田舎の家では、こんな会話はなかった」

「とにかく黙って、早く食べ、自分の部屋に引きこもる生活だった」

「それに湯葉丼の試食会?」

「九条家の格式とか伝統はどうなる?」

「少なくとも、九条家は庶民のメニューなどに関わるのは、おかしいのではないか?」

「あくまでも重厚で伝統と格式を持つべきなのでは?」


そんな麗の心理を見透かしたのか、大旦那が麗を見た。

「いろいろ試して見識を広げるのも大切や」

「仕事として他人様から金を取る段階では慎重さが求められるけど」

「湯葉を作る店も減っとる」

「このままやと、20年もすれば、無くなる」

「それよりは、延命策を考えるほうが、まだましや」


麗は、また答えに難儀する。

「余計なことを言って、話を膨らませてしまった」

「時代和菓子だけでも、余計な騒動になっているのに」

麗としては、九条家の伝統と格式を壊すような話は、絶対に避けるべきと考えている。

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